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あおうま
舞城王太郎『阿修羅ガール』新潮文庫 二〇〇三年

愛の名を冠する東京の女子高生カツラ・アイコは善性の象徴として金田陽治のことが小学六年生のころから好き。恋愛がうまくいかない憂さ晴らしで好きでもない軽薄男・佐野とヤったものの自尊心が減っただけ。翌日佐野が殺されちゃって、クラスメイトにシメられる。でも怒涛のニーキックで撃退。調布の近所では三つ子の男の子が「グルグル魔神」と名乗る連続殺人鬼に殺されて、インターネット匿名掲示板『天の声』では「アルマゲドン」っていう中学生狩りの祭りが起こってリアルを侵食してて、世は大バイオレンス時代。さてアイコの恋の行方やいかに。

という物語。いつもの舞城。セックス・ヴァイオレンス・アンド・ラブ。それにしても超ゼロ年代って感じだね。今読むとノスタルジーとも言えない羞恥含みの生臭さで一番古臭く感じる。2ちゃんねる的匿名掲示板の暴力みたいなのも今やツイッターならぬXに移行です。それで誰もがセルフブランディングの時代。舞城はともかくセックス・ヴァイオレンス・アンド・ラブコメディなので、原始人にも分かる可笑しみなのだ。この軽薄な一人称がたまらない。

私もヒトだから、内側にたくさんの人格があって、いろんな声があって、それらが様々な音を立てている。それらを全て支配しているあの怪物はつまり、私自身だ。あの姿、あの形、あれはつまり、私の人格とか自己像とか、そういうものとは関係ない、もっと奥深くの、真ん中の、芯とか核とかそういうものなんだろう。エゴ?良く判んないけど、そういうの。つまりこういう風にも言えるだろう。私は私の内側のどこかにある、それもはじっこじゃなくて中心にある、暗い森の中で、私の中にあるたくさんの私を吸い込んでバラバラにして私の中に取り込んで、どんどん大きくなっていく。そうだ。私は怪物だ。じゃあ他の人も、皆が皆同じ姿かたちはしてないだろうけど、私と同じ生態をしている怪物を、私と似た森の中に住まわせてるってことになるんじゃないかな。

おぞましい暴力で達成される善性と神聖。古代、必ず神にはサクリファイスを捧げた。命を捧げるからこそ聖は尊く不可侵で光り輝く。神なき時代のチープな信仰。人間は時代変われど本性だけは変われないから、どんなに信じられなくても嘘っぱちでも残虐で吐き気がしても、、そのフラットな色彩の奔流にただ流されるしかない。
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あおうま
小野不由美『残穢』新潮社 2010年

小説十冊読破運動八冊目❗ドキュメンタリー風味で進む怪談話。調査方式は地道でいいんだが、肝心の怪異が全部伝聞なので怖いと思えず、終始入り込めなかった。かさね話でもそうだけど怪談は土地の記憶と結び付いてる。早く江戸のエクソシスト読み終わろうと思える本だった🙇
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あおうま
山田詠美著『ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨』新潮文庫


これは著者のデビュー近辺の作品を集めた短編集。なんと解説は浅田彰である!豪華!
読んだことがある作品なので、このところの十冊小説読破運動に数えるのは躊躇したが、
ほとんど忘れているのでまぁいいかと。

読み返してみると、やっぱり性描写はきつい。だがいわゆるポルノグラフィかというと違う。
ポルノグラフィとは自慰のための誇張された官能描写だが、今時これでヌケるヒトはいないだろう。
あっさりと男女が性的魅力ほのめかしだけで繋がり、その後動物のように本能だけの日常を過ごして、唐突に別れる。『ベッドタイムアイズ』と『指の戯れ』はそういう話だが、感覚を切り取ったような描写なので不思議と生臭くない。となると、じゃあ生臭くするにはどこを誇張すべきか? という部分まで思いが流れる。

私は思い出をいとおしんでいる! 思い出という言葉を! 私には全く関係のなかった意味のない言葉(ダムワード)。私は記憶喪失の天才であったはずなのに。初めて私自身に所有物ができてしまったのだ。

快楽とマゾヒズムが滲む刹那的な恋愛のショートフィルム。作者がそれだけでないのを示すのが『ジェシーの背骨』。これはバツイチ子持ちの黒人リックと恋仲になったパーリー系女子・ココが彼の息子ジェシーと何とかうまくやろうとする話なのだが、この頃からすでに子供を書く筆致はすばらしい。けっして馬鹿でなく、たんなる無垢ではなく、憎しみと不満でいっぱいで、平気で人を傷つけるし、そのわりに感情の表出がダイレクト。二人は結局、言葉なんかじゃわかり合わない。
さて性愛がなければどうやって二人はお互いを認め合うのか。動物的なやりとりは、原始人でもわかるだけに強い。この短編の続編である『トラッシュ』も読んだ気はするが例によってかなり忘れている。ジェシーとココの日常の続きがみたいので、読むリストに入れたい気がしてくる。
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あおうま
江國香織著『号泣する準備はできていた」新潮社 二〇〇三年

短編集なんですが、ほとんど不倫の話です……。
良いと思ったのは「じゃこじゃこのビスケット」「熱帯夜」くらいかな……。
「じゃこじゃこのビスケット」は十七歳のさえない娘がさえない男と海に行ってつまんないデートする話。このパっとしなさがいとおしい。「熱帯夜」はレズカップルの絶頂期になじみのバーで飲んだあとイチャつく話。どっちも不倫じゃない。
あとは不倫願望も入れるとほぼ全部不倫の話。どんなに美々しく書かれてもちょっと乗れない。恋愛の段階なんか語られず、たいてい動物的に惹かれてるだけだから感情移入もむずかしい。
べつに不倫自体は読めないわけじゃないんだよ。ただ短編集の八割九割が不倫ネタっていうのはどうなの?
文章も読みやすいけどなんだかすべてが書割のよう。それがいいのかもしれないが……。
あんまり面白くはありませんでした。
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あおうま
小川一水著『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ2」早川書房 二〇二二年

宇宙漁×百合SF ふたたび。前の巻よりも読むのに時間かかったのは、主要人物ふたりの心理やなんかよりは、
もう一方の主人公のふるさとこと弦道氏の惑星「芙蓉」の問題が中心だったからかなぁ。
もう一方の主人公ことダイオード(寛和)は、「芙蓉」にも元カノにも未練も何もないから。
テラとダイオードの成長というのは何もなく、百合の濃度が高まるだけである。
それも描写が細密になるのは最初の一回だけで、あとは超ぼやかし状態だから何てこともなく。
ニシキゴイ漁については面白かったんだけど……
もうちょっと登場人物の内面のドラマが欲しい、と思うけどそれはお門違いっぽい。
最後、弦道氏の社会改革という選択は断って、何もわからない未知の世界・GIに飛び出していくのがわかりやすい。
要するにフェミニズムSFではないということ!
はっきりそう宣言するのが二巻ていう感じ。次以降どうなることかなぁ。
周回者たちの社会は男尊女卑なのに、AMC粘土の発生者や船団長は女性、っていうのも何だかご都合ではあるし。
買ってあるのはここまでなので、三巻はちょっとあとになります。
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あおうま
池波正太郎『夜明けの星』文春文庫 一九九八年

父を殺され、仇討ちのため仕官もできなかった足軽の子・堀辰蔵。江戸にたどりついた彼は、飢えのため父の形見の銀煙管を引き取ってもらおうとしたが、叶わず、逆上してその煙管師を殺してしまう。辰蔵はその後、裏社会に拾われ、剣の腕で生きる暗殺者となった。しかし、煙管師にはひとりの娘がいた。彼女の名はお道といい、やがて小間物問屋・若松屋の鬼女将に拾われ、苦難のはてに幸せをつかむ。一方、辰蔵は殺人者に身を落としていたが、彼女の無事だけは唯一の良心で気にかけつづけていた。

という話である。さて、お道と辰蔵の人生はいかに交わるか。そこが見どころのはずだが、辰蔵の仇討ちのほうが気にかかってしまい、延々とそっちを期待していたwwww
筆致は簡素で、わかりやすさ優先である。だからプロット命のはずだが、そういう熱い展開はあんまりないまま最後までいってしまう。これは元は短編だったらしく、圧縮した尺ならば運命の妙や深い人情にしんみりできたはずだが、文庫本一冊という長さなので、もっと違う胸躍る展開を……期待してしまった……あと作中の女に対する男の視線がちょっとなぁ、今読むにはキツイ感じがする。

一瞬、佐吉は何ともいえない眼つきになり、まじまじと女房の顔を見つめたものだから、おさわが、
「あれ、嫌な。何で、そんなに見なさるのさ」
「女という生き物は……」
「もう、およしなさいよ、生き物なんていいなさるのは……」
「いや、お前の、その肚の底にも、亭主のおれが到底わからぬ性根が隠されているとおもうと、何だか空恐ろしくなってきた」
「何をいってなさるんですよ、私の肚の底なんか、何もありゃあしない。からっぽにきまってますよ」
「そりゃ、いまのお前には何もあるまいが、いざとなったときの女という生き……」
「また生きものかえ、親分。いいかげんにしておくんなさいよ」


お道の玉の輿の裏にある女の策略というものを怖がる視線なのだが、江戸時代ということをさしひいても、まぁ当然の蔑視ではあるが、作中での正義漢によるものなので、キツイw
むしろ握りつぶされたいくつもの性暴力だってあったわけで……。
それを闇に葬らなかったのが、作中で皆に嫌われているパワハラお内儀・お徳なのである。彼女はやはり有能だったし、情ももっていて、しかも正義感まであったということか……。そのへんがやっぱり面白いね。あとは江戸の香具師たちの裏社会っていうのも楽しく感じた。剣戟については全然くわしくありませんwww
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あおうま
小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』ハヤカワ文庫JA 2020年

超おもしろかったがちょっと待ってくれ。要約するのがキツイwww
作者のヘキである宇宙世紀ものである。そこに百合トッピング、って感じ。

西暦では八千年代、人類は太陽系をすでに脱出し、二つ目の新星系に移行していた。かれらは周回者を自称し、資源不足にあえぎつつも彼らにとっては最古ともいえる人類の精神的慣習を維持していた。つまり、家父長制と男尊女卑。資源については、昏魚とよばれる大気圏中を遊泳する魚を獲ることでなんとか母艦との交易を成立させている状況である。そんな限られた世界に生きる独身女性テラは、自身の漁猟と生活のパートナーとなる男性を探していたが、彼女の並外れた漁網成型能力についていける男はおらず、焦る日々を過ごしていた。二年に一度の『大会議』、民にとっては氏族同士の交流の機会であり、お見合いのとき。しかし今回も結果ははかばかしくなかった。その『大会議』が終わり、すべての氏族舟がふたたび分離する夜。テラは女ながら艦の操縦士としての腕をもつ別氏族の少女、ダイオードに出会うのだった。

そんな設定がいろいろくっついているけど、百合ップルの成立がもどかしくて可愛くて悶える。
私的感情をもたないに近い男主人公だった『時砂の王』よりはるかに面白い。
ラストの口喧嘩の果ての「ごほうびあげます」が萌えすぎて……あのー……まぁ分かってたんですけど。あと、人間の精神に観応してどんな形にもなる粘土っていう設定が夢ありすぎる。「ふねのかたちを、おもいのままに」。そのままで行けば設定の積み重ねが大きすぎておいてきぼりになるのに、主人公たちは人類の古い慣習に苦しめられているので、共感などもある。

そんなこんなで二巻に続きます。わはー。
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あおうま
江國香織『間宮兄弟』小学館 2004年

けっして器用なタイプではない間宮明信と徹信の兄弟は、父親が亡くなって以来、ふたり暮らしをしている。仲睦まじいふたりの生活は穏やかで日々のささいな幸せに満ちている。そんな二人が求めているのは女性との付き合い。レンタルビデオ屋の大学生や、職場である小学校の美人教諭。平和な日々を抜け出し、恋を求める彼らに、成就はおとずれるのか。

あきらかにホモソーシャルの話なので、恋愛は成就しない。日々のディテールが積み上げられ、その中でけっして扇情的ではない兄弟の姿がありありと浮かび上がる。面白いのは、登場する女性がまったく兄弟を恋愛対象とみなさないことである。彼女たちにとっては結局男というのは恋愛幻想を満足させるにふさわしい性的魅力をもつ生き物でしかないから。だから誰とも結ばれなくてよかったのである。彼女たちの男は表層的で、別に本当に何でもないんだけど。でも兄弟には性的魅力がまったくないししょうがないね、って感じの作者の態度でもある。女性に対するアプローチも弱男が馬鹿にされがちな一方的でキモイ定型だし。
ネットの弱男叩きって、たしかに暴力性まで帯びるから厄介とは思うんだけど、なんかどうなんだろうね? 弱女叩きをおなじ筆致でやったら超炎上する気がする。っていう風に思った。
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あおうま
ディヴィッド・アンブローズ『リックの量子世界』創元SF文庫 2010年

パラレルワールドもの。小規模の出版社を経営するリックは、ある重要な契約の日に妻を交通事故で失う。それを機に、彼は「もう一つの世界」に移転してしまう。狂人として精神病院に収容されてしまうリチャード。彼は元の世界に戻り、妻を救えるのか?

量子理論ものでSF出版社から出ているが、理論的な野心というのはないただのパラレルワールドもの。これは、ジャンル出来立てならオーソドックスなよい話なのだろうが、異世界転生花盛りの今からすると、パラレルワールドやタイムトラベルまでして、やることが妻の浮気の糾弾とか、妻と息子が生きてるだけの世界の構築とか、そんな卑近なものなのかよ……とちょっと思ってしまう。
筆致は読みやすいが、主人公も知的を気取ってかなり感情的だし、量子理論も利用されるだけで、とくに大きな見解が示されるわけではない。そういう人間は狂人として扱われ、精神治療の対象として疎外されるが、双方の分野にまったく歩み寄りはないし、ごく堅実で地に足の着いた展開だけなので、ちょっと面白くはなかった。

「きみたち科学者が決して思いつかないことが、ひとつあるのを知っているかい?」わたしは次第に興奮しはじめていた。自分の声がやけにしつこく、まるで噛みつくようなトーンに跳ね上がったのがわかった。「きみたちは、光速で旅ができるとか、同時にふたつの実体を機能させることができるとか、いつもそういう夢のマシンを想像で作り上げているが、そのくせ、そういうマシンの中でも最高に優れたものの存在は見すごしてばかりいるんだ――それは、すでにわれわれがフル活用しているものなのに!」
 彼はわたしがなにを言おうとしているのか理解できぬまま、興味をそそられた目でこちらを見つめた。
「そのマシンは、人の心さ!」と、わたしは言った。
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あおうま
マイケル・サンデル『これからの正義の話をしよう いまを生き延びるための哲学』ハヤカワ書房 2010年#読書

話題になった「白熱教室」の先生の本。内容は政治哲学。どうも思想に弱く、文学部にいたものの地道な古典研究以外はできなかったという不器用さだったわたしが、リベラリズムについて知りたいと思って手に取った本。有名なものなので概要もいらないかと思うが、一応まとめておく。
取り上げられるのは、ジェレミー・ベンサムの「功利主義」ロバート・ノージックのリバタリアン擁護、イマヌエル・カントの道徳哲学、ジョン・ロールズの正義論、アリストテレスの目的論……この本が優れているのは、ともかく抽象的になりがちなこの手の思想を、有名な「トロッコ問題」(暴走するトロッコの路線を切り替え、五人の作業員を救うためにもう一つの路線にいる一人を犠牲にするのは許されるか?という命題)を皮切りに、アファーマティブ・アクション、富の再分配、徴兵制、代理出産などの現実の議題で論じてくれることだ。
「正義とは何か」「どんな意見が正しいか」は、依拠する思想によって異なってくる。スリリングな例が多く、考えながら読むことができる。とくにカントの道徳論、定言命法は厳しく、それゆえ魅力的だった。
最後は功利主義と自由主義を否定し、公共善をめざした政治の必要性を訴える。明快で、よい本だと思う。

公正な社会は、ただ効用を最大化したり選択の自由を保障したりするだけでは、達成できない。公正な社会を達成するためには、善良な生活の意味をわれわれがともに考え、避けられない不一致を受け入れられる公共の文化をつくりださなくてはいけない。(三三五頁)