お題「お花見」 「花びら」
三月初旬、そろそろ試験だって言うんで授業も追い込みが始まったころ。トモダチの充希が俺にこっそり耳打ちしてきた。
「レダ・アチュアンの実家に行く約束したんだけど、疑われないよーに清矢くんと一緒に来てくんない?」
「どうせ荷物持ちだろ。気があるなら一緒に行ってやればいいじゃん。俺たちなんて邪魔なだけじゃね?」
「いや、レダってローク神殿の巫女さんだしさ、変な噂が立つとヤバい訳。清矢くんもなんか俺たちの関係にはピリピリしてるし、詠ちゃんデートぶって途中で連れ出しちゃってよ。ちょうど花盛りの時期で綺麗らしいよ」
「べつにいいけど……レダが好きなら男らしく最初から隠さねえほうがいいと思うぜ」
「うーん、詠ちゃん、ひたすらまっすぐアプローチすりゃあカッコいいって思ってる? 女の子はそんなんじゃ乗ってこないよん。レダがその気なら俺も考えなきゃいけないこといっぱいあるし、本心探りたいの」
俺はしぶしぶ了承して、その週の休日は四人でレダの実家に向かった。「夢見」の占いをつかさどる巫女さんだし、充希になんか脈はないんじゃないかなーと疑りながら。車や馬車よりも牛が荷車を引いてる広い舗装されてない道路ぞいに、アーモンドが街路樹に植えられて咲きほこってる。懐かしい桜そっくりのたたずまいに、俺の心は踊った。
「清矢くん! 花盛りだぜ、ちょっと見ていこうよ」
「ここの花は取っちゃダメ、実を収穫するから」
テンションを上げた俺たちに、日本語のわからないレダがまなじりを吊り上げる。充希が柔和に状況を説明すると、レダは納得したようだった。充希はにこやかな笑顔で俺たちに言う。
「じゃあお二人さんはここで待ってなよ。俺が荷物持ってくから」
「充希、平気か? 一人で全部はけっこう重たいぜ」
俺たちが裏で通じてるなんてまったく知らない清矢くんは目をぱちくりさせた。俺はレダの本を持ってた清矢くんの手を引く。
「なぁ、お花見しよーぜ。俺、清矢くんとデートしたい」
「でも……帰りでいいじゃん? まず荷物運んじまおうよ」
「清矢くん、だいじょーぶだから。俺力持ちだし♪」
心広そうに笑う充希は、ボストンバッグを無理やり背負って本まで持つとあからさまにフラついてた。でもまあ恋のためだもんな。ちょっとわざとらしい一幕を挟んで、俺たちはその場にとどまった。清矢くんは腕組みして鼻白む。
「……おおかた、充希に頼まれたってとこ? レダとなんか恋仲になったら大変だぞ、打ち首でもおかしくない」
鋭い清矢くんは気づいちゃったけど、俺はアーモンドの幹に清矢くんの背を押し付けて、両腕で閉じ込めてキスした。ワーオ! ってたむろしてた子供がはしゃぐけど聞いちゃいねぇ。俺の箱入り王子様、清矢くんは眉をひそめてる。
「なーにやってんだよ、詠。そだな……ギャラリーもいるし、ここは外だし……」
清矢くんは柔らかく俺の腕から抜け出すと、木の根元に座り込んで服の中からハーモニカを出した。そして形いい唇を湿らせて、錫の楽器にそっと滑らせる。祈月の家に伝わる『風の歌』の不思議な旋律だけが透明に響いた。
とたんにざっと吹きわたる、無慈悲な風。舞い散るピンク色の花びら。散りかかるきらきらした花弁に彩られて、細面でうつくしー清矢くんの憂い顔は完璧に絵になっていた。
「悪戯しちゃダメだな、別の曲にするか」
俺は落ちてきた花びらを器用につかまえて、清矢くんに見せようとした。ようやく微笑んで、清矢くんは俺の前髪に手を伸ばす。
「ついちゃってるぞ、花びら……ベタなアピールすんなよ」
そうやってつまみ出されたほうも手のひらにのせて、ふっと吹き飛ばす。魔法の曲で呼び出された風のショーに、子供たちはきゃあきゃあはしゃいでる。俺も座り込んで、清矢くんの肩を抱いた。
「ほんと可愛いのなー、詠は。俺は幸せものだよ」
「清矢くんそれ、俺のセリフ。全部取っちまうのやめろよな」
そう言ってほっぺにももう一度キス。心の中まで全部がうすくれないだった。遥か海を越えても、幼いころと全く変わらない、それは幸せの色だった。
(了)
※この短編は独立した軸としてお楽しみください