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お題「ハロウィン」「悪戯」伊藤敬文26歳×祈月清矢16歳
十月末日。文化祭が終わった後に祈月清矢はイライラしながら帰途についた。実家にたどりついて、おばあちゃんや母親がお茶菓子を薦めてくるにもかかわらず、即座に自分の部屋に引っ込んだ。ひょこり、と男が顔を出す。居候している軍閥の参謀、伊藤敬文だった。
穏やかで人畜無害そうな、だけど精悍で整った。そんな十歳年上の男である。
「どうした、清矢くん。今日はハロウィンだろ、チョコの詰め合わせ買ってきたってよ」
「敬文。あのさ、俺……恥ずかしい」
「学校で何かあったのか。俺になら話せる?」
敬文はともかく清矢を甘やかした。ベッドに寝転んでしまった清矢のそばに座り込んで、頭を撫でてくれる。清矢は目を細めて愚痴を言った。
「今日、文化祭って言ったっしょ。俺ね……女装させられた。お菓子くれなきゃ何とやらをやれって。詠も広大もバカ受け」
「えーっと……」
敬文は目線をうろつかせて困る。そしてそっと耳うちする。
「可愛い、と思うけど、恥ずかしかったんだね。だって清矢くんは男の子だしな」
「俺、女装しろって言われるのマジやだ。だからって吸血鬼とかミイラとかもさ……そんで、結局メイドの真似事」
「可愛そうに、って言っておけばいいんだろうけど……ちょっと見たかったな」
清矢はがばっと起き上がって敬文を釣り目で睨みつけた。女顔で外見を褒められるのはいいのだが、いざ女装しろと言われると怒るのがこの少年のプライドだった。
「じゃあ敬文も女装してよ。フリフリのドレス着ればいい。俺はね、そういうのヤなの」
「俺がフリフリのドレスは視覚の暴力だと思うけど、清矢くんのは可愛いかもしれないじゃないか」
「違うもん。だって女の子ほどかわいくねーじゃん、ごついし」
そう言って顔を覆う少年の隣に座り込んで、敬文は鋭い肩を抱きこんだ。
「でも今しか似合わないよ?」
「に、似合ってねぇよ! 敬文。俺怒るよ。結局女の子の代わりが欲しいの?」
クリティカルな質問を投げかける。伊藤敬文はたっぷり困ったみたいだった。
「ええと、要はスカートがイヤなんだろ。だけど、ハロウィーンは仮装なわけだし、魔物の恰好するよりはメイドの方がましじゃないか」
「スカート。履いてほしいの」
そう聞くと、敬文は恥ずかしそうにうなずいた。
「あっそ、じゃあ着てあげる」
清矢はそう言って堂々その場でお着換えしはじめた。男子高校生の制服を勢いよく脱ぎ捨て、サブバッグの中に乱暴にしまいこまれたメイド服を身に着ける。タイツまでしっかり履いて、ヘッドドレスをつけてカテーシーの仕草をした。もはや、ギャグである。伊藤敬文は目線をよそにずらして後ろ頭をかいた。
「えっと……お菓子あげないと悪戯なのかな」
「タカフミさん。トリックオアトリート♡」
自棄になってにこっと微笑む姿は、上背のある美少女にしか見えない。有識読みの呼び捨てでなく名前をさん付けされて敬文は笑みを隠しきれなかった。
「お菓子は下の階だからそっちに行かない?」
「はぁ? この恰好で? ありえねぇ! ないなら悪戯だぜ」
「だ、だいたいどんな悪戯するの? 俺だって悪いから、男子高校生の妄想みたいな内容しか浮かばないけど……」
「えー?」
清矢はにやついて小首をかしげる。
「その男子高校生の妄想みたいな内容ってのは何? 教えてくれたら、悪戯しねぇ」
「あーっダメダメ! 大人をからかわない! だいたいスカートなんてダメだよな、やっぱり。だってめくったらすぐ脚に触れちゃうし……」
「下着も見えちゃうしな。なんで女子はこれで平気かね?」
スカートの前裾を持ってぺろりと持ち上げると、年上男の顔は剣呑になった。
「バカだなっ……! パンツは男物じゃないか」
「えーっ、じゃあ女物がよかったの? 敬文のスケベ」
「もうやめる! 下に行くよ、お菓子あるんだから!」
そう言ってせかせか階下に降りて大声で名前を呼んでくる。おかげで清矢は、女装姿をばあちゃんにもかーちゃんにも披露するハメになった。いつもお世話になってるんだから、敬文さんにお茶入れてあげなさいよ、ついでに母さんにもおばあちゃんにも、と給仕を言いつけられたのも、ご愛敬である。(了)#敬文×清矢 #[創作BL版深夜の60分一本勝負]
十月末日。文化祭が終わった後に祈月清矢はイライラしながら帰途についた。実家にたどりついて、おばあちゃんや母親がお茶菓子を薦めてくるにもかかわらず、即座に自分の部屋に引っ込んだ。ひょこり、と男が顔を出す。居候している軍閥の参謀、伊藤敬文だった。
穏やかで人畜無害そうな、だけど精悍で整った。そんな十歳年上の男である。
「どうした、清矢くん。今日はハロウィンだろ、チョコの詰め合わせ買ってきたってよ」
「敬文。あのさ、俺……恥ずかしい」
「学校で何かあったのか。俺になら話せる?」
敬文はともかく清矢を甘やかした。ベッドに寝転んでしまった清矢のそばに座り込んで、頭を撫でてくれる。清矢は目を細めて愚痴を言った。
「今日、文化祭って言ったっしょ。俺ね……女装させられた。お菓子くれなきゃ何とやらをやれって。詠も広大もバカ受け」
「えーっと……」
敬文は目線をうろつかせて困る。そしてそっと耳うちする。
「可愛い、と思うけど、恥ずかしかったんだね。だって清矢くんは男の子だしな」
「俺、女装しろって言われるのマジやだ。だからって吸血鬼とかミイラとかもさ……そんで、結局メイドの真似事」
「可愛そうに、って言っておけばいいんだろうけど……ちょっと見たかったな」
清矢はがばっと起き上がって敬文を釣り目で睨みつけた。女顔で外見を褒められるのはいいのだが、いざ女装しろと言われると怒るのがこの少年のプライドだった。
「じゃあ敬文も女装してよ。フリフリのドレス着ればいい。俺はね、そういうのヤなの」
「俺がフリフリのドレスは視覚の暴力だと思うけど、清矢くんのは可愛いかもしれないじゃないか」
「違うもん。だって女の子ほどかわいくねーじゃん、ごついし」
そう言って顔を覆う少年の隣に座り込んで、敬文は鋭い肩を抱きこんだ。
「でも今しか似合わないよ?」
「に、似合ってねぇよ! 敬文。俺怒るよ。結局女の子の代わりが欲しいの?」
クリティカルな質問を投げかける。伊藤敬文はたっぷり困ったみたいだった。
「ええと、要はスカートがイヤなんだろ。だけど、ハロウィーンは仮装なわけだし、魔物の恰好するよりはメイドの方がましじゃないか」
「スカート。履いてほしいの」
そう聞くと、敬文は恥ずかしそうにうなずいた。
「あっそ、じゃあ着てあげる」
清矢はそう言って堂々その場でお着換えしはじめた。男子高校生の制服を勢いよく脱ぎ捨て、サブバッグの中に乱暴にしまいこまれたメイド服を身に着ける。タイツまでしっかり履いて、ヘッドドレスをつけてカテーシーの仕草をした。もはや、ギャグである。伊藤敬文は目線をよそにずらして後ろ頭をかいた。
「えっと……お菓子あげないと悪戯なのかな」
「タカフミさん。トリックオアトリート♡」
自棄になってにこっと微笑む姿は、上背のある美少女にしか見えない。有識読みの呼び捨てでなく名前をさん付けされて敬文は笑みを隠しきれなかった。
「お菓子は下の階だからそっちに行かない?」
「はぁ? この恰好で? ありえねぇ! ないなら悪戯だぜ」
「だ、だいたいどんな悪戯するの? 俺だって悪いから、男子高校生の妄想みたいな内容しか浮かばないけど……」
「えー?」
清矢はにやついて小首をかしげる。
「その男子高校生の妄想みたいな内容ってのは何? 教えてくれたら、悪戯しねぇ」
「あーっダメダメ! 大人をからかわない! だいたいスカートなんてダメだよな、やっぱり。だってめくったらすぐ脚に触れちゃうし……」
「下着も見えちゃうしな。なんで女子はこれで平気かね?」
スカートの前裾を持ってぺろりと持ち上げると、年上男の顔は剣呑になった。
「バカだなっ……! パンツは男物じゃないか」
「えーっ、じゃあ女物がよかったの? 敬文のスケベ」
「もうやめる! 下に行くよ、お菓子あるんだから!」
そう言ってせかせか階下に降りて大声で名前を呼んでくる。おかげで清矢は、女装姿をばあちゃんにもかーちゃんにも披露するハメになった。いつもお世話になってるんだから、敬文さんにお茶入れてあげなさいよ、ついでに母さんにもおばあちゃんにも、と給仕を言いつけられたのも、ご愛敬である。(了)#敬文×清矢 #[創作BL版深夜の60分一本勝負]
永久なる春の追悼曲(第六話)蒼天宮への逃避行

なんとまぁ、攻めが変わってしまいました。OK? ダメ?
祈月軍閥の参謀こと伊藤敬文さんが年齢差溺愛カップルと化した。
詠ちゃんが可哀そうですが…しょうがない。
何かありましたら、感想ください。
#ComingOutofMagicianYozora #詠×清矢 #敬文×清矢
その男は清矢より7センチ背が高く、渦中の少年が求めるものすべてを備えていた。――月華神殿事件の後、清矢を待っていたのは祈月軍閥参謀・伊藤敬文だった。鷲津の脅威から逃れるため、二人は九十九里へ向かう。逃避行の中、敬文は清矢に告げる――「相棒を、詠じゃなく俺にしない? 俺たちはワンペアのジョーカーだ」。帰郷後、陶春の高校では『海百合党』出身の手塚佳代への差別が激化。清矢と詠は彼女を救おうとするが、佳代が明かしたのは歴史の真相だった。「祈月耀を殺したのは、あたしたちなんだから」。詠との別れ、敬文との禁断の恋、そして『海百合党』をめぐる陰謀――清矢は究極の選択を迫られる。

なんとまぁ、攻めが変わってしまいました。OK? ダメ?
祈月軍閥の参謀こと伊藤敬文さんが年齢差溺愛カップルと化した。
詠ちゃんが可哀そうですが…しょうがない。
何かありましたら、感想ください。
#ComingOutofMagicianYozora #詠×清矢 #敬文×清矢
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #流砂を止めることができれば
お題「スポーツ」「野外」
プライド激高こじらせ法学生×百歳超え吸血鬼(若見え)
「まぁったく、この程度でヘバるってどういうことだ!?」
「ふ、普段運動しないから……! 英司くぅーん、休もうよぉ」
生業についていない疑惑のある滝山到とプライド高め法学生の桐島英司はサイクリングロードの6km地点でギブアップしていた。ちなみに英司のほうは別段バテてはいない。見た目には気を使っているからジムで鍛えているし、運動だって苦手じゃない。あくまで、チームプレイが嫌いなだけだ。そう言い張っているし実際、中学生までは水泳を習っていた。到はせっかく整えた黄色いシティバイク(この時点で、全長12.9kmの川沿いサイクリングコースを行くとして選択を誤っている)を放り出し、砂利道の続くリバーサイドの土手に座り込んだ。
「何やってるっ、あと半分だぞ」
「公園マダー?」
「さっき京葉道路の下通ったところだからあと2.4キロだ。みっともない、降りて進むぞ」
英司はスマホに保存してある案内図を確認した。ともかく半分ほどは来た。こんな人気のない川沿いの道で立ち往生するわけにはいかない。自分もバイクを止め、到とともに歩くことにした。大の男ふたりがこの程度で……みっともないと思いつつ、なんだかしょげてる年上を不機嫌に率いて行く。
「公園で休もう?」
「いいけど。うわーあと2キロ半も行かなきゃなんないのか~。もう別に、そこから引き返せばよくない? 帰り一応海のほうで記念撮影してさ」
「はぁ? お前って13キロ程度も走りきれないのか? ランならまだしも、バイクで? はっきり言うが虚弱すぎないか? 付き合ってやってんだから最後まで行くぞ」
お説教しながら橋近くの公園までたどりつき、そこで休んだ。到は長めの髪をかきあげて、ベンチでうつろな目をしている。
「ハラスメントにも耐えた。こっから先は砂利道でさらにヤバい。帰ろ? ねぇ帰ろ?」
到は年上っぽくないうるうる眼で見つめてくる。英司はちゃきちゃき言い返す。地が江戸っ子なのだ。鳥肌までたった二の腕をウェアの上からぼりぼり掻く。
「だぁぁ、湿っぽい! 私はそんなのに騙されないぞ。帰りだってここで休憩とれば平気だろう。なんでお前に合わせて私が低めの見積もりしなきゃならないわけだよ」
詰め詰めに詰めると、到は珍しく唇を噛んで立ち上がった。あっマズイ。親密だと思ってやりすぎたか。女とか男とかみたいな嫉妬とかしないやつじゃなかったっけか。英司の内心で危険信号がチカチカする。到は首に巻いたタオルをぎゅっと縛りなおし、英司のあごをくいっと押し上げた。
「折り返しでご褒美ちょうだい」
「ラムネくらいしか持ってない」
「補給ね。補給。英司クンの体液ちょーだい」
ずざざっと見事に後ずさりして、英司は叱った。
「馬鹿っ! そんなん老廃物に過ぎないだろ。アレはダメだ、人目があったらどーすんだっ!」
「アレはヤバいでしょ。ねーちょっとだけー。何なら今すぐでもオッケー」
アレとは吸血行動である。何を隠そう滝山到は百年? くらいは生きている吸血鬼だと言う。たしかに彼の平屋には時代ものがたくさんある。鉄瓶とか。古写本とか。古本屋経営っていうのもクラウドで古典籍まで読める今時時代錯誤だし。それにしちゃ見た目が若いが。三十代って言って通用する。ちなみに英司はそんなの全部どうでもいいと思っている。友達が少ないが故に一緒にいられれば何でもいいのだ。
「じゃあこれで我慢する」
到はそう言ってかるく頬を舐めてきた。濡れた舌の感触が刺すみたいに強い。あぁ、休日昼間、ファミリーまで来てる狭苦しい公園でこんな破廉恥行為だなんて。背徳感に堪え切れなかった英司はしおしおと顔を覆った。
「英司クンかわいー」
到はもぐもぐ持参したチョコなんか食べている。最初からそっちにしろ。
残りは5キロ弱。しかも折り返し地点は何にもない放棄された野原状態だという。さらに人がいなくって絶好の野外何とかスポット。すんごく気が重くなった。
好奇心から火遊びに乗ってしまったのが失敗だったと反省をしつつ、英司は無言でバイクの向きを返した。
「えー、ラストまで行こうよ英司クン。海じゃ人目があるじゃんー?」
ダメダメダメ。貞操は大事なのだ。軽薄な相方を無視して、英司は仏頂面でペダルをこぎ始めた。(了)
お題「スポーツ」「野外」
プライド激高こじらせ法学生×百歳超え吸血鬼(若見え)
「まぁったく、この程度でヘバるってどういうことだ!?」
「ふ、普段運動しないから……! 英司くぅーん、休もうよぉ」
生業についていない疑惑のある滝山到とプライド高め法学生の桐島英司はサイクリングロードの6km地点でギブアップしていた。ちなみに英司のほうは別段バテてはいない。見た目には気を使っているからジムで鍛えているし、運動だって苦手じゃない。あくまで、チームプレイが嫌いなだけだ。そう言い張っているし実際、中学生までは水泳を習っていた。到はせっかく整えた黄色いシティバイク(この時点で、全長12.9kmの川沿いサイクリングコースを行くとして選択を誤っている)を放り出し、砂利道の続くリバーサイドの土手に座り込んだ。
「何やってるっ、あと半分だぞ」
「公園マダー?」
「さっき京葉道路の下通ったところだからあと2.4キロだ。みっともない、降りて進むぞ」
英司はスマホに保存してある案内図を確認した。ともかく半分ほどは来た。こんな人気のない川沿いの道で立ち往生するわけにはいかない。自分もバイクを止め、到とともに歩くことにした。大の男ふたりがこの程度で……みっともないと思いつつ、なんだかしょげてる年上を不機嫌に率いて行く。
「公園で休もう?」
「いいけど。うわーあと2キロ半も行かなきゃなんないのか~。もう別に、そこから引き返せばよくない? 帰り一応海のほうで記念撮影してさ」
「はぁ? お前って13キロ程度も走りきれないのか? ランならまだしも、バイクで? はっきり言うが虚弱すぎないか? 付き合ってやってんだから最後まで行くぞ」
お説教しながら橋近くの公園までたどりつき、そこで休んだ。到は長めの髪をかきあげて、ベンチでうつろな目をしている。
「ハラスメントにも耐えた。こっから先は砂利道でさらにヤバい。帰ろ? ねぇ帰ろ?」
到は年上っぽくないうるうる眼で見つめてくる。英司はちゃきちゃき言い返す。地が江戸っ子なのだ。鳥肌までたった二の腕をウェアの上からぼりぼり掻く。
「だぁぁ、湿っぽい! 私はそんなのに騙されないぞ。帰りだってここで休憩とれば平気だろう。なんでお前に合わせて私が低めの見積もりしなきゃならないわけだよ」
詰め詰めに詰めると、到は珍しく唇を噛んで立ち上がった。あっマズイ。親密だと思ってやりすぎたか。女とか男とかみたいな嫉妬とかしないやつじゃなかったっけか。英司の内心で危険信号がチカチカする。到は首に巻いたタオルをぎゅっと縛りなおし、英司のあごをくいっと押し上げた。
「折り返しでご褒美ちょうだい」
「ラムネくらいしか持ってない」
「補給ね。補給。英司クンの体液ちょーだい」
ずざざっと見事に後ずさりして、英司は叱った。
「馬鹿っ! そんなん老廃物に過ぎないだろ。アレはダメだ、人目があったらどーすんだっ!」
「アレはヤバいでしょ。ねーちょっとだけー。何なら今すぐでもオッケー」
アレとは吸血行動である。何を隠そう滝山到は百年? くらいは生きている吸血鬼だと言う。たしかに彼の平屋には時代ものがたくさんある。鉄瓶とか。古写本とか。古本屋経営っていうのもクラウドで古典籍まで読める今時時代錯誤だし。それにしちゃ見た目が若いが。三十代って言って通用する。ちなみに英司はそんなの全部どうでもいいと思っている。友達が少ないが故に一緒にいられれば何でもいいのだ。
「じゃあこれで我慢する」
到はそう言ってかるく頬を舐めてきた。濡れた舌の感触が刺すみたいに強い。あぁ、休日昼間、ファミリーまで来てる狭苦しい公園でこんな破廉恥行為だなんて。背徳感に堪え切れなかった英司はしおしおと顔を覆った。
「英司クンかわいー」
到はもぐもぐ持参したチョコなんか食べている。最初からそっちにしろ。
残りは5キロ弱。しかも折り返し地点は何にもない放棄された野原状態だという。さらに人がいなくって絶好の野外何とかスポット。すんごく気が重くなった。
好奇心から火遊びに乗ってしまったのが失敗だったと反省をしつつ、英司は無言でバイクの向きを返した。
「えー、ラストまで行こうよ英司クン。海じゃ人目があるじゃんー?」
ダメダメダメ。貞操は大事なのだ。軽薄な相方を無視して、英司は仏頂面でペダルをこぎ始めた。(了)
本サイトをいろいろと更新しました。
中でも大きいのは終わりの後の夜物語全改稿のお知らせ かな。
すでにこの「てがろぐ」でもSSを載せていますが、次の「第六話」から三話で初登場した伊藤敬文さん(26)×祈月清矢くん(16)の年齢差カプがメインになってしまいます。どうするかはかなり迷っていましたが、一か月以上たっちゃったし、萌えが収まる気配もないので決断することにしました。大まかなストーリーラインは変わりませんです。
中でも大きいのは終わりの後の夜物語全改稿のお知らせ かな。
すでにこの「てがろぐ」でもSSを載せていますが、次の「第六話」から三話で初登場した伊藤敬文さん(26)×祈月清矢くん(16)の年齢差カプがメインになってしまいます。どうするかはかなり迷っていましたが、一か月以上たっちゃったし、萌えが収まる気配もないので決断することにしました。大まかなストーリーラインは変わりませんです。
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢
お題「映画鑑賞」「暗闇」
敬文と活動映画見に来てる。たまの息抜きにどう? って誘ってきたから、俺も嬉しくなってついてった。ポップコーンやメロンソーダ買って、始まる前からワクワクしてる。
「俺、映画なんて大学生で初めて行ったよ」
「えぇー? 俺はたまにばあちゃんとか、母さんとか……あと友達とかとも! ま、こっちだって映画館県内に少ししかないけど」
「帝都までは行こうと思えば行けるんだけど、それよりは剣やる方が楽しくって。今も見るのは戦争とかアクションばっかり。だから女の子にはウケ悪くってさ」
そうやっておしゃべりしながらチケット買って入ってくのはSF映画だった。巨大隕石が落ちてきて世界が滅亡する前に……!? っていう世紀末モノ。上映前の注意があって、照明が落ちて、ザワザワしてた館内も静かになる。
俺はスクリーンの明りに照らされた年上の人の横顔を見る。
女の子とかともこうやってデートしたりしたのかな。
そん時、その子はやっぱり暗闇の中敬文のこと盗み見てたのかな。
それとも、逆?
話なんかそっちのけで敬文を見つめてると、ふいに目が合った。
「……清矢くん」
敬文は小さく名前呼んで、座席の手すりの下に手をくぐらせて、素知らぬ風で膝上の俺の手にかぶせた。俺は思わずドキッとして、スクリーンに集中しようとする。大音量でパニックになった人たちの声が流れてる。カットは次々切り替わって、街角、家庭、マスコミに政府。そして特命機関の主人公たちの話に戻る。
手のひらから優しい体温が伝わってくる。
いっそぎゅって握ってくれたらいいのに。
俺たちは傍から見たらただの少年と大人の二人組なのに、肩なんて抱いてきちゃったらどうしよ。
筋には集中できなかった。クライマックスは主役が政府の人間を倒しながら戦術核発射ボタンを押して隕石を粉砕した。その後は長身モデル演じるヒロインとのラブシーンだ。俺はとくに感動はしなかった。すすり泣いてる人もいる。
終わった後、少し人波が引けるまで待って、俺たちは座席を立った。食べ残しを捨てて、施設を出ると敬文が手を握ってくる。
「この後どこ行く? まっすぐ帰るなんて俺はいやだな」
「……あのね敬文。俺、やっぱ抱きしめてほしい。喫茶店とか行っちゃう前に」
「わかった。ちょっとこっちにおいで」
敬文はちょっと陰のあるストイックな顔したまま、非常口に繋がるちょい奥まった廊下に俺を誘い込んで、リクエスト通りにした。
背中を愛おしげに撫でてく手のひら。こめかみに押し付けられる唇。年齢も思い出も何にも共通点がないから、触れ合いだけに貪欲になる。暗闇の中に置き去りにされた迷子みたいに、俺は年上の男に力一杯すがり付いた。(了)
お題「映画鑑賞」「暗闇」
敬文と活動映画見に来てる。たまの息抜きにどう? って誘ってきたから、俺も嬉しくなってついてった。ポップコーンやメロンソーダ買って、始まる前からワクワクしてる。
「俺、映画なんて大学生で初めて行ったよ」
「えぇー? 俺はたまにばあちゃんとか、母さんとか……あと友達とかとも! ま、こっちだって映画館県内に少ししかないけど」
「帝都までは行こうと思えば行けるんだけど、それよりは剣やる方が楽しくって。今も見るのは戦争とかアクションばっかり。だから女の子にはウケ悪くってさ」
そうやっておしゃべりしながらチケット買って入ってくのはSF映画だった。巨大隕石が落ちてきて世界が滅亡する前に……!? っていう世紀末モノ。上映前の注意があって、照明が落ちて、ザワザワしてた館内も静かになる。
俺はスクリーンの明りに照らされた年上の人の横顔を見る。
女の子とかともこうやってデートしたりしたのかな。
そん時、その子はやっぱり暗闇の中敬文のこと盗み見てたのかな。
それとも、逆?
話なんかそっちのけで敬文を見つめてると、ふいに目が合った。
「……清矢くん」
敬文は小さく名前呼んで、座席の手すりの下に手をくぐらせて、素知らぬ風で膝上の俺の手にかぶせた。俺は思わずドキッとして、スクリーンに集中しようとする。大音量でパニックになった人たちの声が流れてる。カットは次々切り替わって、街角、家庭、マスコミに政府。そして特命機関の主人公たちの話に戻る。
手のひらから優しい体温が伝わってくる。
いっそぎゅって握ってくれたらいいのに。
俺たちは傍から見たらただの少年と大人の二人組なのに、肩なんて抱いてきちゃったらどうしよ。
筋には集中できなかった。クライマックスは主役が政府の人間を倒しながら戦術核発射ボタンを押して隕石を粉砕した。その後は長身モデル演じるヒロインとのラブシーンだ。俺はとくに感動はしなかった。すすり泣いてる人もいる。
終わった後、少し人波が引けるまで待って、俺たちは座席を立った。食べ残しを捨てて、施設を出ると敬文が手を握ってくる。
「この後どこ行く? まっすぐ帰るなんて俺はいやだな」
「……あのね敬文。俺、やっぱ抱きしめてほしい。喫茶店とか行っちゃう前に」
「わかった。ちょっとこっちにおいで」
敬文はちょっと陰のあるストイックな顔したまま、非常口に繋がるちょい奥まった廊下に俺を誘い込んで、リクエスト通りにした。
背中を愛おしげに撫でてく手のひら。こめかみに押し付けられる唇。年齢も思い出も何にも共通点がないから、触れ合いだけに貪欲になる。暗闇の中に置き去りにされた迷子みたいに、俺は年上の男に力一杯すがり付いた。(了)
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢
お題「夢」「現実」
漁港。夕陽。釣り客のふり。三拍子そろった旅情の中で、十歳年上の素敵な人が懐かしそうに笑う。
「そういやさ、小さいころの夢って何だった?」
「俺? えっと……ピアニスト」
「そっか。俺は……まぁ漁師じゃなかったな。魔物を倒して一廉の剣士になりたかった」
伊藤敬文は釣果も気にせず、淡々と道具を片付け始める。ルアーと竿とバケツ。清矢も黙りこくって手伝う。釣った得物はみんな海にリリースした。そもそもこれはカモフラージュだ。清矢と敬文は親戚で四国の海を釣り人として回っている。そういう設定。内乱の世にあっても漁師は魚を獲り、農家は米を作る。漁協に許可をとって一日磯釣り。そうして段々、瀬戸内海へと北上していく。最終的には、陶春県青雲地方へ帰りつく。ふたりは、日本を逃避行していた。つい最近、北陸では武力衝突があったばかりだった。
渦中にいたのが祈月清矢だ。兄に化けた魔族を討伐したのち、護衛されつつ帝都へと戻り、そこからの帰宅ルートは下総から大阪湾、四国というフェリー乗り継ぎ。十六歳の少年と二十六歳の男は、嘘をついて海沿いを旅した。
清矢はバケツを下げて海を見る。テトラポットで埋まった磯を。きらめく波頭は潮騒を響かせ、自分たちは安宿に戻っていく。ここでは俺はナツ。伊藤ナツキ。戦争なんて行ったこともない。新聞記事はみんな他人事。魔法だって使えないし、敬文の姉さんの生んだ甥っ子なんだ。
「ナツ、行くよ」
開襟の半そでに学生ズボンの伊藤ナツキは敬文についていく。潮からい匂いにも慣れつつあった。適当なラーメン屋で腹ごしらえして次のルートを計画するんだろう。テレビでやってる事件はホントはみんな清矢の家の出来事だった。行方不明になった兄。軍事施設の問題点。俺の身代わりに、護衛されながら電車で直接西国に移動して、案の定襲われた俺のトモダチ。俺の大好きな親友、詠(ヨミ)。
釣り竿をもった183センチの男は清矢の肩を隠すように抱く。清矢はいつもは言わない弱音を吐く。
「ねえ、全部夢だったらいいのに。俺の叔父さんがホントに敬文だったらよかったのに」
「じゃあそうやって信じ込んで。君は俺の大事な甥。絶対無事に陶春に嫁いだお姉ちゃんのところまで送り届けるんだ」
「わかった」
清矢は敬文のがっちりした大人の身体に寄り添う。不安と、罪悪感と、あとはスリルとほのかな憧れとが、心臓の鼓動を速める。これってホントに恋にも似てる。ああ、こんなに弱くっちゃ、幼馴染も守れない。すべて投げ出した安堵感につかのま身を浸しながら、清矢と敬文は日本のどこかを歩く。(了)
お題「夢」「現実」
漁港。夕陽。釣り客のふり。三拍子そろった旅情の中で、十歳年上の素敵な人が懐かしそうに笑う。
「そういやさ、小さいころの夢って何だった?」
「俺? えっと……ピアニスト」
「そっか。俺は……まぁ漁師じゃなかったな。魔物を倒して一廉の剣士になりたかった」
伊藤敬文は釣果も気にせず、淡々と道具を片付け始める。ルアーと竿とバケツ。清矢も黙りこくって手伝う。釣った得物はみんな海にリリースした。そもそもこれはカモフラージュだ。清矢と敬文は親戚で四国の海を釣り人として回っている。そういう設定。内乱の世にあっても漁師は魚を獲り、農家は米を作る。漁協に許可をとって一日磯釣り。そうして段々、瀬戸内海へと北上していく。最終的には、陶春県青雲地方へ帰りつく。ふたりは、日本を逃避行していた。つい最近、北陸では武力衝突があったばかりだった。
渦中にいたのが祈月清矢だ。兄に化けた魔族を討伐したのち、護衛されつつ帝都へと戻り、そこからの帰宅ルートは下総から大阪湾、四国というフェリー乗り継ぎ。十六歳の少年と二十六歳の男は、嘘をついて海沿いを旅した。
清矢はバケツを下げて海を見る。テトラポットで埋まった磯を。きらめく波頭は潮騒を響かせ、自分たちは安宿に戻っていく。ここでは俺はナツ。伊藤ナツキ。戦争なんて行ったこともない。新聞記事はみんな他人事。魔法だって使えないし、敬文の姉さんの生んだ甥っ子なんだ。
「ナツ、行くよ」
開襟の半そでに学生ズボンの伊藤ナツキは敬文についていく。潮からい匂いにも慣れつつあった。適当なラーメン屋で腹ごしらえして次のルートを計画するんだろう。テレビでやってる事件はホントはみんな清矢の家の出来事だった。行方不明になった兄。軍事施設の問題点。俺の身代わりに、護衛されながら電車で直接西国に移動して、案の定襲われた俺のトモダチ。俺の大好きな親友、詠(ヨミ)。
釣り竿をもった183センチの男は清矢の肩を隠すように抱く。清矢はいつもは言わない弱音を吐く。
「ねえ、全部夢だったらいいのに。俺の叔父さんがホントに敬文だったらよかったのに」
「じゃあそうやって信じ込んで。君は俺の大事な甥。絶対無事に陶春に嫁いだお姉ちゃんのところまで送り届けるんだ」
「わかった」
清矢は敬文のがっちりした大人の身体に寄り添う。不安と、罪悪感と、あとはスリルとほのかな憧れとが、心臓の鼓動を速める。これってホントに恋にも似てる。ああ、こんなに弱くっちゃ、幼馴染も守れない。すべて投げ出した安堵感につかのま身を浸しながら、清矢と敬文は日本のどこかを歩く。(了)
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢
お題:「夏の終わり」「言えなかったこと」
伊藤敬文は祈月家二階の客間、自室として借り受けているそこで、主君の息子を抱擁していた。二十八歳と十八歳、十歳差。まだ高校生で、遠き魔術師の理想郷、アルカディア魔法大受験のための準備が忙しい。伊藤敬文も去年三月に国軍に士官として復帰し、夏の間だけそこに来ていた。
古い型の冷えすぎる冷房を嫌って、宵闇へと窓が開け放たれている。ぬるい空気、汗ばんでべとつく肌。それなのに抱き合ってキスしている。かすめるだけじゃ足りずに舌まで出している。
「ごめん、敬文……! 俺、もう無理、耐えらんない、敬文に抱かれちゃいたい」
「そだね、うん……好きだよ、君が好きだ、俺だって心臓ごと捧げたい」
少年と大人の恋だった。伊藤敬文は士官学校卒業後退魔科任官拒否で古都大修士号、そののち国軍普通科志願、少年の父、祈月源蔵の派閥にあった。一時軍閥落ちがあったが復帰である。
抱きしめながらキスしながら体の輪郭をデッサンするみたいに手のひらでさすりながら敬文は思う。だって耐えられるわけがない。俺が見つけて俺が戦に連れてってその後も力ずくで誘拐されちゃいそうで初めて怖いって怯えてみせて俺に全力で甘えた子が求めてきてるんだから。
逃避行ののち、少年の故郷までたどり着いてその後そばにいた。求められるがままに父親の与えていない庇護と溺愛で包み込んできた。
その罪深さを思うとときどき怖くなる。夜の海みたいな底知れない深み。
「身体、苦しい? でも……ひとりで何とかできるね?」
少女と違って少年だからな、とズルい大人は思う。自分を支配する性欲から逃れられないから、手籠めにするのは本当に簡単である。手伝ってあげると申し出ればいい。俺も君と繋がりたいって言えばいい。男同士の恋愛にプラトニックなんてありえない。
……清矢さま、なんて悪い子だろう。他は完璧すぎる優等生なのに俺みたいな男に抱かれちゃうなんてとんだスキャンダル。同い年の親友は毛を逆立てて怒るだろうな。
腕の中の清矢は絶望の瞳で見上げてきて、敬文の胴を抱きしめてけだものっぽく頬ずりする。すうっと深呼吸して男の汗の香りまで味わって、こくんと小さくうなずく。
伊藤敬文は頬に曲げた指をあてがいながら命じる。
「……うん、いい子だ。卒業したら、ひとりで俺の部屋に来て」
「敬文、そしたら俺の恋人になってくれる?」
敬文はうなずき、か細いからだを掻き抱いてキスをした。ひどく危うい夏の、それが終わりだった。(了)
お題:「夏の終わり」「言えなかったこと」
伊藤敬文は祈月家二階の客間、自室として借り受けているそこで、主君の息子を抱擁していた。二十八歳と十八歳、十歳差。まだ高校生で、遠き魔術師の理想郷、アルカディア魔法大受験のための準備が忙しい。伊藤敬文も去年三月に国軍に士官として復帰し、夏の間だけそこに来ていた。
古い型の冷えすぎる冷房を嫌って、宵闇へと窓が開け放たれている。ぬるい空気、汗ばんでべとつく肌。それなのに抱き合ってキスしている。かすめるだけじゃ足りずに舌まで出している。
「ごめん、敬文……! 俺、もう無理、耐えらんない、敬文に抱かれちゃいたい」
「そだね、うん……好きだよ、君が好きだ、俺だって心臓ごと捧げたい」
少年と大人の恋だった。伊藤敬文は士官学校卒業後退魔科任官拒否で古都大修士号、そののち国軍普通科志願、少年の父、祈月源蔵の派閥にあった。一時軍閥落ちがあったが復帰である。
抱きしめながらキスしながら体の輪郭をデッサンするみたいに手のひらでさすりながら敬文は思う。だって耐えられるわけがない。俺が見つけて俺が戦に連れてってその後も力ずくで誘拐されちゃいそうで初めて怖いって怯えてみせて俺に全力で甘えた子が求めてきてるんだから。
逃避行ののち、少年の故郷までたどり着いてその後そばにいた。求められるがままに父親の与えていない庇護と溺愛で包み込んできた。
その罪深さを思うとときどき怖くなる。夜の海みたいな底知れない深み。
「身体、苦しい? でも……ひとりで何とかできるね?」
少女と違って少年だからな、とズルい大人は思う。自分を支配する性欲から逃れられないから、手籠めにするのは本当に簡単である。手伝ってあげると申し出ればいい。俺も君と繋がりたいって言えばいい。男同士の恋愛にプラトニックなんてありえない。
……清矢さま、なんて悪い子だろう。他は完璧すぎる優等生なのに俺みたいな男に抱かれちゃうなんてとんだスキャンダル。同い年の親友は毛を逆立てて怒るだろうな。
腕の中の清矢は絶望の瞳で見上げてきて、敬文の胴を抱きしめてけだものっぽく頬ずりする。すうっと深呼吸して男の汗の香りまで味わって、こくんと小さくうなずく。
伊藤敬文は頬に曲げた指をあてがいながら命じる。
「……うん、いい子だ。卒業したら、ひとりで俺の部屋に来て」
「敬文、そしたら俺の恋人になってくれる?」
敬文はうなずき、か細いからだを掻き抱いてキスをした。ひどく危うい夏の、それが終わりだった。(了)


「なーなー清矢くん、コレ使っていい?」
B組の詠が清矢の机に置いてある英和辞典を手に取った。清矢はもちろん文句を言う。
「詠、前回も俺から借りてったろ? いい加減自分のを使えよ」
「へへ。これは俺と共有ってことで……」
詠はそう言って軽やかに清矢の辞書を持って去っていった。清矢のクラスでは英語の時間は終わったから問題はないが、詠の成績のほうが心配になってくる。予習とかしてねーんじゃねぇのかアイツ。
恋人関係を解消してからしばらく、詠とは話をしなかった。だけど、ふいに昼休みにやってきて、辞書を借りていくようになった。これは詠なりの関係の修復なんだと、清矢は気づいている。だからそんな甘えを許していた。
もともと二人の関係は、恋人関係といっても親しい友人の域をそんなには出ていない。学生だから、自制がきいていた。乗り換えた軍閥参謀の敬文とはどうかというと、際どい戯れは多いものの、決定的に性的な時間を過ごしたことはない。詠が何をどう思っているのか、語り合ったことはなくて、謎だった。
「ありがと、清矢くん」
詠は放課後に辞書を返しに来た。清矢はうなずき、それを持ち帰った。家に帰り、ピアノやらハープやら剣術やらの訓練があった後、机上に辞書を持ちだす。明日の長文読解の予習をしなければならなかった。
「あれっ」
見ると、手紙がはさまっていた。ずいぶん古風なことするんだなと思いながらもそれを読んでみる。
「清矢くん。俺ホントは、恋人に戻りたい。清矢が敬文さんのこと好きになったのは分かったけど、でも十歳も年上じゃん。俺ともっと遊ぼうぜ。歌謡曲の話したり、剣で試合したりとかさ。清矢くんの特別じゃなくなっちまったって思うと、腕がちぎれそうだ」
清矢は困り、だけどしっかり手紙を抽斗に保存した。そして考えに考え抜いて返事を書く。
「詠へ。詠が特別じゃなくなったってことはねぇぜ? 歌謡曲の話だって、剣の試合だって、恋人じゃなくたってできることだ。ってか、友達としてはやっぱ一番大事って思ってる。それじゃダメだって言われると俺は困っちまうけど……親友じゃ、ダメなのか」
そうして同じページに手紙を挟んでおいた。心変わりは清矢からだから、かなり虫がいいのは分かっている。だけど年上の男は庇護と知恵をくれる。情勢が目まぐるしく動く中、清矢は彼を手放せなかった。
次の日にも詠は素知らぬ顔で辞書を借りていった。挟まれていたのは単語カード。
「Lament,Love is Over」(愛は終わったと嘆く)
学校指定の単語帳の例文だった。清矢はその案外綺麗な字を見て考え込む。共有ってワケにもいかねーもんな。たっぷり残っている情に気づきながらも、清矢は辞書を今日も律儀に持ち帰った。(了)