永久なる春の追悼曲(第六話)蒼天宮への逃避行(1)

1 もう一人の男

  その男は清矢より七センチ背が高く、渦中の少年が求めるものすべてを備えていた。順和二十七年(ロンシャン歴After Katastrophe 1309)八月末日、北陸新潟県月華神殿より帝都に帰還した祈月清矢を待っていたのは、祈月軍閥参謀、二十六歳の伊藤敬文元少尉だった。

 豪奢な内装の至極殿客室にて、魔法軍長官・蘭堂宮冬真が清矢たちを出迎える。護衛してくれた兵たちも整列して左右にザっと割れた。娘・朱莉より帰還報告を受けたのち、濃紺と紫、それに綺羅光る勲章つきの至極殿長官服に身を包んだ蘭堂宮冬真……『冬宮』とよばれる男は、清矢を見るなりこう言った。

「軍閥から迎えが着ているぞ」

 正装した兵たちの後ろからひょこりと現れたのは、ポロシャツにミリタリーベストを羽織った伊藤敬文だった。昨年の笠間橋の戦いに清矢たち青少年を従軍させた参謀である。  倫理的追及は避けられなかったが、いわば祈月軍勝利の仕掛け人。  思ってもいない邂逅に懐かしさが募り、「伊藤さん」と呼び掛けて歩み寄る。  伊藤敬文は生真面目な面長の顔をほころばせた。

「これからはケイブンって呼んで。軍のひとたちと同じように……無事でよかった」

 そして、清矢を壊れ物のように抱きしめてきた。みっしり重たい長身が長旅の疲れごと包み込んでくれる。嫌悪感はない、それどころかこの一か月、果てしなくあった警戒心が氷解していく。

 グレープフルーツに似た爽やかで苦い香り。

 とっさに恥ずかしくなってしまい、「敬文さん、ダメ、あの、何してんの?」と身動きした。伊藤敬文は「呼び捨てでいいから。ごめんね、君が心配だった」といくぶん名残惜しそうに離す。

 冬宮の近くに控えていた至極殿副術師長・黒田錦が面倒そうに突っ込んだ。

「はいどうも、感動シーンをありがとう」

 吉田零時・牡丹親子とともに、流れに取り残された桜庭詠が間に入る。

「あ、あの、伊藤さん? 清矢はもう高校生だぜ。抱っこなんて変じゃん」

 伊藤敬文は気にした様子もなく、「すまない。月華神殿のこと話そうか」と笑みを浮かべる。ごく自然に清矢の肩を掴んで、目をそらさずに言い切った。

「危険な目に合わせてごめん。これからは俺が君を守るから。たとえ相手が魔族でも」

 彼は再会の段取りを終わらせるつもりがないとみえる。清矢は面食らう。

「守るって……そんな、敬文」

 詠の獣耳がぴくりと動き、いくぶん男を下に見た言い方をした。

「伊藤さん、無理しなくて平気だぜ?」

 敬文は首を横に振った。

「俺だって戦の中で汎用系魔術はいくらか身に着けた。剣にはもともと自信がある」

 詠をひとにらみしてから、清矢をまっすぐ見つめる。

「清矢さま。君はこれから、選ばなきゃいけない」 「選ぶ……?」 「誰とともにやっていくか。その選択こそが、君という人間をつくるんだ」

 全てを知悉しているかのような問いかけが清矢を動揺させる。振り返ると、はっきりした顔立ちの少年が腰に手を当てて立っている。  桜庭詠。俺の幼馴染。友情は揺るぎない。  針で刺すような痛みを覚えた。兵たちは私語すらしなかったが、吉田牡丹は息子・零時の袖を引いて、何やらうろたえた様子だ。黒田錦があきれ顔で注意した。

「わかったから後でやって。それで? 月華神殿の状況は?」

 蘭堂宮朱莉がこほんと咳払いをして、父宮に報告を始める。

「夜空さんは替え玉で、正体は魔族でした。辛くも倒せましたが、神官長霧森昴、巫女長白菊、ともに負傷です」 「鷲津め。どっからあんなもん連れてきたんだよ……!」

 怒りがぶりかえした詠が犬歯を見せてつぶやく。  素朴な反応に、なんと冬宮自身が答えた。

「清涼殿だな」

 不安げだった吉田牡丹が、ついに落ち着かなく震えはじめる。

「零時さん、わたし真実を知ってるの……!」

 零時は困り顔で注意した。しかし牡丹は止まらず、「豹変台よ。豹変台から送ったんです。わたしも一度、操作をしたことがあります!」と半ば悲鳴のように打ち明けた。

 清矢はごくりと唾を飲み込む。陰謀の裏にはこうした無数の沈黙があったのだ。

 事情を了解しない至極殿の面々に補足を入れた。

「牡丹さんは独身のころは、清涼殿の巫女だったんだ。そんな秘密までご存じだったんですね」

 牡丹は清矢と目を合わせておずおずとうなずく。

 冬宮が細い眉をひそめた。

「豹変台は清涼殿と常春殿をつなぐ転送石だ。旧型のため、生身の人間が巫力を充填せねば使えぬが……」

 言いさした台詞の終わりを待たず、敬文が肩をすくめる。

「状況は良くはない。鷲津清隆総将は敗北したが、失脚はまだだ。最後のあがきで帝都にいる清矢さまを狙ってくるかもしれない」

 そして、ストレートな誘いをかけてきた。

「俺と一緒に帰りましょう」
「伊藤さんと?」

 意外な流れに背筋が伸びた。詠は口を引き結んで清矢の顔を見ている。敬文は「団体旅行は目立つからね」と柔らかく付け加えた。「じゃ、ここは出よっか」と黒田錦が一行を連れだす。

 市松模様のタイルが敷かれたロビーに戻ると、ようやく一息つけた気がした。

「で、どーするの? この白狐の親子と元気な子分は」

 黒田がふんぞり返って腕組みする。

 詠は律儀に皮肉を拾い、「子分じゃねえ。俺は清矢くんの……」と言いかけた。恋人? 親友? 幼馴染? どんな間柄を口にするかハラハラしたが、詠は勢いよく「相棒だ!」と胸を張った。態度のでかい副術師長に言い返せて、得意げだ。

 敬文は抑揚なく命じる。

「わかった、だけど別れてもらう。詠は吉田親子とともに古都へ向かって。源蔵様たちに月華神殿でのことを報告するんだ」

 容赦ない指示に、冷や水をぶっかけられた気がした。詠に後始末を任せ、自分だけ敬文に守られながら逃げろというのか。清矢は見かねて申し出た。

「敬文。その役目は俺がするよ。次期当主なんだから」
「ダメ」

 くだけた語調に、有無を言わせぬ力がこもっていた。

「三人連れは目立つし、鷲津の者が至極殿を見張っている可能性もある。今までは姫宮といた以上手は出せなかったが、別れたと見れば襲ってくるかもしれないだろ」
「だって詠たちに何かあったら……!」
「そうしたらどうするの? 君はもう歩けなくなるのか?」

 畳みかける声は存外に低かった。

「……俺はそれだけ、許さない」

 その口調は、かつて清矢の剣筋を見て、癖を修正したときのそれだった。憧れとも怖れともつかない震えが背筋をかけあがる。

 敬文は清矢の動揺を無視して、退屈そうな黒田を見やった。

「至極殿から人手を借りられませんか? 車でなら、詠たちを襲おうとしても手出しできないでしょう」
「古都までね。遠いけど、可能。清涼殿まで送ればそれでいいの?」

 打ち合わせはテンポよく進んだ。

 清矢は詠に軽く尾を振り、年下に言うように付けくわえた。

「詠。古都に着いたら常春殿に連絡して、お兄ちゃんに迎えに来てもらえよ」

 吉田牡丹がおびえた様子で息子によりかかる。

「零時さん……私、話についていけない。どうすればいいの?」
「おふたりは、至極殿の人に車で古都まで送ってもらってください。詠も一緒です」

 清矢は責任を感じ、心の病をもつ牡丹を気遣った。零時にも軽く頭を下げる。大事に巻き込んでしまったという申し訳なさがあった。

 敬文と黒田が手配を始める。駐車場に出て、三人分の手荷物を黒塗りのリムジンに積みこむ。芳香剤の人工的なミントの香り。いっぱいになったトランクを覗き込みながら、陰陽師見習いの友はさりげなく忠告した。

「清矢くん、気を付けて。敵は単なる魔物じゃなくて、人間と同等の思考をする魔族たちだ」

 それがどんなに厄介な事態か、清矢にはまだ完全に理解できていなかった。付き添いの兵とドライバーがやってくる。零時たちは後部座席に乗り込んだ。詠は敬文から細かい注意を受けている。話が終わったころに、清矢は声をかけた。

「詠。絶対にお兄さんに迎えに来てもらえよ」
「……俺は平気だぜ。だけど清矢、ほんとに伊藤さんと二人で大丈夫かよ」

 詠は尾を振りながらも半信半疑の模様だった。軽く抱きしめ、頭を撫でてやる。

「大丈夫。俺、敬文のこと信じるよ」

 詠は名残惜しそうに清矢にきつく抱きつくと、走って車に乗りこんだ。きしんだエンジン音を立てて、車が駐車場を出ていく。

 詠は助手席の窓を開け、清矢に向かって叫ぶ。

「清矢ーっ! 絶対、陶春で会おうな!」

 清矢も手を振り返す。自分を勇気づけてくれていた幼馴染のまっすぐさ。一時的とは言え、離れ離れになるなんて胸がつぶれそうだ。

 詠は身を乗り出してまだ何か言おうとしていた。口が動いている。でも窓は遠隔操作で閉まってしまった。

「詠! 気を付けろよ!」

 そう叫んで数歩走りだすが、リムジン車はためらわずに遠ざかっていく。敬文は溜息をついて、清矢の肩に手を置いた。

「清矢さま、行くよ」

 急かされてとぼとぼ歩きながら、清矢は詠との別れをかみしめる。手を振る一生懸命な姿。寂しくて甘えるかわいらしさ。

「詠のやつ大丈夫かな。一人でそんな大役……」

 思わずつぶやくと、敬文は「詠の心配なの?」と軽く問いかけてきた。

 清矢は「うん、だって……本来俺がやるべき任務じゃん」と口をとがらせる。

 敬文は「じゃあ、詠って何のためについてきてるわけ?」と首をかしげる。

「何のためにって……」

 俺を守るため。二人で『耀サマみたいな英雄譚』をやりとげるため。どっちも何だか、子供じみていた。一応言葉にしてみたが、敬文は難しい顔だ。

「耀サマっていうのは清矢さまのお祖父さんだよね。俺は詳しくないけど……だけど、本当はもはやただの高校生を連れてきていていい領域ではない」

 突き放した認識に、清矢はショックを受ける。けれど反発心は生まれなかった。

 魔法軍総帥の蘭堂宮冬真、その娘の蘭堂宮朱莉。至極殿副術師長の黒田錦。月華神殿の霧森昴神官長や、巫女長・白菊……この夏で知り合った面子は錚々たるものだ。彼らとの間で行われる会話はまさに政治劇の中枢。敬文は続ける。

「詠をもう一度捕らえて拷問すれば情報がたんまり手に入る。そして君はまた、傷つくんだろう……」

 去年の一学期に起きた『桜庭詠くん誘拐事件』の記憶が蘇った。清矢たち中学三年生を下限として、『常春殿特別兵』の身分を濫用し、若い学生を魔法兵として実戦投入したのは、この伊藤敬文だ。だが、清矢自身も行くと言いはった。素質のある兵を急に見繕えなかった軍閥も知らん顔をした。

 その流れに警鐘を鳴らしたのが詠の事件だ。鷲津の手先がハニートラップで詠を誘拐し、従軍を止めろと脅迫した。

 政治の動き。それは振り子のように揺らいで、国民をどちらかの極に連れさろうとする。汎用系魔法の輸入か? または鎖国状態を守るか? シビアな戦いのなかで人々の思惑は猜疑と打算に満ちている。たとえ鷲津の非道を叫んでも、やつらは半笑いで青少年のゲリラ従軍を責めるだろう。死んだ人間もいる。己の意思とは無関係に動員された国軍兵は数えきれない。祈月軍とて同じこと。ひとりひとりに家族があり、暮らしもあったのに。

 清矢の手は、ピアノを弾く。

 今練習しているのはバッハの平均律クラヴィーア曲集。

 だけど魔法剣をふるい、光系統大魔法を詠唱した。

 斬られた敵や、焼かれた車。

 幼いころに憧れた祖父の昔話とは既に次元が違っているのだ。

「あの子を相棒にしているのが本当に正しいのか、しばらく俺と考えてみようか」

 敬文はそう言って、清矢の背に手を当てがい、至極殿本殿へと歩かせる。

 ――どうしてこの人は、いきなり距離を詰めてきたんだろう?

 詠と吉田親子を送り出して、清矢はようやく自身の困惑と向き合うことができた。

 思い当たるふしがあるとすれば……それはあの日の出来事だった。

2 思い出のシーグラス

 ――時は一年前、初夏。敬文は陶春県の若者たちを実戦に出すべく調練していた。

 中間テストも終わった頃だった。詠が帰ってこなくなって三日がたっていた。

 祈月家に乗り込んできた詠の母が清矢の母を叱咤する。

「雫さん! 今日と言う今日は言わせてもらうよ! あんたは、自分の子さえ無事ならそれでいいの? 詠は何度も清矢くんにくっついて危険な目にあってきた。たしかに清矢くんより特別じゃないかもしれない。でもね、あたしにとっては大事な子なの!」

 草笛雫。清矢の母は、白狼亜種の耳を平たく寝せて、無言で怒りを露わにしている。麗人と評判だった彼女は、家庭に入ってからは押しの強い周囲にないがしろにされがちだったが、いざ窮地となると案外、我を曲げなかった。

 祈月家に寄宿していた敬文が上司の妻をかばおうと進み出る。

「桜庭さん、落ち着いてください。詠くんが帰ってこないのは問題だと俺も思ってる。でもこの魔法兵の従軍は、起死回生の一手なんだ……!」

 苦しみのにじませて弁明し、頭を下げる。巻いた尾は普段と変わりなかったが、尖った犬耳まで伏せた姿ははたから見ても気の毒だった。

 同じく、祈月家に居座っていた望月充希までもが女同士の争いに割り込んでいく。

「清矢くんのお母さんを責めたって何も解決しないと思いますよ。調査は警察に任せて」

 なだめる口調は穏やかだったが、充希とて、高校一年生。月華神殿から派遣された若造に過ぎなかった。詠の母がショートボブの髪の毛をふりみだす。

「だって! 『常春殿特別兵』なんて身分すら、欺瞞じゃない。中高生を従軍させるための言い訳だ! 詠がいなくなったのは敵にさらわれたから。祈月さん、あんたたちの正義が問われてるってのに!」

 敬文の瞳から光が消える。清矢は歩み出て、祈月家代表としての台詞を言う。

「申し訳ありません。桜庭さんの選択は尊重したいと思います」

 だが、雫はかえって意固地になった。

「詠くんはもう戦に出なくていいわよ。代わりに、あたしが魔法を覚えて清矢を守る」

 啖呵を切って、叩きつけるように引き戸を閉め、鍵をかける。

 充希は天を仰いで敬文に「どうします?」と聞いた。

 敬文は気を取り直し、ため息混じりに答えた。

「神兵隊の若手によると、『みさき』って女が詠の恋人になって周辺を嗅ぎまわってたらしい。警察が居場所を突き止めるまでは打つ手もない。鷲津たちの思うつぼだな」

 充希は呆れかえる。

「詠ちゃん……こんな時期に怪しい女と付き合い始めるなんてさぁ」

 雫は「自業自得よ」と言いすてて、家の中へ引き上げていった。

 清矢も促されて自室に戻り、ベッドに横たわって物思いにふけった。

 詠がいなくなってしまった。『みさき』と付き合うことについては事前に反対したが、詠は呑んでくれなかった。望月充希との仲を嫉妬していたためだ。

 ……俺のせいか。

 簡単に、単純にそう結論づけた。詠は自分のことを相棒と慕っている。少なくとも三島宙明を捕えたときからずっと。でも、望月充希は清矢を求めてはるばる月華神殿からやってきてくれた人間だし、飄々としていて付き合いやすい。ここ陶春だけでなく、北陸で自分たちがどう思われているのかも知りたかった。

 多分、『みさき』との付き合いは、ぶん殴ってでも止めるべきだったんだろう。後悔で眠れず、寝返りを打った。

 すると、ドアがノックされた。充希かと思って「起きてるよ。勝手に入って」と声をかけると、伊藤敬文が入ってきた。憔悴した様子だ。ベッドから起き上がると、隣に無言で座ってきた。と思うと、深刻そうに口火を切った。

「……ごめん。やっぱり清矢さまは家で雫さまやさくらさまを守っていてほしい」
「どうして?」
「詠のお母さんが言ったのは正しいよ。とどのつまり、若年従軍なんか間違ってるんだ」

 清矢は握りしめられた敬文の手に自分のそれをかぶせた。敬文がはっとする。その顔を初めて、じっくりと見た気がした。切れ長だが鳩のような黒目。どことなく下がり気味の直線の眉。薄い唇に、通った鼻筋。頬はすっきりとして精悍だ。髪はちょっとはね散らかして伸びているが、一応はまだ軍人らしい。

 険しいだけではない。思慮深くどこか殺伐とした、だけど優し気な男だった。逡巡は当然だと清矢は思った。それなのに、どうしても、「うん」の一言が言えなかった。

 清矢は口ごもりながら反論した。

「だって……だって、でも。俺は行くよ。そうじゃなきゃみんなにケジメが付けられない」
「清矢さまに何かあったら取り返しがつかない。いくら君が魔力豊富でも……」
「ヤダよ伊藤さん。なんで、また弱気になっちゃったの?」

 笑って見せると、敬文は清矢の両肩を掴んできた。

「無理しないでいい。俺だってホントはダメなんだ」
「伊藤さんっ、俺そんなに子供じゃないよ、ダメって何が?」
「非情になんかなりきれない」

 男はそれだけ言って、清矢をまじまじと見つめて前髪を手櫛でかきあげた。

「勝利のために何もかも捨てるなんておかしい。君は大丈夫なの? たとえ親友が死んでも、その先にある未来のためだけに走り続けられる?」

 清矢は怯えを隠すこともできずに男と見つめ合った。

 その茶色い瞳は挑戦的というよりは、哀れみをたたえていた。

 だから弱音を吐けた。苦しく、あえぐように。

「詠……詠がいなくなっちゃって辛い」
「だよね。それは、俺のせいなんだよ」

 かぁっと目の下が熱くなった。清矢は厚めの胸板をとんと叩いた。

「違う。俺だっておんなじだよ。詠を止められたはずだった。伊藤さんだけのせいじゃない……!」

 敬文は黙りこくり、ジャケットのポケットからお守り袋を取り出した。紺色の地に、波紋が銀糸で刺繍されている。

「これ、あげる」

 袋の中から転がり出たのは、浅葱色のシーグラスだった。ころんと丸く、曇った表面には電灯の明りが淡く滲む。昼の海水を泡で固めたような美しい石。波が長い時をかけて磨いたささやかな贈り物だ。――血や火の匂いとは、まるで無縁の色だった。

「魔石とかじゃないけど。昔、海で拾ったんだ」
「えと……あの、いいの?」
「また見つければいいから」

 伊藤敬文は寛大な返事をした。

「泣かないで。君の涙は……俺の心まで濡らしちゃう」

 清矢の鼓動が大きくなる。それは飾り気のない男が言うにはあんまりにも恥ずかしい台詞だった――なのに、どうしても笑いとばすことができなかった。瞳が潤んでいたのに気づかれていたから。ぐしぐしと拳で目元を拭う。敬文が注意深く声をひそめる。

「大丈夫、君のことはよくわかった」
「わかったって……何が?」
「詠のことも、俺のことも、責めたくないんだろ」

 敬文はポンと清矢の頭に手を置くと、シーグラスを握らせて、部屋から去っていった。

 角の取れた丸み。少しキシリと引っかかる手触り。波に洗われても残る誰かの記憶の核。ちょっと落ち込みがちで、生真面目な、実は優しい人がくれた大事なもの。清矢は荒れる心をなだめたくて、石をずっと握りしめていた。

3 ワンペアの『ジョーカー』

 至極殿の制服を借り、黒田の家に向かう。やや狭めの家に案内されて、客間で着替えた。脱ぐのにまごついていると、半裸の敬文が聞いてきた。

「どうした?」
「え、っと。俺、何着ればいいかなって。充希には逃げるとき女装しろって言われてたけど……」

 敬文はくすりと笑って、清矢の獣耳を引っ張った。

「女の子と二人っきりじゃ、誘拐だって思われる。ちゃんと男の子らしくしててね」

 清矢は紅くなりながら半そでの夏服を着る。

 玄関では黒田錦が金時計の文字盤を見つめていた。清矢たちが来ると、ぱちんと蓋を閉めてポケットにしまう。そしてにやつきながら言った。

「オッケー、制限時間内でっす!」
「あと五時間くらいイチャついてても良かった感じ?」

 清矢は生意気にふざけてみた。黒田はピンと清矢の額をはじき、さばけた感じで笑う。

「ヤバかったらここに戻ってきな」
「ありがとう。千葉の実家でしばらく身をひそめるつもりだ」

 青年たちは短く別れを告げ合う。

 夕立の後みたいな空気が熱っぽかった。敬文がやぶからぼうに聞いてくる。

「好きな季節は何?」
「……夏」

 自分は春宮の末裔だが、とっくに貴族ではなくなっていた。そして敬文という人物はどこかしら夏の苦い風を思わせた。とびきりの暑さにはかない涼を添える。

 敬文は清矢の答えを聞いて、自らに言い聞かせるように繰り返した。

「ナツキ。君は今から伊藤ナツキだ」

 男がくれたのは親戚という仮面だ。自分は『祈月清矢』じゃなくなった。

 心細さが、甘えた声を出させる。

「ケイブン……俺、あの石家に置いてきちゃった」
「いいよ。帰ったら、どこにしまってるのか見せて 」  敬文はどことなく楽しそうに言った。逃避行のはじまりだった。

 帝都からは列車一本。敬文の実家は外房線でたっぷり四時間揺られた駅からさらに三十分歩いたところにあった。すぐ近くが海みたいで、風は潮くさく、なまぬるい。歩調が遅れれば、即座に「ナツ、行くよ」と呼ばれ、小走りで横に並ぶ。その繰り返し。

 道中、説明された家族構成は漁師兼退魔師の父と、その妻である母、そして弟。弟は敬文より四歳年下で、二十二歳。

 広すぎる庭をもつ家に夕暮れ時にたどり着くと、ビールケースに腰かけて、父親と弟が網をつくろっていた。

「兄貴、どうしたんだ、その子は」
「俺の上司の息子さん。これから陶春まで送るんだ」

 その後たっぷり近況報告が続いた。清矢も登山リュックの上に座り込んで、早く麦茶でも出ないかなとちょっとばかしイライラした。

 父親はタバコをくわえて清矢をじろじろと見る。

「国軍クビになったと思ったら、こんな可愛い子を誘拐してくるたぁな」

 弟さんはカラッと笑って「のんびりしていきな」と清矢を撫でた。ふたりとも脂の抜けた感じの骨っぽいひとで、やっぱりどこか敬文に似ている。

 夕飯は鍋だったが、ざくざく切っただけの刺身を次々薦められて、美味しさに目をむいた。そしてお風呂まで借りて敬文の部屋で寝た。

「俺と同部屋で悪いね、ナツ」

 十歳年上の男は肘枕で笑う。清矢は旅館から失敬したと思しき浴衣を着てうつぶせて隣に寝そべる。腕を組んで顎を載せ、敬文を上目遣いで見た。

「フェリーで帰るルートを調べるから、そのへんの漫画でも読んでて」

 敬文はそう言って買い込んだガイドブックを覗きこんでいる。

「ケイブンたちは、国軍クビになっちゃったの?」

 脚をぶらぶら動かして無邪気に聞くと、敬文は「うん」と相槌をうつ。

「大社跡基地の血戦に負けちゃったからね。鷲巣清隆は総将の座につき、敵方を全員罷免した。だけど、木津川口の海戦では勝ったし、国軍には魔法軍とまで戦したくない連中も多いから、春には大多数が復帰できる見込みだ」

 あらためて伝えられる聞く現状に安堵しながら、「どうして国軍に入ったの?」と尋ねた。

 敬文はガイドブックを床に伏せて、よそ見しながら語る。

「……まぁ、世直しがしたくて。藤内総将暗殺後はゴタゴタしてたろ。最初は退魔科配属だったんだけど、拒否して普通科に行ったんだ。そこで君のお父さんと出会って、すぐに大社基地跡の血戦だった。そう考えると正式な軍人だった期間が短いなあ」

 身の上話を聞いて、ようやく敬文が最初鷲津に降ろうとしていたのを納得した。任官して即クビじゃあ、しょうがない。

 清矢はじゃれつくように質問を重ねる。

「魔法、どれくらい覚えた?」
「清矢さまの使ってたのくらいはできるようになったよ。俺も光属性があったから」
「リュミエールドイリゼも?」
「俺のは威力が君より出ないみたいだけど。反属性の闇があるからって説明されてる。退魔科に行ってたら汎用系魔法も本当はかなり入ってたみたいなんだけどね」

 ちょっと後ろ向きな性格の敬文は自嘲する。

「そっか……退魔科に行かなかったこと、後悔してる?」
「いや。だって、君に会えたから」

 まるで少女漫画みたいな口説き文句だ。清矢は吹き出した。

「また、そんなこと言う~。俺のこと特別視しすぎだよ。もう敬文だって立派な魔術師じゃん?」
「魔法は、普通科にも導入しなきゃダメだ。皇帝直属退魔軍という魔法軍がある現状では、兵数を確保するのが課題だけど……とにかく議論はもうやめだ。寝るよ」

 茶化したのに、敬文は恥じるでもなく、将来のヴィジョンなんか語ってみせた。

 布団を出してきて明りを常夜灯にする。修学旅行の夜みたいにそわそわして落ち着かない。並んで横たわりながら「ねぇケイブン」と用もないのに甘えてみる。情勢が緊迫し、祈月家次期当主として期待されていた今までは、あまり取れなかった行動。

 敬文は「どうしたの、ナツ」と構ってくれる。「ヤダ。清矢って呼んで」とだだをこねると、敬文は「清矢さま」と呼びなおす。互いの陣地から呼びかけ合う他愛もないやりとりがこそばゆかった。

「心配したんだよ。君がどんな目に合ってたか……」
「平気だったよ」
「本当に、生きた心地がしなかった」

 沈黙ののちに、過激な台詞が投げ出される。ハスキーだけど柔らかい声が、妙に楽しそうに告げた。

「……この気持ち、恋に似てるね」

 まるで裸にされたみたいにドキっとして、その後はふざけられなくなった。

「偽夜空、大丈夫だった? 君の口から直接、何があったか聞きたい」

 真面目な話題に戻る。清矢は気を取り直して報告する。

 偽夜空は人間に化け、巫女を孕ませた。巫女は他の女が想像妊娠する匂いを放ち、清矢も寝込みを襲われて密通疑惑をかけられた。

 話が際どくなってくると、敬文が怖い顔をしてこっち側に領土侵犯してきた。

「犯されそうだったってこと?」
「うん。だけど、セックスまでされなかったよ。たぶん、あの子もホントは嫌だったんだと思う」

 安全が確保された今なら冷静に振り返れたが、次の瞬間また驚きで跳ねそうになった。敬文がいきなり重なって抱きすくめてきたのだ。頬に手を添わされ、逃げられずに見つめ合う。

「危なかった。どこも異常はないの?」

 通った鼻筋も寂しそうな目元も近すぎる。ドッドッドッと速くなる鼓動をごまかしたくて、うつむいた。敬文も吐息を漏らして距離をとる。少しして、浴衣がはだけて露わになった胸板をまじまじ見られているのに気がついた。敬文の視線が、胸から腹をうろついて、そしてまた切なそうに顔に戻って――何だかちょっとえっちい感じ。清矢は襟をかき合わせて制止する。

「ダメ! 敬文のスケベ」
「あっ、えっと、そ、そうだな……やめよう。ゴメン。本当にゴメン」

 さすがに男は気まずそうにした。体の芯にまとわりつく密かな火照りがうっとうしい。  危うい感じだったのは初日だけで、続けての二日は平和だった。敬文が構築した逃亡ルートは、横須賀港からフェリーで九州門司港まで行き、そこから東進して日ノ本神話の地・陶春へとたどり着くというコースだった。

 出港時間は夜十一時。通勤客で込み合う列車を乗り継ぎ、書店で新聞や週刊誌を大量に購入した後に、フェリーに乗船する。ファミリー向けの和室を予約していた敬文は、すぐに中身を検分しはじめた。

 ――『月華神殿、神官長負傷』『魔族ヲ替エ玉ニ――人界震撼ノ事態』『魔族『い号』ト認定』『鷲津清隆総将ハ関与否定』『祈月夜空氏未ダ行方不明』。

 偽夜空事件に関する見出しが黒々と踊っている。

 敬文が眉根を寄せつつ右翼系の雑誌を差し出してくる。

「……これ、何のことだかわかる?」

 人差し指に沿って文字の羅列に目を走らせると、こうあった――『海百合党二疑惑 魔族『い号』製造拠点カ』『海百合党代表、魔血統差別ト抗弁』。

 清矢は息を呑んで解説する。

「海百合党……陶春の大社近くにあって、『日の輝巫女』って魔物に仕えてるっていう人たちの里だ」
「そっか。『日の輝巫女』については俺も陶春で注意された。人型の魔物だから、近寄るなって」

 ちょうど六十八年前、清矢の祖父である祈月耀が生まれた年に、退魔軍は嘉徳親王が討った大麗の魔物を歩き巫女に封じた。――彼女こそが『日の輝巫女』。老いることなく、時に信仰を集め、反逆者に牙をむいて、現在にいたるまで大社で命を永らえている人の戸籍をもつ魔物。『海百合党』は、『日の輝巫女』を崇める公然とした禁忌の集団だった。

 清矢は誰が聞いているでもないのに、声をひそめる。

「……魔物との合いの子だって噂、俺の周りはほとんど信じてる。本当はそういうのって差別だから、口にしちゃいけないんだけどさ」

 あぐらをかいた敬文は問題発言を咎めもしなかった。新聞を広げつつこめかみを指で押す。

「『海百合党』が疑わしいっていうのは吉田牡丹の話から言っても自然な気もする」
「魔族は作っただけじゃ使えないんじゃ? 夜空のこととか、人間の常識とか、どこかで教え込まないとすぐバレるじゃん」
「清涼殿で作って、豹変台で送って、海百合党で教育する。そんなルートかもね」
「俺の家の近くにそんな場所があったなんて……」

 推理が示す事の重大さには怖気がした。敬文はかぶりを振って申し出る。

「油断ならないね。しばらく祈月家に滞在するよ」

 その夜はフェリー内の施設を使い、風呂に入ったり軽食を食べたりして就寝した。穏やかな波揺れで熟睡できずにうとうとしていると、肩を軽く揺さぶられる。

「何? 俺眠いよぉ」
「起きて。どうせだし朝焼け見よう」

 寝ぼけ眼のまま着替え、デッキに出ると……ちょうど夜が明ける時間帯だった。海は鈍いグレーに染まり、空はラベンダーの朝靄がかかる。水平線の上に明々と太陽が輝き、海面に光がとろけていた。

「うわぁ……!」

 清矢は柵ぎりぎりまで駆け寄った。潮の匂いと絶え間ない波音。世界が生きて、呼吸している。

「綺麗だね。眠気も醒めた?」

 敬文が笑う。短い髪は風になぶられ、横顔が朝の光で浮き上がる。

「ありがと。俺、詠にも見せてやりたい」

 笑顔で訴えると、敬文は柵にもたれかかって手招きした。

「おいで」

 羽根でくすぐるような優しい声。頬にかすかに触れられる。

「あのさ……相棒なんだけど。詠じゃなく、俺にしない?」

 控えめながら究極のアプローチだった。清矢は半笑いのまま、息ができなくなる。

「どう思う? ナツ……いや、清矢」

 名前を呼ばれて、心臓がぎゅうっとすくみ上った。詠に対する裏切りのような気がして、涙が出そうになる。敬文は急かすことなく、静かに返事を待っている。朝日の光量は刻々と移り変わっていく

 この人の前なら素直になってもいいんじゃないか?

 ただの十六歳の少年でも許されるんじゃないか?

 清矢は陰った表情ではっきりと断った。

「俺、無理だよ……詠ならともかく、敬文さんを相棒とは思えない」
「それじゃダメだろ」

 即座に否定がくる。切りこむような口調で、敬文は語りだす。

「俺と君は既に祈月軍閥の切り札……魔術戦の参謀と魔術行使の次期当主。歴史を動かしたワンペアのジョーカーだ」

 少し伏し目がちに、彼は続けた。

「……最後まで君と一緒に行く。それが俺の責任で、贖罪」

 強い暁光のせいで、まつ毛の影の長さまでわかってしまう。

 清矢はわなわなと震えている自分に気づく。

「そんなの……そんなのズルいよ敬文さん」

 男はまぶしそうに目を細めた。

「わかってる、嫌だよな……でも俺を避けないで。二人でやり抜こう。それだけ、約束して」

 ――詠の笑顔が遠ざかる。何もかも忘れてこの胸に飛び込みたかった。「一生懸命頑張るから、俺のこと守ってよ」。子供みたいにそう叫んで力一杯すがりつきたかった。清矢は唾を飲み込みながらねだる。

「……だ、抱きしめて」
「お安い御用だけど」

 冗談めかした台詞とともに、背中に腕が回る。大人の抱擁で閉じ込められる。

「俺、詠のこと……裏切っちゃってるよね?」

 自分の声が救いを求めて嘘みたいに媚びていた。敬文は清矢の髪を撫でて、きっぱり否定してくれる。

「違うよ。詠だって守られるべき存在なんだ。お母さんが心配してただろ」

 包み込んでくる体温や肌触りが安心をくれる。遮るもののない海風に吹かれながら、祈月軍参謀は次期当主の少年を説得する。

「敵に狙われれば、君まで動揺する。危険に晒したくないなら、相棒だなんて言えない。君はあの子とじゃなく、俺といるべきなんだ」

 清矢は答えを見いだせず、従順に抱かれていた。

4 清矢は優等生

 その日の夜に、船は門司港に到着した。一泊してから本州に渡り、陶春県まで国鉄に乗る。青雲駅を出ると、詠が書店の軒先で雑誌を立ち読みしていた。従弟の草笛広大も一緒だ。懐かしい顔ぶれ。ようやく故郷に戻ったという実感がわいてきた。

「清矢くん!」

 詠は清矢に気が付くと喜色満面の笑みでじゃれついてきた。清矢は抱き返すも、内心で焦りを感じる。

「詠、無事だったみたいだね。草笛くんも久しぶり」

 敬文は男子高校生たちにてらいなく挨拶した。広大は草笛家の人間らしく丁寧にお辞儀をする。そして顔を曇らせた。

「清矢、学校なんだけど……あんまり平和とは言えないぜ。手塚さんが月華神殿の事件のこと喜んでんだって」

 歓迎できない知らせだった。清矢も気やすく愚痴る。

「分かった、ありがと。何か、復帰したくねーな……」
「でも、もう授業も進んじまってるからなー。じゃ、俺っちはこれで」

 広大はそれだけ伝えると、自転車にひらりとまたがった。清矢たちの帰りを待ってくれていたのだろうか。見慣れた立ち漕ぎ姿が少々危なっかしい。

「手塚さんて誰?」

 敬文がすかさず尋ねてきた。清矢は溜息をついて答える。

「『海百合党』出身。あんまり仲は良くないけど、たまに話しかけてくる」

 クラスメイトの一員ではあったが、今や不安材料だった。敬文が心配顔で提案する。

「君まで誘拐されちゃ困る。学校は俺が送り迎えしようか?」
「ありがと。助かる……」

 詠は敬文の言葉に痛いところを突かれたらしい。気まずそうに謝ってきた。

「清矢、『みさき』のことはゴメン。俺も今度はちゃんと気を付けるからさ……手塚さんのこと、作戦練ろうぜ!」

 拳をかかげて、ニッと笑う。だが、敬文が静かに首を振った。

「大きな報道の後だ。何もかも油断ならない。詠は余計な事せずに自分の周りに集中して。清矢さまは俺が守るから」

 そう言って、勝手知ったる風に清矢の肩に腕を回した。清矢は敬文を不安げに見あげる。溺れるほど濃密だった逃避行の空気がふわりと漂った。

「な、なんか二人、距離近くね? あの、清矢……俺、話したいよ。一緒に帰ろうぜ」

 詠は驚いて、しゅんと尾を垂らした。敬文が「あのね……」と困り、清矢を見てくる。 清矢は迷った。別に敬文と相棒になったからって、詠との恋仲まで諦める必要はない。だけどそれは非常に不実なように感じた。だからこそ、大人たちの期待通りの答えでとりつくろう。

「詠。あんまり俺たちだけで暴走するとお母さんが心配する。今日は戻ってくれ」

 胃がむかついたが、立ち話よりは家族との再会を急ぐべきだった。

 詠は突き放されて物言いたげにこっちを見ていた。「……じゃあな」と尾を軽く振って、夕暮れの街並みへと駆けだしていく。