
お題「夏の終わり」「言えなかったこと」
伊藤敬文は祈月家二階の客間、自室として借り受けているそこで、主君の息子を抱擁していた。二十八歳と十八歳、十歳差。まだ高校生で、遠き魔術師の理想郷、アルカディア魔法大受験のための準備が忙しい。伊藤敬文も去年三月に国軍に士官として復帰し、夏の間だけそこに来ていた。 ...
伊藤敬文は祈月家二階の客間、自室として借り受けているそこで、主君の息子を抱擁していた。二十八歳と十八歳、十歳差。まだ高校生で、遠き魔術師の理想郷、アルカディア魔法大受験のための準備が忙しい。伊藤敬文も去年三月に国軍に士官として復帰し、夏の間だけそこに来ていた。 ...
1 アルカディア国、クラブ『カメレオンのための音楽』にて。ゆるくダンスミュージックがかかる暗がりの中、恋人兼親友兼相棒の清矢くんがカクテル片手に質問してきた。 「そーいや、詠(よみ)のフェチって何? 俺はねー、知ってる通りメガネ! あとはエスかエムかで言えばエスかな?」 ...
清矢くんが草笛家のピアノ部屋で楽譜みて唸ってる。 「えっ、ここも転回和音なのか? ったく、調性どれだよ~! 全然わかんねぇ」 しばらく鉛筆片手に楽譜とにらめっこしつつ、ところどころに英字記号を書き入れる。そして机に座ったまま肘をついて、前髪をぐしゃぐしゃ。雑誌の投稿欄読んでた … ...
同室の黒須イアソン先輩が風邪で熱なんか出したので、俺が寮の仕事を代わってあげることになって。五時に起きてカセラドルに集合したらそこにいたのはサボリに厳しいウィリアム・エヴァ・マリーベル。何でイアソンが来ないって難癖から始まって、冷や汗かいて説明してから、たっぷり一時間かけて聖堂 … ...
金曜は同室の黒須イアソンが全コマ授業の日で、俺は餌付けかよって思いながらもガムとかロリポップとかジュースとか、ともかくしゅわしゅわ甘いものを用意して、あとは念のため、一応念のためにハンドクリームの残量を確認して部屋もばっちり掃除した。四限が終わると俺は清矢くんを誘った。 ...
クリスマス休暇が近いある日、ウィリアム・エヴァ・マリーベルは喉の痛みに悩まされていた。クリスマスは聖属性塔では当然、重大なイベントで、ウィリアムもミサに劇にと引っ張りだこであった。硬い金髪に翠の目、勇ましい顔付きながら背格好は少年じみた美貌の彼が聖歌隊に入ると見栄えがよく、同様 … ...
ウィリアム・エヴァ・マリーベルは困っていた。 なぜなら、隣で恋人の祈月夜空が寝ているからである。 ここは寝台ではなく、アルカディア魔法大学の図書館だ。天井に至るほどの高い本棚が連なり、古代の印刷物や魔術師個人のグリモワールまで、ぎっしりと知識がつまっている象牙の塔の本拠地 … ...
第四章 46 寮へ帰り着いたのは十二時を過ぎた夜半だった。学長側の監視役から真相の代弁者となったウィリアムは闇塔に収容され、事態収拾が成るまでは聖属性塔へは返さないことになった。夜空についても同様で、塔十階の使われていない職員用宿泊室を二人まとめて宛がわれた。 ...