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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #流砂を止めることができれば

お題「スポーツ」「野外」
プライド激高こじらせ法学生×百歳超え吸血鬼(若見え)

「まぁったく、この程度でヘバるってどういうことだ!?」
「ふ、普段運動しないから……! 英司くぅーん、休もうよぉ」
 生業についていない疑惑のある滝山到とプライド高め法学生の桐島英司はサイクリングロードの6km地点でギブアップしていた。ちなみに英司のほうは別段バテてはいない。見た目には気を使っているからジムで鍛えているし、運動だって苦手じゃない。あくまで、チームプレイが嫌いなだけだ。そう言い張っているし実際、中学生までは水泳を習っていた。到はせっかく整えた黄色いシティバイク(この時点で、全長12.9kmの川沿いサイクリングコースを行くとして選択を誤っている)を放り出し、砂利道の続くリバーサイドの土手に座り込んだ。
「何やってるっ、あと半分だぞ」
「公園マダー?」
「さっき京葉道路の下通ったところだからあと2.4キロだ。みっともない、降りて進むぞ」
 英司はスマホに保存してある案内図を確認した。ともかく半分ほどは来た。こんな人気のない川沿いの道で立ち往生するわけにはいかない。自分もバイクを止め、到とともに歩くことにした。大の男ふたりがこの程度で……みっともないと思いつつ、なんだかしょげてる年上を不機嫌に率いて行く。
「公園で休もう?」
「いいけど。うわーあと2キロ半も行かなきゃなんないのか~。もう別に、そこから引き返せばよくない? 帰り一応海のほうで記念撮影してさ」
「はぁ? お前って13キロ程度も走りきれないのか? ランならまだしも、バイクで? はっきり言うが虚弱すぎないか? 付き合ってやってんだから最後まで行くぞ」
 お説教しながら橋近くの公園までたどりつき、そこで休んだ。到は長めの髪をかきあげて、ベンチでうつろな目をしている。
「ハラスメントにも耐えた。こっから先は砂利道でさらにヤバい。帰ろ? ねぇ帰ろ?」
 到は年上っぽくないうるうる眼で見つめてくる。英司はちゃきちゃき言い返す。地が江戸っ子なのだ。鳥肌までたった二の腕をウェアの上からぼりぼり掻く。
「だぁぁ、湿っぽい! 私はそんなのに騙されないぞ。帰りだってここで休憩とれば平気だろう。なんでお前に合わせて私が低めの見積もりしなきゃならないわけだよ」
 詰め詰めに詰めると、到は珍しく唇を噛んで立ち上がった。あっマズイ。親密だと思ってやりすぎたか。女とか男とかみたいな嫉妬とかしないやつじゃなかったっけか。英司の内心で危険信号がチカチカする。到は首に巻いたタオルをぎゅっと縛りなおし、英司のあごをくいっと押し上げた。
「折り返しでご褒美ちょうだい」
「ラムネくらいしか持ってない」
「補給ね。補給。英司クンの体液ちょーだい」
 ずざざっと見事に後ずさりして、英司は叱った。
「馬鹿っ! そんなん老廃物に過ぎないだろ。アレはダメだ、人目があったらどーすんだっ!」
「アレはヤバいでしょ。ねーちょっとだけー。何なら今すぐでもオッケー」
 アレとは吸血行動である。何を隠そう滝山到は百年? くらいは生きている吸血鬼だと言う。たしかに彼の平屋には時代ものがたくさんある。鉄瓶とか。古写本とか。古本屋経営っていうのもクラウドで古典籍まで読める今時時代錯誤だし。それにしちゃ見た目が若いが。三十代って言って通用する。ちなみに英司はそんなの全部どうでもいいと思っている。友達が少ないが故に一緒にいられれば何でもいいのだ。
「じゃあこれで我慢する」
 到はそう言ってかるく頬を舐めてきた。濡れた舌の感触が刺すみたいに強い。あぁ、休日昼間、ファミリーまで来てる狭苦しい公園でこんな破廉恥行為だなんて。背徳感に堪え切れなかった英司はしおしおと顔を覆った。
「英司クンかわいー」
 到はもぐもぐ持参したチョコなんか食べている。最初からそっちにしろ。
 残りは5キロ弱。しかも折り返し地点は何にもない放棄された野原状態だという。さらに人がいなくって絶好の野外何とかスポット。すんごく気が重くなった。
 好奇心から火遊びに乗ってしまったのが失敗だったと反省をしつつ、英司は無言でバイクの向きを返した。
「えー、ラストまで行こうよ英司クン。海じゃ人目があるじゃんー?」
 ダメダメダメ。貞操は大事なのだ。軽薄な相方を無視して、英司は仏頂面でペダルをこぎ始めた。(了)
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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢

お題「映画鑑賞」「暗闇」

 敬文と活動映画見に来てる。たまの息抜きにどう? って誘ってきたから、俺も嬉しくなってついてった。ポップコーンやメロンソーダ買って、始まる前からワクワクしてる。

「俺、映画なんて大学生で初めて行ったよ」
「えぇー? 俺はたまにばあちゃんとか、母さんとか……あと友達とかとも! ま、こっちだって映画館県内に少ししかないけど」
「帝都までは行こうと思えば行けるんだけど、それよりは剣やる方が楽しくって。今も見るのは戦争とかアクションばっかり。だから女の子にはウケ悪くってさ」

 そうやっておしゃべりしながらチケット買って入ってくのはSF映画だった。巨大隕石が落ちてきて世界が滅亡する前に……!? っていう世紀末モノ。上映前の注意があって、照明が落ちて、ザワザワしてた館内も静かになる。

 俺はスクリーンの明りに照らされた年上の人の横顔を見る。
 女の子とかともこうやってデートしたりしたのかな。
 そん時、その子はやっぱり暗闇の中敬文のこと盗み見てたのかな。
 それとも、逆?
 話なんかそっちのけで敬文を見つめてると、ふいに目が合った。

「……清矢くん」

 敬文は小さく名前呼んで、座席の手すりの下に手をくぐらせて、素知らぬ風で膝上の俺の手にかぶせた。俺は思わずドキッとして、スクリーンに集中しようとする。大音量でパニックになった人たちの声が流れてる。カットは次々切り替わって、街角、家庭、マスコミに政府。そして特命機関の主人公たちの話に戻る。

 手のひらから優しい体温が伝わってくる。
 いっそぎゅって握ってくれたらいいのに。
 俺たちは傍から見たらただの少年と大人の二人組なのに、肩なんて抱いてきちゃったらどうしよ。

 筋には集中できなかった。クライマックスは主役が政府の人間を倒しながら戦術核発射ボタンを押して隕石を粉砕した。その後は長身モデル演じるヒロインとのラブシーンだ。俺はとくに感動はしなかった。すすり泣いてる人もいる。

 終わった後、少し人波が引けるまで待って、俺たちは座席を立った。食べ残しを捨てて、施設を出ると敬文が手を握ってくる。

「この後どこ行く? まっすぐ帰るなんて俺はいやだな」
「……あのね敬文。俺、やっぱ抱きしめてほしい。喫茶店とか行っちゃう前に」
「わかった。ちょっとこっちにおいで」

 敬文はちょっと陰のあるストイックな顔したまま、非常口に繋がるちょい奥まった廊下に俺を誘い込んで、リクエスト通りにした。

 背中を愛おしげに撫でてく手のひら。こめかみに押し付けられる唇。年齢も思い出も何にも共通点がないから、触れ合いだけに貪欲になる。暗闇の中に置き去りにされた迷子みたいに、俺は年上の男に力一杯すがり付いた。(了)
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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢

お題「夢」「現実」

 漁港。夕陽。釣り客のふり。三拍子そろった旅情の中で、十歳年上の素敵な人が懐かしそうに笑う。
「そういやさ、小さいころの夢って何だった?」
「俺? えっと……ピアニスト」
「そっか。俺は……まぁ漁師じゃなかったな。魔物を倒して一廉の剣士になりたかった」
 伊藤敬文は釣果も気にせず、淡々と道具を片付け始める。ルアーと竿とバケツ。清矢も黙りこくって手伝う。釣った得物はみんな海にリリースした。そもそもこれはカモフラージュだ。清矢と敬文は親戚で四国の海を釣り人として回っている。そういう設定。内乱の世にあっても漁師は魚を獲り、農家は米を作る。漁協に許可をとって一日磯釣り。そうして段々、瀬戸内海へと北上していく。最終的には、陶春県青雲地方へ帰りつく。ふたりは、日本を逃避行していた。つい最近、北陸では武力衝突があったばかりだった。
 渦中にいたのが祈月清矢だ。兄に化けた魔族を討伐したのち、護衛されつつ帝都へと戻り、そこからの帰宅ルートは下総から大阪湾、四国というフェリー乗り継ぎ。十六歳の少年と二十六歳の男は、嘘をついて海沿いを旅した。
 清矢はバケツを下げて海を見る。テトラポットで埋まった磯を。きらめく波頭は潮騒を響かせ、自分たちは安宿に戻っていく。ここでは俺はナツ。伊藤ナツキ。戦争なんて行ったこともない。新聞記事はみんな他人事。魔法だって使えないし、敬文の姉さんの生んだ甥っ子なんだ。
「ナツ、行くよ」
 開襟の半そでに学生ズボンの伊藤ナツキは敬文についていく。潮からい匂いにも慣れつつあった。適当なラーメン屋で腹ごしらえして次のルートを計画するんだろう。テレビでやってる事件はホントはみんな清矢の家の出来事だった。行方不明になった兄。軍事施設の問題点。俺の身代わりに、護衛されながら電車で直接西国に移動して、案の定襲われた俺のトモダチ。俺の大好きな親友、詠(ヨミ)。
 釣り竿をもった183センチの男は清矢の肩を隠すように抱く。清矢はいつもは言わない弱音を吐く。
「ねえ、全部夢だったらいいのに。俺の叔父さんがホントに敬文だったらよかったのに」
「じゃあそうやって信じ込んで。君は俺の大事な甥。絶対無事に陶春に嫁いだお姉ちゃんのところまで送り届けるんだ」
「わかった」
 清矢は敬文のがっちりした大人の身体に寄り添う。不安と、罪悪感と、あとはスリルとほのかな憧れとが、心臓の鼓動を速める。これってホントに恋にも似てる。ああ、こんなに弱くっちゃ、幼馴染も守れない。すべて投げ出した安堵感につかのま身を浸しながら、清矢と敬文は日本のどこかを歩く。(了)
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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢

お題:「夏の終わり」「言えなかったこと」

 伊藤敬文は祈月家二階の客間、自室として借り受けているそこで、主君の息子を抱擁していた。二十八歳と十八歳、十歳差。まだ高校生で、遠き魔術師の理想郷、アルカディア魔法大受験のための準備が忙しい。伊藤敬文も去年三月に国軍に士官として復帰し、夏の間だけそこに来ていた。
 古い型の冷えすぎる冷房を嫌って、宵闇へと窓が開け放たれている。ぬるい空気、汗ばんでべとつく肌。それなのに抱き合ってキスしている。かすめるだけじゃ足りずに舌まで出している。
「ごめん、敬文……! 俺、もう無理、耐えらんない、敬文に抱かれちゃいたい」
「そだね、うん……好きだよ、君が好きだ、俺だって心臓ごと捧げたい」
 少年と大人の恋だった。伊藤敬文は士官学校卒業後退魔科任官拒否で古都大修士号、そののち国軍普通科志願、少年の父、祈月源蔵の派閥にあった。一時軍閥落ちがあったが復帰である。
 抱きしめながらキスしながら体の輪郭をデッサンするみたいに手のひらでさすりながら敬文は思う。だって耐えられるわけがない。俺が見つけて俺が戦に連れてってその後も力ずくで誘拐されちゃいそうで初めて怖いって怯えてみせて俺に全力で甘えた子が求めてきてるんだから。
 逃避行ののち、少年の故郷までたどり着いてその後そばにいた。求められるがままに父親の与えていない庇護と溺愛で包み込んできた。
 その罪深さを思うとときどき怖くなる。夜の海みたいな底知れない深み。
「身体、苦しい? でも……ひとりで何とかできるね?」
 少女と違って少年だからな、とズルい大人は思う。自分を支配する性欲から逃れられないから、手籠めにするのは本当に簡単である。手伝ってあげると申し出ればいい。俺も君と繋がりたいって言えばいい。男同士の恋愛にプラトニックなんてありえない。
 ……清矢さま、なんて悪い子だろう。他は完璧すぎる優等生なのに俺みたいな男に抱かれちゃうなんてとんだスキャンダル。同い年の親友は毛を逆立てて怒るだろうな。
 腕の中の清矢は絶望の瞳で見上げてきて、敬文の胴を抱きしめてけだものっぽく頬ずりする。すうっと深呼吸して男の汗の香りまで味わって、こくんと小さくうなずく。
 伊藤敬文は頬に曲げた指をあてがいながら命じる。
「……うん、いい子だ。卒業したら、ひとりで俺の部屋に来て」
「敬文、そしたら俺の恋人になってくれる?」
 敬文はうなずき、か細いからだを掻き抱いてキスをした。ひどく危うい夏の、それが終わりだった。(了)
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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢
お題「かき氷」「食べ比べ」

 「今夜は納涼のごちそうだ」と言って清矢様の母君が台所の棚から取り出したのが手回しのかき氷機。氷を砕くだけあって刃は厚い。清矢様の祖母が「いちいちシロップ買ってくるのも手間だから」と果実酢や梅酒を用意している。俺の主君である源蔵様の愛息である清矢様は「えーっ、氷は買って来んだから同じだよ。俺レモンがいい!」とワガママ全開である。
 俺、伊藤敬文は彼らの一時的な護衛。陶春県の政治情勢を軍閥に伝えるために祈月家に寄宿している。暇をもてあましてもしょうがないから、隙を見て清矢様への軍学や剣の師匠をやっている。そのあと始まったのはかき氷のシロップ談義。
「清矢は本当にレモンでいいのかい?」
「ならレモン汁かければいいじゃない。あたしは練乳をミルクで溶いてかけようかな?」
「あたしはざくろ酢でいいよ。清矢も紫蘇ジュースでいいじゃないか」
「梅酒もいいね。うちで作ったお手製だし。敬文さんは?」
 俺はそう言われて腕組みして微笑む。
「……俺も梅酒がいいです」
「大人はそんなにお酒がいいの? 俺、別にイチゴでも構わないけど」
 きょとんと聞き返す清矢様。年齢差を感じさせる素朴な疑問だ。ほんとに可愛くて、ただ抱きしめたくなる。ストレートの強い髪質をひたすら梳いてやりたい。清矢様の母君はくつろいだ調子で注意する。
「清矢はお酒はダメ。でも雪みたいな一碗に日本酒注ぐってのもいいわね~。張本さんとこに頼もうかしら?」
「張本酒造の日本酒は薄めたくないなぁ」
 清酒の上品を味わえるとあっては思わず頬がゆるむ。結局今夜はテストということでしそジュースやざくろ酢や梅酒を合わせることになった。みょうがを合わせた薬味そうめんとサラダ添えの生姜焼きで腹を満たした後はお楽しみタイム。清矢様と一緒に氷を削る。店のようにふんわりとは削れやしないが、清矢様が澄ました顔でガラスの椀をかかげて目を輝かせる姿がただひたすら愛しい。
 ……なんでこんなに可愛いのかな。上司の息子なのに。
 切ない理由だけはよくわかる。恋心なんて正気じゃないし、性的なことは無理強いになるし、同い年の少年とコロコロ遊んでるときが素だからだ。かき氷はざくろ酢はたしかに美味。梅酒には林檎ジャムをつけて、しそジュースは正直薄まってるだけ。
 いつか梅酒で酔っちゃった君を抱きしめてキスできたらな。ふしだらなときめきを隠しながら、俺は清矢様の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。(了)
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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢

お題「お盆休み」「帰りたくない」伊藤敬文(25歳)×祈月清矢(16歳)

 伊藤敬文は陶春県の祈月本宅のベランダに腰かけていた。隣では、清矢がハープで家に伝わる風の契約曲「風の歌」を弾いている。豚の焼き物に蚊取り線香が焚かれ、音楽が止んだ。本日の指のレッスンは終了だ。座る少年との年齢差はちょうど九歳、二十五歳と十六歳の主従だった。どちらが主でどちらが従なのか。戦争に連れ出した男と連れ出された少年。剣の師匠で軍学の先生。影のある魔法剣士になった敬文と、冷静だが魔力抜群の清矢の組み合わせは、双方実直な性格ながらも、ある種の破戒であった。
 終止とともに魔術で呼ばれた風が消える。敬文は胸が苦しくなった。居間から漏れる団らんの光、蚊取り線香の除虫菊の香り、扇風機の風と汗ばむ温度、お盆の精霊燈、すべてが懐かしいのに自分の田舎と決定的に違う。ここには海鳴りがない。
「お疲れ様。軽く剣撃してから寝ようか?」
 澄んでいるのに少しかすれた声。抱き寄せたいのにキスしたいのに清矢の家族の前でそんなことはできなかった。家宝の剣の一振り、翠流剣を取って庭先に誘う。
 清矢も片刃剣で向き直る。夜、家屋の光のみを頼りに二人の影絵が浮かぶ。鎧もつけないで真剣を合わせる。剣筋のみ見る。剣気で斬らないように、絶対肌を裂かないように、危険なひりつく基礎練。
 十五分で切り上げる。それで息は上がる。こうして敵と戦う際の集中力だけを高める。ご褒美で抱きすくめてやりたい敬文だが、汗ばんだところで切り上げて、水だけ飲んで二階に引き上げる。客間になっている部屋で濡れタオルで全身を拭いていると清矢が現れた。
「ケイブン、お盆休み終わったら帰っちゃう?」
 少年は敬文を有識読みの愛称で呼んだ。
「――そうしてもいいけれど。こっちの地方の人間関係や政治を把握しなきゃ、今後動けない。だからもう少し、君を見ていたい」
 敬文は軍閥からつけられた清矢や陶春地方の見張り兼参謀兼護衛であった。家庭教師の名目である。愛情深い黒目で見つめ、抱き寄せる。清矢は糸を話されたからくり人形のようにその腕に落ちた。幼馴染が好きなはずなのに、彼とのつたない恋で充分なはずなのに、敬文の汗の匂いにどうしても抗えなかった。夏の始まりの苦くて爽やかな匂い。グレープフルーツに少し似た。清矢は自分に芽生えはじめた庇護欲に怯える。
「キ、キスはしない。だって俺……好きな人いる」
「大丈夫、清矢さま……恋とかどうとか関係ない。俺が君を守るから」
 厚い手のひらが髪をかきあげてしゃにむに抱きすくめる。窓だけ開け放った夏の夜、二匹のけだものが情をこらえて寄り添い合う。(了)
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あおうま
お題「犬系」「人懐っこい」

 月曜日は一日会えなかった。たまたま時間割がフル単だったのだ。アルカディア魔法大学も四年生、学部も終わりで、そろそろ卒論が視野に入っていた。俺は「光属性の対闇魔法防御魔方陣」の研究をしてた。弱点属性の克服ってわけで半分、実利。
 図書館に行って、夜が更けるまで作業を進めた。先行研究の目録を作り、片っ端から読んでいく。要約を研究ノートにためこんで、重要な論旨やデータを書き写す。一日一冊なんて楽観的にすぎる目算で、外国人の俺たちにとっては、はっきり言って徹夜でやっても時間が足りるかどうかわからない作業。だけど、何としても締め切り三か月前には終わらさないと、論文執筆が後ろ倒しになる。
 その日も閉館時間まで居座って、寮へと帰った。比翼コートの前を締め、マフラーにうずもれて行く。
 風属性塔の入口には、恋人の詠(よみ)がいた。
「なぁ、清矢くん! ちょっとだけ飲みにいこーぜ」
「門限あるだろ、まぁ、明日は俺午前中空きだけど……飲み屋で徹夜はごめんだぜ」
「ん……でもさあ。今日は会えなかったじゃん。俺、さみしーよ」
 ずずっと鼻をすすりあげながら、寒い中待ってた詠のことを考えると、否やは言えなかった。ちょっと歩くだけな、と言って、学内のプロムナードを隣り合って行く。街灯の青白い燐光が、石畳の道路を冷たく照らす。
 詠ははっはっと白い息を吐きながら、尾っぽをおおらかに振った。腕を組んできて、嬉しそうに俺を見つめている。つんつんと立った短髪にくっきりした眉毛。すっと切れ長で大きなまぁるい瞳で、口は大きくて豪快。
 突っ走ってって用を済ませて、終わったら褒美のために駆け戻ってくる。桜の季節にゃ、花びらくっつけてるなんて日常茶飯事だし、汗くさかったりホコリっぽかったり、剣技の修練で飛び跳ねてる姿は尾っぽの先まで活力に満ちてる。内面も見てのとおり、熱血で純真なんだ。
「詠って、ワンコだよなー」
 俺のしみじみした一言に、詠がぴくっとけもみみを揺らす。
「な、なんだよ清矢くん。清矢くんだって狼亜種じゃねぇか」
「それに人懐っこいし」
「清矢守るためにはそれじゃいけねぇと思って、気を付けてるよ」
「じゃあさぁ。尻尾振るの我慢できる? 軍に入ったら俺と話すときに尻尾振ってたらすげえカッコわりーぜ」
「えええ、振っちゃダメぇ? 俺無理だよ。清矢、いじわる言うなよ」
 詠はそう言ってけもみみを寝せ、眉根を下げたおねだり顔できゅーんと肩を縮こませた。
 いやぁ、素直であざとカワイイ。
 俺はちょい悪戯心を出して、コートの内ポケットにしまってある木製のハーモニカを取り出した。
「げっ、何する気だよ、清矢くん……!」
 魔具であるそれを見て、詠がちょっとのけぞる。
「実は、ワンコな詠に会いたくってさ。ちょっとだけ、狼になっちゃってみない……?」
 俺はそう言って有無を言わせず風塔に引き返した。詠はポケットに手ぇいれながらうつむいてついてくる。なんかちょっと恥ずかしそうでカワイイ。
 塔の地階、事務室に入って、卒論のデータ取りのために部屋を借りてもいいかって尋ねる。詠が闇属性の魔法を使って、俺が反属性の光で防ぐ実験をやりたいって。そしたら就寝時間三十分前までの許可がでた。実習室の鍵をもらっていそいそと行く。魔術対策のコードが壁じゅうに刻まれた石造りの部屋を開ける。古い監獄のように壁から切り出された長椅子に座って、ハーモニカを吹く。家につたわるとっておきの秘曲、狼族変化コードだ。
「っ、グルルッ……!」
 服を脱いだ詠がそう喉で唸る。髪が消え、ぶわさっと白い毛皮が生えてきて、マズルが伸び、歯が尖る。けもみみ、けもしっぽだけの姿から、完全な獣人になって、そしてだんだん小さくなり、ホッキョクオオカミの体躯になる。その後はすかさず、馴化の曲。詠は尾をぶんぶんと水平に振りながら、座る俺の膝まで四つ足で歩いてくる。
そして、頭をすりすり。両手を膝にのっけて立ち上がっちゃって、ぴょんぴょん跳ね上がりながらぺろぺろと頬を舐めてくる。
「ん、カワイーぞ、詠……♥ 俺の恋人だもんな、俺も詠大好きっ」
 顎をわしわしと掻いてやる。なめらかな毛並みの背中を撫でてやる。詠は興奮してきて、俺の膝に乗り上げ、顔を正面から舐めてきちまう。犬くさくて、もう笑える。
「んっ、ん、詠、ダメだろそんな舐めちまったら、ハウスだってばっ、ハウス! あははは、もー、普段欲求不満なのか? こんなに乗っかってきちまって」
 緊張感の高い日々の中のちょっとしたお楽しみ。締まった胴をぎゅっと抱くと、嬉しそうな詠は肉球でずいずいと俺の胸板を押してきた。くぅん、くぅんって鼻声で何かを訴えてる。ちょっと腿に何か当たるなって思って、目線を下げたら後ろ脚の間に、ちょっとぎょっとする光景があった。
 俺はいそいでハーモニカで元に戻るコードを吹いた。人間姿の、カッコいい気さくな兄ちゃんに戻った詠が、濡れた目で俺を見下ろす。素っ裸で膝に乗り上げたまんま、切ない顔でキスしてくる。
「清矢くんっ、馴化曲、いらねぇよ。俺、好きすぎて頭も身体もどうにかなりそうだ……!」
 こうなっちまうと詠は強引だ。寒い部屋の中で、俺のグレーのセーターに手のひらを入れ始める。
 飼い主の責任は、甘受する。俺は白旗を上げて顎をのけぞらせ、自分の愛しい番犬に、肌をゆっくりと預け始めた。(了)

#詠×清矢 #[創作BL版深夜の60分一本勝負] #ComingOutofMagicianYozora
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あおうま
清矢くんたちの話の本編をようやく更新しました。
夏が終わっちゃった気配がした~

盛夏の夜の魂祭り(第四話)草迷宮の開く宵(1)

今回出て来る零時はムッシュ・ド・パリの零時(カイ)と同一人物です
スターシステムというわけではないけど、今後あっちは書かなさそうなので…
詠と清矢もそろそろ恋人になれそうです。良かったー
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あおうま
お題「海」「日焼け」

 海行って遊んで、オーシャンビューのバルで乾杯して、バジル添えた真鯛のムニエル食べて観光客向けのホテルに泊まった。八月の第二日曜日使ってのちょっとしたバカンス。翌日にはまた生真面目な大学生に戻んなきゃいけなかったけど、ようやく海外留学を堪能できた気がする。三日後、空きコマが多かった俺は風塔に向かって、清矢くん誘おうとした。清矢くんはいつも通り風の魔石が鎮座する翡翠色基調の涼しげなサロンで勉強してた。
 ここは風が通ってくから、夏は気分が良い。無言で隣に座って長い机に突っ伏す。清矢くんも無言で俺のけもみみをくしゃくしゃと撫でた。尻尾をパタリと振る。すり寄りたい気分を抱えたまま、しばらく撫でられるに任せた。
 外で蓄えてきた熱気が覚めると、清矢くんはパタンと魔道書を閉じて、寮部屋に来るよう促した。俺はついてく。
 ベッドに腰かけて、シャワーブースに入った清矢くんを待つ。半裸で出てきた姿を見て、俺はドキッとした。
 浜辺ではキザっぽくラッシュガードなんて着込んでた清矢くん。でも遊ぶときはサーフパンツ一丁だったからか、肌が日焼けしてちょっとワイルドめになってる。上半身裸で濡れ髪のまま、スキンローションの瓶を渡してきた。
 ハーブの香りのするローションを手のひらにとって、塗り込んでやる。男らしい広くて骨ばった背中は熱をもってた。
「……ちょい染みるな。詠は日焼けあとも大丈夫っぽい?」
「ヒリヒリはするかも」
「じゃあコレ使ってもいいぜ。保湿した方が肌ダメージ落ち着くらしい」
「俺よか先に、清矢くんだろ。顔も塗ってやるよ」
 俺は液をパシャっと手にとって、清矢くんの頬にヒタヒタ当てた。清矢くんはおとなしく目をつぶってる。形の良いまぶたも、すっと通った鼻も、ぽってりした可愛い唇も、全部に手のひらで触れることができてドキドキする。
 軽くマッサージまでして両手を離すと、褐色に染まった肌をつやつやさせて清矢くんはどさりとベッドに身体を投げ出した。
「ん……気持ちよかった。あんがと、詠」
「あっあの、俺もシャワー浴びてきていい?」
「いいけど、早くしねえと充希帰ってきちまうかもしれないぜ? 詠ちゃん……」
 色気たっぷりの流し目に恥ずかしくなりながら、俺もシャワーブースに急ぐ。焼けてひりつく肌を冷たい水が洗ってく。壁に手をついて、火照り、冷めるまで待つ。この後の展開にすっげえ期待が高まってく。
 焦りながらの睦みあいは、真夏の残り香に満ちてた。名残惜しいはかなさまで感じながらことが終わると、清矢くんは寮部屋を出ていって、共同キッチンからライムジュースを持ってきてくれる。
 窓を開けて、風を入れて涼みながら、柔らかい夏の夕べを楽しんだ。
「清矢、また海行こうな」
「来年もな。約束だぜ?」
 炭酸で割ったジュース飲みながら、小指と小指をからめあう。来年はもう俺たちはここを卒業してるから、舞台はきっと日ノ本の海だ。スイカに麦茶、花火に浴衣なんていう定番を、めいっぱい楽しみたい。返事がわりに、俺は恋人の額に上からキスした。(了)

#ComingOutofMagicianYozora #[創作BL版深夜の60分一本勝負] #詠×清矢
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あおうま
お題「衝動」「ゼロ距離」

 俺は甘えん坊だって、清矢くんからよく言われる。自分でも恥ずかしいけどその自覚はある。極東の日本から遥か遠く、アルカディア魔法大の図書館。丸い監視機が音もなく飛び回り、天井までの飾り棚の中に書物が隙間なく並べられて、まるでそれ自体がひとつのダンジョンみたいだ。『アーカイビング基礎』の授業で、難しい課題を出された俺たちはグループ自習スペースを借りて、浮遊する半透明の円形部屋で勉強していた。
 竜語の授業受けてることもあって、俺はその観点からのレポートを書こうと四苦八苦してた。清矢くんはテキストから芋づる式に参考文献を積み上げて、ザッピングで読んでいってる。論旨を追うのも疲れた俺が清矢くんを眺めてると、彼はきつめのうつくしー瞳をふっと和らげて、猫撫で声で呼びかけてきた。
「どうしたんだ、詠。ちょい疲れたか? 休憩しよっか」
「えと、『充電』する……?」
 俺は後ろ頭をかきかき言った。『充電』は高等学校のころからのふたりの習慣で、ハグしてリフレッシュするってことの隠語だ。清矢くんは上機嫌でニコニコしながら椅子ごとすり寄ってきた。
「オッケ。詠、たっぷり『充電』してやるよ」
 そうして、立ち上がって俺の頭を胸にぎゅっと抱き寄せてくる。ポロシャツの胸に抱かれて、俺はすーはー深呼吸しちまった。ふわっとした筋肉の感触。手のひらでじっくりたぐると感じられる肋骨のカーブ。それにしなやかな背筋と、ちょっとへこんだ背骨のライン。ほのかな体温まで甘やかで、俺はぐりぐりと胸にこめかみを押し付けた。
「ん、ん、清矢くんっ……! まだ、俺、足りねっ……!」
 そう駄々こねて、襟元のボタン開けて、現れた鎖骨の尖りに吸い付く。なめらかなうっすい肌とこりこりした骨を、夢中で噛んだりしゃぶったり。なんで味もないのにおいしいと思うのかな? さわさわと筋肉の流れを知るように背を撫でまわす手だって、せわしなくて性的。
 ぜったいほかのカップルだってこの球体ガラス部屋の中ではこういう行為に耽ってるよ。
 俺は清矢くんの尻を押して、腿の上に座らせた。まじで破廉恥な体勢。清矢くんは俺の肩に捕まって、挑発的に微笑む。
「あれ? ここでもっと進んじまうの?」
「……俺ほんとは、今すぐ抱き合いてぇ」
「うん、じゃあリミットはそこまでな」
 釘を刺された俺は、衝動のままに顎をのけぞらせてフェイスラインに何度もキスした。清矢くんは、キスしやすいように少し屈んでくれる。そのおかげでふわふわした唇にやっとありつけた。ドキドキ高鳴る胸に急かされながら、ぎゅっぎゅって顔を押し付けて、頬擦りして。後頭部を押さえて、さらさら指を抜けてく髪の毛をうっとりとすくう。
「清矢くん、俺もう無理だよ……『充電』じゃあ済まねえ」
「うん、じゃあ、場所変えるか? 風塔戻ろ」
 甘えん坊の俺は、手まで引かれて図書館を出てった。ルームメイトが出払ってる寮部屋に急いで籠って、今度こそベッドに押し倒し、ゼロ距離で抱きつく。
 かすかに甘い、ひんやりした清矢くんの香り。肩や腹を張り付かせて、脚は絡めて甲を指でくすぐって。存在を全身で噛み締められるこの距離。産毛までさらさらと感じられる。首に頬に鼻にまぶたにキスしまくって、全身で甘えかかる幸せに溺れそうだ。
 レポートを提出できるのはまだ先になりそうだった。
#詠×清矢 #[創作BL版深夜の60分一本勝負] #ComingOutofMagicianYozora