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あおうま
山尾悠子編・須永朝彦著『須永朝彦小説選』ちくま文庫

#読書

歌人であり、『江戸の伝奇小説』『歌舞伎ワンダーランド』など、古典文芸への造詣も深い須永朝彦の幻想小説アンソロジー。
吸血鬼ものである『就眠儀式』からセレクトされた表題作「契り」からして、ホモセクシャルを薫り高い伴奏とした耽美な世界が現出する。

たとへば吸血鬼譚――私は永遠(とは)に死を生きる美貌の吸血鬼の物語が読みたかつたが、従来の吸血鬼譚は悉く吸血鬼退治譚であり、登場する吸血鬼もまた美しき者は稀であつた。事情は、天使や闘牛士や化生(けしやう)や夭折者の物語に於ても同じであつた。現実の自分には望み得ぬ境涯、言ひ換へれば自分が()り代りたき存在を選び取り、その肖像を描く事がすなわち私の小説の方法となつた。「幻影の肖像」(『小説全集』パンフレットより)

このように本人が述べる通り、女色に流れないダンディズムと退廃的なヨーロッパ趣味の掌編が次々と咲いては枯れる。トランシルヴァニア、とくれば吸血鬼のふるさとだが、漢字表記で縷々と記されるその土地の来歴や樅ノ木の暗緑色からは、歴史の裏側に脈々と流れ続ける血のまざった密造酒の香りがたつ。
つづく「天使」に関する連作も、やけに堕天するものが多いあれらの性質を生臭く描いて奇妙である。歌人というバックグラウンドもあり、エピグラフに美々しき前衛短歌が引用されているのも気が利いている。後半、「聖家族」などの連作に至ると、登場人物はみな趣味に拘泥し、浪漫に生き、夢破れれば紙屑のようにあっさり死ぬ。残虐で美しい世界は、反現実の写し鏡として非常に魅力的だ。

隣家の庭には、いつも花が咲き乱れてゐる。私が越して来た頃は、君子蘭や鬱金香(チユーリツプ)が咲き誇つてゐた。躑躅(つヽじ)・芍薬・唐菖蒲(グラジオラス)罌粟(けし)天竺牡丹(ダリア)・鬼百合・立葵・夾竹桃・壇特(カンナ)・紅蜀葵……と咲き移り、今は鶏頭や曼珠沙華が花盛りで、雁来紅(かまつか)の葉も鮮やかに色づいてゐる。これらの花々は明らかに一個の好みによつて選ばれたものであり、我が家の庭に叔母が培てヽゐる草木類、連翹(れんげう)・蠟梅・苧環(をだまき)・鉄線・茴香(ういきやう)常夏(とこなつ)姫沙参(ひめしやじん)吾亦紅(われもかう)・白式部……といつた果敢なげな趣味とは見事に対立する、どちらかと言へば濃艶至極、居直り気味の悪趣味とも言へる好尚だ。(「聖家族 Ⅲ」)

古典ばりの花づくし。豪華絢爛な文章は幻想を冠しながらも案外読みやすい。BL趣味がないと多少きつい面もあるが、佳品がそろう美しい短編集だった。