お題「朝ごはん」「おはよう」

 兄・夜空から無事御家の重宝を取り戻し、アルカディア魔法大学に入学した祈月清矢(きげつ・せいや)は、土曜一時限目の授業、「アルカディア島講義」に出席していた。新入生必修授業である。魔法の専門教育ではなく、アルカディア島の公用語およびその歴史を学ぶ総合教養科目だ。

「清矢くん! おはよう!」

 小学生からの幼馴染、櫻庭詠(さくらば・よみ)が勇んで隣に座る。常春殿神兵隊所属という共通点はありながらも、今まで学区が違ったために、同級生となったのは初めてである。ベリーショートに前髪まで刈りながらも、くっきりとした二重にまっすぐな目つき。姿勢もよく素直そうで、実に鮮やかな日本男児ぶりである。内面は堅物で、熱心。二人きりのときでさえ控えめな表現しかまだできなかったが、清矢はこの男のすべてを愛でていた。

 リーディング指定のあった本を飛ばし読みしながら清矢がさりげなく褒める。

「おはよう、詠。こうして見るとお前って結構男前だな」
「……清矢くん、その副詞いらないよ。俺、清矢くんのことそんなふうに褒めたことない」
「へー、じゃあどうやって」
「えっと……清矢くんってすごい可愛いとか、クールでカッコいいとか、女の子より綺麗とかオシャレだとか」

 ナルシスト気味の清矢は笑みを抑えきれない。既にディスカッションを始めている者もいたが、素直な幼馴染に柔らかく微笑みかけた。詠は顔を赤くしながら話題を変える。

「そういや、清矢くん朝ごはん食べた?」
「充希は塔付属の食堂で食べてから行くって言ってたけど、どう考えても遅刻するだろ。キッチンで自炊するならともかく……」
「俺も食べてない。でも、午後は軍事演習だろ。どう考えても無理めじゃない?」
「……仕方ない、土曜の朝だけは作るか」

 祈月家への嫁であり、清矢と夜空の祖母である頑固な人物、さくらは、清矢のアルカディア大学派遣の際にも世話をやき、荷物の中にいくらか食材と調味料とを入れていた。味噌、醤油、鰹節や白米などである。重くなると言ったが、「男なんだからそれくらいでグダグダ言うな」と一喝されてしまった。「夜空にはやるんじゃないよ」とのダメ押しつきだ。十一歳でロンシャンに亡命した際、御家の重宝を全て持ち逃げした方の孫に対し、辛辣であった。

 詠は目を輝かせた。

「えっ、清矢くん料理とかするの?」
「ああ、一応な。得意なのはビーフストロガノフだ」

 祈月軍閥次期当主として、アルカディア留学のために、ピアノ・剣術・魔術・英語に明け暮れていた清矢のあからさまな嘘だったが、詠は信じたようだった。

「味噌も持って来たし、しばらくはそれでしのぐか~」

 適当に顔を背ける清矢を、詠は無理やり肩を掴んで振り向かせた。新入生全員が集合しているというのにイチャつき開始である。清矢は絶望に目を見開いてされるがままになった。えっ、もうホモの噂が立つわけ? 図書館でキスしたからコイツ調子づいてる? 詠はどこで覚えて来たのか古典的なプロポーズの台詞を言い切った。

「せ、清矢くん、俺に……毎朝味噌汁を作ってくれっ!」
「は?」

 清矢の表情が寸時に険しくなる。そして慈愛すら感じさせる余裕の笑みを浮かべる。

「お前……いわゆる良妻賢母がヨメに欲しいタイプだったのか」
「えっ、そんな、清矢くん……俺、そんなつもりじゃ」
「是非、さくらと再婚してやれよ。孫の俺じゃあ無理だからさ。老後が不安だし。そうしたらお前、俺の爺ちゃんになるんだな。憧れの耀サマにますます近づけるじゃん」

 詠の胸板を小突きながら、清矢は曇りのない笑顔だ。詠は半ばヤケで笑っている。耀は清矢と夜空の祖父だが、若くして謀殺されていた。宮家から臣籍降下を行い、神兵隊特別兵として特殊任務をこなしていた祈月初代。さくらは彼のヨメである。詠は宮家初代・嘉徳親王の妹である桜花が嫁いだ家の子で、耀の使っていた黒耀剣を操ることができる。清矢はべらべらと皮肉を口にする。

「俺は母さん似だって評判だし、母さん、料理下手だったから、お前の気に入るような家庭は築けないと思う……」
「ちっ、違う! 俺は構わないよ、清矢くんのことを、一生ずっと愛してる!」

 他の者には分からないと思ってか、日本語で宣言されたその台詞に、しかし清矢はドスの効いたとしか形容しようがないような強烈な蔑視を送った。

「味噌汁くらいお前が毎朝作るべきだろうが! この清矢サマに!」

 照れ隠しのキレだったが、詠は半泣きになっている。三人目の充希がクナッペというアルカディア島名物のミートパイを片手に遅刻で駆けこんでくる。ダイバーシティ豊かな同級生たちは失笑している。

「うるさいぞ日本人、初回から何をふざけている!」

 講師が教室に入ってきて全員を叱りつけた。ちなみに味噌汁は具材が見当たらず、トマトとキャベツ入りの単なるミソスープとして完成し、風塔の同級生たちが試食したが、濃すぎる塩味がローク神殿の巫女たちにイマイチ不評であったのだった。

(了)

※この短編は独立した軸としてお楽しみください