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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢

お題「夢」「現実」

 漁港。夕陽。釣り客のふり。三拍子そろった旅情の中で、十歳年上の素敵な人が懐かしそうに笑う。
「そういやさ、小さいころの夢って何だった?」
「俺? えっと……ピアニスト」
「そっか。俺は……まぁ漁師じゃなかったな。魔物を倒して一廉の剣士になりたかった」
 伊藤敬文は釣果も気にせず、淡々と道具を片付け始める。ルアーと竿とバケツ。清矢も黙りこくって手伝う。釣った得物はみんな海にリリースした。そもそもこれはカモフラージュだ。清矢と敬文は親戚で四国の海を釣り人として回っている。そういう設定。内乱の世にあっても漁師は魚を獲り、農家は米を作る。漁協に許可をとって一日磯釣り。そうして段々、瀬戸内海へと北上していく。最終的には、陶春県青雲地方へ帰りつく。ふたりは、日本を逃避行していた。つい最近、北陸では武力衝突があったばかりだった。
 渦中にいたのが祈月清矢だ。兄に化けた魔族を討伐したのち、護衛されつつ帝都へと戻り、そこからの帰宅ルートは下総から大阪湾、四国というフェリー乗り継ぎ。十六歳の少年と二十六歳の男は、嘘をついて海沿いを旅した。
 清矢はバケツを下げて海を見る。テトラポットで埋まった磯を。きらめく波頭は潮騒を響かせ、自分たちは安宿に戻っていく。ここでは俺はナツ。伊藤ナツキ。戦争なんて行ったこともない。新聞記事はみんな他人事。魔法だって使えないし、敬文の姉さんの生んだ甥っ子なんだ。
「ナツ、行くよ」
 開襟の半そでに学生ズボンの伊藤ナツキは敬文についていく。潮からい匂いにも慣れつつあった。適当なラーメン屋で腹ごしらえして次のルートを計画するんだろう。テレビでやってる事件はホントはみんな清矢の家の出来事だった。行方不明になった兄。軍事施設の問題点。俺の身代わりに、護衛されながら電車で直接西国に移動して、案の定襲われた俺のトモダチ。俺の大好きな親友、詠(ヨミ)。
 釣り竿をもった183センチの男は清矢の肩を隠すように抱く。清矢はいつもは言わない弱音を吐く。
「ねえ、全部夢だったらいいのに。俺の叔父さんがホントに敬文だったらよかったのに」
「じゃあそうやって信じ込んで。君は俺の大事な甥。絶対無事に陶春に嫁いだお姉ちゃんのところまで送り届けるんだ」
「わかった」
 清矢は敬文のがっちりした大人の身体に寄り添う。不安と、罪悪感と、あとはスリルとほのかな憧れとが、心臓の鼓動を速める。これってホントに恋にも似てる。ああ、こんなに弱くっちゃ、幼馴染も守れない。すべて投げ出した安堵感につかのま身を浸しながら、清矢と敬文は日本のどこかを歩く。(了)