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あおうま
#ComingOutofMagicianYozora #小説

オリジナル小説の掌編をかきおわりました。パイロット版なかんじです。
マリーベル(金髪クリスチャン)×夜空(黒髪マジシャン)です。
誘い受けです。後半から18禁です。BLです。14000字強。
本編もこの調子で書ければとおもいます



ルーチェ、冬の蝋燭

 クリスマスが終わるとアルカディア魔法大学も進級テストを控えて学生はさらに浮つく。レトリーバー種のウィリアム・エヴァ・マリーベルは正午の祈りを終え、自室のある闇属性塔に戻った。温暖な半島から切り離された孤島でも、冬はそれなりに冷える。ローブの上にグレーのチェスターコートを羽織り、足早に道を急ぐ。闇属性塔の四階サロンまで螺旋階段を上がると、食堂を模したテーブルに学生がそれぞれ席に着き、暖炉の温もりを借りながら、白墨やペンを一心不乱に走らせていた。
 努力家の祈月夜空ももちろんその手合いだった。室内だというのにアーガイルチェックのマフラーを巻いている。前のめりに医学書を読んでは写し、要約を作っている。同じ分野に興味でもあるのか、はたまた構ってもらいたいだけか、下級生のカッサンドラが手元を覗き込み、時折質問を投げ掛けている。夜空はそれに親切に答え、隣で魔導書と哲学書を引き比べているクラウス殿下とも歓談していた。卒業論文の準備怠りなし。学生の鏡たる光景だ。ウィリアムはそんな様子を一瞥したが、垂れた犬耳をほんのわずか持ち上げただけで、混ざらずに自室に戻った。
 コートを脱いでクローゼットに吊るし、ブラシをかけて毛足を整える。すると、辞書のような医学書と木製のカフェオレボウルを抱えて、同室の夜空が帰ってきた。帰りしなに一階のキッチンまで降りたのか、渋いコーヒーの香りが漂う。デスクに本とボウルを置き、隣に並んで、少しはにかむ。
「ウィル。お茶入れてきたから飲まない? 外は寒かったろ」
 二重の瞳がぱちぱちと瞬く。ロングの黒髪は所々跳ねつつもさらさらと豊かだ。でも麗しいエイジャンという形容はちょっと厳しい。美形ではあったが、人種的な特徴なのか、十代にすら見えてしまう童顔だからだ。流し目でもすればまあ視線は冷たく色っぽくなるのだが、瞳はいつもきららかで、活気に満ちている。ウィリアムは首を振って申し出を断った。
「構わなくていいぞ。寒いのには馴れてる」
 微笑んで言う。帰ってきてくれただけで充分だった。夜空はジト目になってウィリアムのブラシを奪い取る。
「ウィルのために淹れたの。冷める前に飲まなかったら怒るからね」
 つっけんどんに言ってざかざかとコートにブラシを走らせる。ウィリアムは呆れて雑な手つきを止めた。
「あー、判ったから。適当にやるな、ウールが痛む」
 そしてようやく湯気が立つカフェオレボウルを手にとって、器の熱で指を温めてから、ゆっくりと口をつけた。
「あれ? 砂糖まで入ってるな。私は子供じゃないぞ、夜空って甘党だったか?」
 酸味と渋味の飲み物であるコーヒーは、たっぷりの砂糖とシナモンとミルクでまろやかな飲み物に変貌していた。夜空はマフラーに首まで埋めてベッドに座る。
「だって滋養つけてもらいたいじゃない。ただのブラックより手間ヒマ愛情籠ってますよ……イヤなら俺が飲みますけど」
「いいや。ありがとう。家を思い出す」
 夜空は三角の狼耳をひくつかせて、ごろんとベッドに寝転んだ。ブーツはいつの間にか器用に脱いでいる。ウィリアムもデスクチェアに座り、カフェオレを飲み干すと、ベッドサイドに腰をかけて、胎児の姿勢に丸まった夜空の髪をかきあげた。そして、白い狼の獣耳をかいてやる。
「どうして、勉強を切り上げたんだ。サロンのほうが暖かいだろうに」
 もちろん、わざと、意地悪で聞いた。仕草は既に恋人のそれだ。長く伸びた艶やかな黒髪を手櫛で愛でる。これは二人の間の符丁だ、とウィリアムは思っている。額髪を櫛削られながら、夜空は目を潤ませてウィリアムの期待通りの一言を言った。
「ウィルが帰ってきたからだ。二人っきりになりたくて」
「ん……夜空こそ寒いんじゃないのか? 今夜も雪だぞ、きっと」
 ウィリアムははぐらかして、相手の出方を待った。夜空は上体を起こして、白い狼耳を水平に寝かせている。合意が欲しくてつぶやいた。
「黒髪の乱れも知らず、打ち伏せば……まずかきやりし人の恋しき。夜空、返歌してくれ」
「やだ。あの歌は昼間にはエロチックすぎるから。……でも、俺もウィルにくっつきたいんだ」
 予防線を張ってから、夜空がぎゅうっと抱きついてくる。冷たい頬が無防備に横顔に当てられて、ぐりぐりと子供っぽく甘えて頬擦りした。「キスしていい?」と別人みたいにささやいて、返事も待たずに口付ける。ウィリアムも、やり返すつもりで唇をまっすぐに奪い返した。舌を少しだけ出して味見すると、夜空も答えてきた。喉から吐息だけが漏れて、否応なしに熱情が高まる。
 ウィリアムが引いた和歌は、無論夜空が教えたものだ。古代の女流詩人、和泉式部の作で、天山がまだ島で、大和という国だった頃の恋歌だ。月に関する詩がテーマのゼミナールで、夜空はかつて丸暗記した和歌集から次々と風雅を愛でられる数多の月を紹介して見せたが、入学前から彼に一目置いていたウィリアムはジャポニズムにも興味をもち、たまたま聞いてしまった。
「じゃあ、恋の和歌もあるのか? 夜空が一番ロマンチックだと思う作品は?」
 そこで少し顔を赤らめながら挙げたのが件の一首である。「ベッドシーンそのものじゃないか!」と、純朴を気取っていたウィリアムは、自分で聞いておきながら怒った。夜空は悪乗りして、より過激な同趣の和歌を教えた。藤原定家の作品で、「かきやりしその黒髪のすぢごとにうち伏すほどは面影ぞ立つ」という、いわば本歌取りである。直接的な契りの情景まで詠みこんだ歌にウィリアムは真っ赤になり、夜空とその日はもう口を聞かなかった。
 その頃のふたりはまだ友人と言ってよかったが、ウィリアムはその晩、彼との悪徳を熱病のように妄想してしまった。黒髪のオリエンタル、月に輝く青白い肌。細身の男の身体を組み敷いて、むせかえるような橘の香りの中できしむほど抱く。これまではずっと、熱情家で、努力家で、魔力が高くて、逆境に立ち向かう危なっかしくて純な男だと思って特別に想いをかけてきたのに、性的な部分を匂わせられたらとめどなく欲望があふれた。過去にも兆候はあったが、ホモセクシュアルを自覚するのはひたすら苦しかった。
 それから四か月たって、ウィリアムは夜空と関係を持った。「ウィルにそんな悩みを抱え込んでほしくないよ」。「俺を全部あげるから、まだ友達でいて」。
 失楽園でイヴが受けた誘惑はここまで周到なものだったのだろうか?
 ステディとして肌まで重ねて二年以上が過ぎた。夜空との恋は常に自身の醜さとの闘いだ。好きな相手を犯したいと思う。それなのに自分は犯されたくない。魔力選抜で競り負けているだとか、入試からずっと腐れ縁だとか、西洋人としてのプライドだとか、男の情人をもつことの罪だとか、微妙なライバル意識までがないまぜになって、ウィリアムは夜空という恋人に夢中になっている。寮の自室は愛の巣だ。どちらも若くて健康だし、性欲は売る程ある。売ったりすれば損なわれるから、互いに分け合う。愛し合う。
 ひとしきりディープなキスをして、独占欲と恋情を発散する。熱い息を吸い合い、唾液の潤んだ味を感じて、唇の柔らかさを食んでいると、体内の温度が焼けるようだ。外気が冷えている分、夜空の存在をありありと感じられた。
「ふふ……ウィルの口が甘い」
「そのためにカフェオレを砂糖入りにしたんだろう。全く……冷えてるのはお前のほうじゃないか」
 軽口をたたきながら、悪戯っぽく振る舞う夜空の体に視線を走らせる。クリスマスにプレゼントしてやったマフラーさえほどいてしまえば、あとはオリーブグリーンの軍用作業服だけだ。飾り気どころか、実用一辺倒で、とても色気が感じられない。黒のカソックなど着ている自分の言えた義理ではないが。
「あっためてって言ったら、抱きしめててくれる?」
「……夜空は甘え上手だな。私は年下だぞ、分かってるのか?」
 たしなめながらも抱いてしまう。そのままベッドに倒れこむ。作業服のボトムを締め付けるベルトのバックルを外そうとすると、夜空はウィリアムの耳元にささやいた。
「ダメ。ね、『カナリア』」
「セックスまでは嫌か」
 セイフワード。「羞じらい」とか言う謎の美学で、夜空はたとえ快感でも「嫌だ」とか「ダメ」とか喘ぐのでわかりづらく、ふたりで決めた。
 初対面のときのウィリアムには、かつて修道院で「神に愛された」とまで言わしめた面影が色濃く残っていた。透き通るほどの金髪で、膚はアラバスタのように白く、つり目の瞳はアクアマリンの翠緑。夜空は「カナリアのように儚げな美少年だ」と思ったらしい。
 ウィリアムにとっては名誉な美称ではない。細身なのは貧弱だからだし、フェミニンな趣味はない。そう言われるたびに、印象批評だと逐一否定してきた。それでも夜空はこだわり続け、とうとうセイフワードにまでなってしまった。陶酔も一時中断するから、有効には作用している。
 イヤなのは分かったが、こんなに誘われて、お預けされたのでは気持ちの収まりがつかない。抱き寄せて、すうっと匂いを嗅ぐと、シナモンシュガーの残り香がした。ちゃっかり味見でもしたか、それともこの展開を見越して自身に香り付けでもしたか。
「どこの世界に、ミルクとシナモンの香りがする軍人がいるんだよ」
「俺は軍人じゃないし、お酒は嫌いだよ。これはロンシャンで支給してもらったから着てるだけ」
 口の減らない恋人の口を口でふさいだ。本来、この服に似合うのは煙草と埃、ブランデーか安酒のジン。そして垢じみた油の匂いだろう。とはいえ、齢二十を越えてもピュアさを残す夜空にそんなくたびれた風情は似合わないし、ウィリアムも落ち着くのはまだこちらのフレイバーのほうだ。
「……ねえ、カナリア」
 芝居がかった呼びかけに、ウィリアムは思考を中断させた。
「あのね、ちょっと、聞いてもいいかな」
「どうぞ」
「ウィルは、どうして俺のことを好きなの?」
 少女がするような幼稚な質問を、ウィリアムははじめ、たしなめた。
「愛の定義をしたいのか?」
「だって気になるよ」
 沈黙の後、夜空の肩口に顔を埋め、ウィリアムは告白した。
「はっきり自覚したのはお前が私に初めて治癒魔法をしてくれた時だ。けれど、どうも私は男しか愛せない。だから……だから一つだけ、許してほしい」
 高ぶる自身の鼓動を感じながら、ウィリアムは続けた。
「多分、最初から。入学試験の時に初めて夜空を見た。あの時には既に、お前に対しての欲望を……抱いていたのかもしれない」
 悔恨のことばを聞くと、夜空は胸の中から跳ねあがって起き上がり、らんらんときらめく黒い瞳で、まっすぐ見つめて一蹴した。
「真面目だなあ、ウィルは! えへへ、俺は……俺こそあの時間違いを犯したのに」
 夜空は一瞬目を伏せたが、すぐに挑むような視線でウィリアムを見据えた。
「人が人を好きになるのに神様の許可なんていらない。ウィルが好意的に見てくれてたなら、俺はそれが嬉しい! だって俺のカナリアの……ウィルのキスは祝福だ。決して穢れてなんかいないよ」
 怒涛のように言い切って夜空はどっと体勢を入れ替え、滅茶苦茶に口づけしてきた。鼻をこすりつけ、息継ぎにつれて何度も。肩をベッドに押し倒し、頬にもう片方の手を当てて、熱烈に親愛を示す。主導権を奪われて、ウィリアムは慌てた。
「待ってくれ、夜空、少し落ち着いて……」
 夜空は毛布を独り占めして悪戯っぽくニヤリと笑う。
「俺、かっこよかった? それとも綺麗だった? 俺ばっかりウィルが好きで、いつも辛いくらいなんだ。ねえねえ、教えてよぉ、ウィル~♡ たまにはコイビトを褒めて褒めて♡」
 ベッドに腰かけたウィリアムは外れかかったカソックの襟を直しながら断った。
「『Sugar』! 調子に乗るな!」
 ウィリアムの側のセイフワードだ。誘惑はいつも焼けるほど甘いから。
「そうそう、そうこなくっちゃ」
 夜空は挑戦的に微笑み、がばっとベッドを脱け出した。個室の黒い窓枠から冬の空を見上げる。
「こっから先のお楽しみは、夜まで取っといて。きっと、もっと寒くなるよ……」
 夜空は振り返り、ウィリアムを手招きした。
「雪もね、二人でくっついてれば温かいし、美しく見えるから」
 ウィリアムはクローゼットから自身のコートを取り出して、夜空の肩にかけてやった。顎をとってキスを交わして、それから見せつけるように人差し指を立て、詠唱をした。
「四元素の原初たる炎の元素よ応じたまえ、我が爪先に焦熱し、燃焼系の燈りとなりて、人を導く一点の導とならん。炎魔法・Luce」
 たちまち、爪先が暖かく燃える。炎属性の魔法の初歩の初歩、基本最小詠唱だ。小さくても揺らめくプラズマ。個室には暖房がない。普段ウィリアムは遊びで魔法を使わないが、恋人との時間には、もっと火の気がほしかった。
 魔法とは体内を流れる魔素と外界に満ちる魔素の反応で、無から有を、エネルギーを作り出す術だ。おこがましいことにごく小規模な天変地異まで作り出す。ホモサピエンスは進みすぎた科学の代償を払ってほぼ絶滅し、自分たち獣人、本来は人類が作出した戦闘兵器に過ぎなかったはずのホモファシウスに支配された。カタストロフィから一千四百年程度が過ぎて、全知全能たる我らが神は、少なくとも世界を見放してはいなかったらしく、新人類は失った文明の代わりに、魔法を使えるようになった。
 蛇が口移しした知恵の実とはどれほど強烈な味だったのだろう?
「何も燃料がなくても、爪に炎を灯せたら。ヒトの望み。マジシャンの業。ウィルの魔素の輝きだ。綺麗だよ」
 夜空はかがみこみ、戯れのために灯しただけのその明かりに唇をつけた。ウィリアムは慌てて手を引こうとしたが、手首を強く捕まえられて、逃げられない。夜空は炎への口づけを終え、少し焼けた粘膜をぬぐいもせず、恋に酩酊した目つきで言った。
「……大好き、ウィリアム」
 痛々しい仕草に、ウィリアムは押し黙った。手を振って灯りを消し、傷んだ唇に指を当てると、ずっとタイミングを計っていた誘いを切り出した。
「夜空。お前には果たさなければならない使命があるのは分かってる……けれどまず、私のマジシャンとして、私の故郷に来てくれないか」
 将来を縛る。浮ついた蜜月を一歩進める言葉だった。卒業論文に忙殺される前にどうしても取り付けておかなければいけなかった。
 ウィリアムはまず自分の側をクリアにするつもりだった。
 マリーベル家は厳格なクリスチャンの家系で、男同士の関係などを許すわけはない。自分によく似た頑固な母親を思い出す。没落したがアイルランドの貴族の娘だ。父親は物静かで重々しく、あきれるほど儀礼映えする司祭。両親は手中の珠を堕落させた夜空を拒むだろう。きっと汚らわしいとまで罵られる。将来の約束は、だから怖気づいて先延ばしになっていただけなのだ。
 万能に見える力の行使が魔術師の胸先三寸であるとすれば、それは人同士の争いのためにではなく、崩壊後新たに出現した「魔素のみで生きる存在」、魔物の殲滅に振るわれるべきだ。それがウィリアムが今までの人生で得た信念だ。
 その実現は実家にいては叶わない。バチカンの退魔軍に入る気でいた。小修道院を経営する一族であるマリーベル家なら伝手はある。その進路を認めさせるためにも、味方がほしかった。夜空はにこっと微笑むと、オーケイ、とつぶやいた。
「ウィルの故郷だなんて光栄だよ。期待してて。俺のカナリア」
 軽やかな返事を残して、医学書とノートを脇挟み、ウィリアムのコートを羽織ったまま、ひとりサロンへと戻っていく。
 ウィリアムは腕組みして見送った。炭鉱で危機を歌う犠牲者のカナリア。そんな子供扱いからは、とうに卒業したはずだ。窓に向かって静かに祈り、十字を切った。
 今夜雪が降るなら。それは人々を閉じ込めるだけの氷塊ではなく、私たちの未来を祝福して、せめて麗しくあれ。
 空はまだ応えず、その前触れたる白さをたたえている。



 夜にはやはり雪が降った。寝る前の祈りを終えて、先にベッドに入った夜空の毛布をめくる。目を閉じて寝入っている横顔に祝福をこめてキスした。離れようとすると、寝間着の端を掴まれた。
「ウィル。一緒にあったまろう?」
 シングルベッドだから狭くるしいが、夜空は出来うるだけ壁際に寄って、ウィリアムの分のスペースを空けていた。勝手知ったる態度で滑り込む。すかさずぎゅうっと胴を抱き込まれ、思わず苦笑した。
 夜空はウィリアムの胸に顔を埋めている。つむじにキスして黒髪を優しくかき混ぜる。体温が馴染むまで何も言わず、互いの存在を確かめた。寮は静かで、雪がどさりと尖塔から落ちる音まで聞こえる。こういう時、ウィリアムはいつも修道院の昔を思い出す。年若の修練士たちは消灯を迎えても体力が有り余っており、互いのベッドを訪問してカードゲームや飲酒に耽っていたのだ。ウィリアムが仲間に入らなかったかというとそんなこともなく、冬にはくすねたワインで寒さを忘れようとすることもあった。あの頃よりは大人になったのに、あの頃よりも素朴な手段で暖をとっている。ウィリアムは当てずっぽうに夜空の唇をまさぐった。
「昼間、火傷したろう。まったく。心配させるな」
「ヒールしてくれる? うーん、でももう治っちゃったかも」
 夜空はかぷっとウィリアムの指を噛んだ。甘えた挑発に、少し気が乗ってくる。三角の狼耳をさわさわと撫でる。夜空がささやく。
「じゅんび、してあるよ……身体も拭いてある」
「ん……カモミールか、これ」
 ほんの少しのハーブの香りだ。鍋で煮だした化粧水で肌を清めたらしい。
「ウィルが良ければ、俺を抱いて」
 夜空の手がやんわりと頬に触れた。声は密やかで、どこかしら敬虔だ。普段のように、今夜お願い、だとかてらいなく誘う気軽さはなかった。
「夜空は、したいのか……?」
 慎重に尋ねる。夜空はこくんとうなずいた。
「そのための支度だよ。昼間、応えられなかったからさ……」
 頭が動くとさらりと髪が鳴る。カンテラはもう消してあるから、互いの気配しかわからない。軍用作業着のボタンをはずして、仄かな花の香りがする冷ややかな首に触れた。滑らかな薄い肌に、硬い腱が埋まっている。下半身をもぞもぞとすり合わせていくと、夜空が耳元でかすれ声で誘った。
「ね、抱いて……」
 それだけで全て許されたような気になった。ウィリアムは暴風にあおられたように恋人の身体に倒れこむ。胸板を、あばら骨を、くっきりとへこんだ腹筋を、手のひらでべったりとなで回す。乳首を舌先で転がして、唇で甘噛みする。ベッドとの隙間にまで手を差し入れて、尻を触ってきゅっと肉を掴んだ。性急にそこまでやってしまってから、改めて一番美味しい首筋にちゅくちゅくと吸い付いた。その間も手を戻して腰骨のあたりの尖りを楽しんでいる。
 性的な部分よりも先に、夜空を思いっきり味わう気でいた。緩みのない腹部を撫でる。くすぐったいのか身体がすくむ。撫で上げて、じっくり胸板に掌を添える。夜空、夜空、愛してる。それが免罪符だ。何度も何度も胸に繰り返す。こめかみをくっつけあって、短く唇をつける。夜空がきゅううと喉で唸って、またもやささやく。
「俺、ウィルに食べられちゃうんだ……」
「美味しくできてる。夜空……ほら、弱いところだぞ?」
 ウィリアムは鎖骨の間を舐めながらシャツをはだけさせ、夜空の左の乳首に指をひっかけた。肌よりも薄い乳頭をさぐり出してつまむ。今度は唇を重ねながら、感じさせたくて親指で小さな粒を転がす。全身に夜空の存在を感じて、ウィリアムのほうも満足でとろけそうだった。
「んっ……!」
 夜空が高い裏声を震わせる。左は弱いのだ。指先でこりこりと擦ると、くっつけあった腰が左右に揺れた。白狼のふさふさした尾も、心持ち持ち上がった。そのうち、薄い花びらのような感触しかなかった小さな乳首がピンと立ってくる。押し込んで、丸くこねてやる。胸筋ごと広く揉みこねる。いよいよいじり回すだけでは足りなくて、頭を下げてまずは思わせぶりに肋骨の合間を舐めて、そして感じやすい左の乳首に吸い付いた。
「ああ、ウィル……俺のはそんなにしなくていいよ……」
「何でだ? 夜空だって感じないと辛いだろう。それに美味しいんだ、ここ」
「中にちゃんとジェルも塗ってあるから。乾いちゃうよ、入れちゃって……!」
 性交を事務的に捉えた台詞で、ウィリアムは少し鼻白んだ。だが、すぐにくすりと笑って、夜空を転がして背中から抱き込む。尻にわざとまだ大人しいぺニスをあてがった。夜空はしゅんとうつむく。
「そ、そっか、まだ……ごめんね、俺、ウィルにブロウジョブする」
 ウィリアムは答えずにパン生地の固さの耳たぶを舐めしゃぶった。その間にも左の乳首は離さず、くにくにとこねている。つまんで、撫でさすって、時折爪弾く。耳にふうっと熱く息をかけると、夜空は刺激で首をすくめた。長い黒髪を鼻柱でかき分けて、カモミールのまろやかな香りにひたる。うなじをくんくん嗅ぎ回る。ヒトの耳よりも薄いけもみみをはむっと噛んでやる。
 そんなじゃれ合いに飽きることはなかく、丸く硬い後頭部を顔全体で感じながら、ウィリアムは乳首を二本指でそっと挟んだ。ふー、と大きく息が吐かれて、夜空がお尻を押しつけてくる。そして濡れた声が言った。
「ウィルぅ……俺、たまらなくなっちゃうよう……! 」
「そうこなくっちゃな。フフ……夜空のあれは機嫌がいいかな……?」
 ズボンの上からじっくりとさすりあげてやると、股間は熱い畝になっていた。
「はぁ、あ…… ダメ、ダメだよ、俺がウィルのをする……!」
 ウィリアムは聞かずに前をくつろげて、綿の下着ごと握りこんだ。そして固さを確かめると、前布をずらして直接触れた。天山伝統の下着はこういうとき実に都合がいい。ふっくらと張りつめた性器をやわやわと五指でくすぐってやる。息を耳に吹きかけ、熱く囁いた。
「男は感じやすいものだ……これに耐えられるやつはいない。私の愛撫でいつも通りに可愛く鳴いてくれ」
 より敏感な玉のほうも掬って手のひらで転がしてやる。優しく揉んでみると、腰が分かりやすくびくっと震えた。すかさず、裏筋をたぐって先端の切れ目までなぞりあげる。くしゃくしゃっとつまさきでマッサージすると、とろみのある先走りがあふれてくる。
「あぅ、ウィル、あうっ、だ、ダメだよ、はっ、うう、おれ、俺がしてあげるのに……!」
「んん? 勿論後でしてもらうぞ。本当に『ダメ』なのか? 身体のほうは正直みたいだが」
「う~っ、な、何をオヤジくさいこと……! んっ、や、やだよ俺……! 弄られちゃってる」
「可愛い可愛い。いっぱい感じるんだ」
 台詞とは裏腹に、きゅんきゅん尖り始めた男性器がいじらしく、ウィリアムはようやく本格的に茎からしごき始める。上下にねっとり搾ってやると、夜空はきゅううっと縮こまって「くぅん、ふ、うあ」とあえぐ。快感に耐えるため、内に内にと折り畳まっていくので、ウィリアムはより大胆に性器を揉みこむ。
 反り返ってキチキチと重くなった熱いぺニスの感触。ねとつく液の肌触り。男同士でセックスしている、という実感が痛いほどだ。楽しくて愛撫を止められない。苦しげな喘ぎもウィリアムの胸中までかきむしる。
「はぁっ、くんっ、んっんっ、ウィル……ダメだよ、おれ、ダメになっちゃぅう!」
「イヤならセイフワードを言えばいい。違うんだろう? もう夢中のはずだ。素直になるんだ、な、夜空?」
 夜空は腰砕けですでに半眼だ。それでも強情に首を左右に振った。ウィリアムは溜め息をついて、勃起してきたぺニスをぐいっと尻に食い込ませる。夜空は「くぅうぅ……!」と喉で声を殺した。それで口だけの抵抗はきれいさっぱり止んでしまった。
 どんな魔物にも果敢に立ち向かう夜空。友人にはいつも親切な夜空。気さくで甘えたがりの夜空。人を殺すことに躊躇しなかったいけない夜空。黒髪黒眼の美しい白狼種。すっくと立って手折れない気高いアイリス。
 本来男の獣欲など嫌ってしかるべきなのに、尻を突きだして受け入れの姿勢をとっている。酷薄な要求にも従順に自らを捧げている。愛しさがオーバーヒートして、ウィリアムは浮かされたように口説きまくった。
「そうだ、いい子だ、気持ちいいな? ロマンチックに誘うんだ。お前は私のただひとりの恋人なんだから……!」
 自分のものを慰めるよりずっと熱烈に指をうごめかせた。丸く膨らんだ頭の部分を握り、先走りで濡れた割れ目を指先で掻く。剥き出しの先端にとろとろと粘液を塗り込めて遊ぶ。脳まで犯してやるつもりで、ひっきりなしに囁きを重ねた。
「やらしい夜空……沢山感じていいんだぞ。自分のペースで、ゆっくりで構わない。お前が気持ちいいなら私も嬉しいんだ。こっちの尻尾はぐしょ濡れだ……好きなだけ、たっぷり掻いてやる」
 そしてじくじくと人差し指で尿道口までこねまわす。指の腹で強めになぞる。孔に爪を食い込ませる。同じ造りだから、そこを焼く力加減も熟知している。
 ともすれば強すぎる刺激だったが、夜空の身体はうまく快感を拾ってくれたようだった。電流に撃たれたように腰が跳ね、内股がより強くすり合わされる。
「はぁっ、ァっ、あぅ! で、出ちゃう、ウィルだめ駄目だよ俺イっちゃう……っ!」
「大丈夫……思い切り爆ぜていいから」
「うっ、あ、あー、ウィルぅ、ごめん、手で受け止めて……っ!」
「オーケイ、マイスウィート。全部出してしまえ」
 仕上げに親指と中指で作ったリングで茎とのくびれを強く締め上げた。
「ふぅっ、うーっ、うぅうう♡」
 くっつきあっていた腰がかくかくと機械的に動いた。びゅっ、びゅっと熱いドロドロが射出される。オーガズムを極めた夜空はウィリアムの腕の中で背を丸めて力んでいる。断続的に収縮して、手のひらや指を重たい精液で汚すと、ふわっと脱力した。
 はぁはぁと吐息交ざりに夜空が言う。
「……やっぱり俺も、してあげたい」
「ああ、次は夜空の好きなようにしてくれ」
 睦言を交わし合うと、夜空はのたくたと動いた。ウィリアムも手を拭いて、仰向けになって待つ。恋人の絶頂に煽られて、股間はすっかりガチガチだ。夜空は、まずは頬に軽くキスをしてくれた。そして嬉しそうに予告する。
「ウィル……幸せにしてあげるね」
 ばさりと寝間着をかきあげ、下履きを口で咥えて引きずり下ろす。現れた肉色のぺニスに、丁寧に口づけしている。薄くて柔らかい唇をじっくりと押しつけられ、期待でひくひく震えてしまう。鼻筋や頬を反り返った茎に触れさせ、すううっ……と深呼吸までしているのでウィリアムも気色ばんで上体を起こした。脚を投げ出して座り込む姿勢になって、腰のところにうずくまる夜空の肩をたたく。
「夜空? どうした、無理はさせたくない。イヤならセイフワードを……」
「ううん……平気……」
 夜空は玉と竿の境目にキスをして、手のひらで大切そうに性器を包んだ。愛しくてたまらないという優しげな視線で見上げてくる。
「ウィルのからだの匂い。俺、興奮するよ……ちょっとだけツンとくる」
「っ……! まったく! いつだってギルティだな!」
「そうだよ、俺のほうがヘンタイなんだ。だからウィルも感じて。俺、ウィルになら使われてあげる」
 恥ずかしさで悪態をついたマリーベルをあっさり肯定し、夜空ははぷっと切っ先をくわえた。這うような遅さでじっくりと皮の隙間までねぶってくる。敏感なところにいきなり濡れた感触をあてがわれ刺激されて、本能的な恐れが先にきた。引こうとするが、夜空は逃さないとばかりに亀頭を頬張って、ぢううっと真空にして吸った。とたんに腰がくだけて、「うっ……♡」と喉から声が漏れてしまう。ゼロ距離の粘膜密着だ。夜空はしばらくきつく吸い込んで、首の段差にまで唇を滑らせると、今度はきゅぷっと音までたてて勢いよく抜きとった。勃起が揺れて下腹を叩き、そっと引き下げられて先端にキスされる。翻弄されきって、ウィリアムは言葉を失う。『使われる』どころか、どう考えたって楽しんでいた。
「ん、ん、ウィル、ウィル、俺のマリーベル♡」
 秘部にまで頬擦りしながら、夜空は人差し指で焦らすように浮いた筋をさする。じわりと染み出た先走りをすかさず舐めとる。快感がほしくてうずいた性器を、それでも少しずつ愛撫されて、ウィリアムは頭を振り、歯を食いしばる。ちゅ、ちゅ、とくすぐるようにキスされながら、本格的な行為を待っている。
 夜空は赤くなったペニスにふーっと息を吹きかける。
 空気の揺れだけでもウィリアムは感じる。
 ちろちろと、さっき責め立ててやったのと同じ出口を舌でくすぐられる。
 柔軟な針を差し込まれているかのような快感がはじける。
 きゅっ、と竿を握られる。そうしてゆるくしごかれる。
 まるく張った頭の部分を再び口に含まれて、たっぷりの唾液でひたされる。
 最初のどぎつい吸引とは違って、それは甘やかすような包容に近かった。
「はぁ、はあ、ああ、夜空、夜空!」
 ウィリアムは夜空の後頭部を髪ごとかきまわして、性のよろこびに浸った。膝が自然に曲がってかくかく笑う。夜空は名前を呼ばれるたびにくぐもった声を上げて応える。髪を掴まれても、ゆったりと顎や舌を動かしている。くぷくぷと全体を呑み込み、丹念に舌で湿らせてから、もう一度口を性器から離し、媚びた目線で問いかけてくる。
「出しちゃう? それとも、もう俺に入れちゃう?」
 迷う選択だった。
 塔の窓に取り付けられた魔素ランプと雪明かりが逆光で反射して、薄ぼんやりと夜空の姿が浮き上がった。軍用作業着のシャツははだけられ、胸元が露わになってしどけない。唇は濡れて美味しそうに光り、幼げな顔立ちも今は強い欲情に燃えている。もちろん二人で抱き合いたい。けれど若いウィリアムは切羽詰まっていて、主導権を取り戻して絶頂を引き伸ばすなんてできっこなかった。
「くっ……、いや、ともかくお前に射精したい。頼む、全て、飲んでくれ……!」
 若干の敗北感にまみれながらウィリアムは嘆願した。それは下半身の奥に射精するよりもある意味罪深い行為だ。
 夜空は返事代わりに股間に頭を埋め、皮のむけた無防備な場所に歯を当てないようにじりじりと呑み込んだ。柔らかな粘膜が男性器を滑らかに包んで、こつりと喉奥に先っぽが当たる。硬いその場所への到達に、ウィリアムはほとんど原始的な満足まで覚える。次に来たのは頬をすぼめた吸引だ。奥から分泌される唾液はねばついて肉棒に絡みつき、舌が裏筋を強く支えつつなぞった。苦しみを与えると分かっていても、ウィリアムはがくっと腰を突き動かして、微妙な喉の引っかかりを楽しみつつ、悦楽に溺れて射精した。意識的に、体内で煮えた火の液を最奥で味わわせるために。
 ――ああ夜空。私の汚れも欲も愛も全部ごたまぜに受け取ってくれ!
 びくん、びくんっ!、とペニスが狂暴に暴れる。遺伝子が次々と細い管を突き抜けていく。尻の筋肉がひきつり、射出のたびに脳の内側が激しい快感に削られる。ほとんど下の始末と変わりない。明滅する視界のなかで、侵犯の自覚とともに体液を出しつくす。夜空は力ずくに頭まで抑え込まれても、性器のうごめきが収まるまではじっと動かずにいた。マゾヒスティックな感懐に陥って、精子が気管に入らないよう、こくこくとすすんで嚥下している。鼻腔を抜けていく青臭い匂い。徐々に柔らかくなっていくペニスを噛まないように解放して、ちまちま舐めながら仕上げにはいたわりのキスだ。一方ウィリアムは愛する人を汚し尽くしたという背徳に憔悴しきって、息も絶え絶えベッドに沈み込んだ。
「ごめん……」
 素になって謝る。夜空は仰向けのウィリアムにのしかかって、ぐしゃぐしゃと金髪をかき回し、きつく頭を抱いた。
「謝ることなんかないよ。俺だって煽ったし。このまま休んで。抱いててあげる……」
 射精後の急速な眠気に、甘ったるい誘いが拍車をかけて、ウィリアムは泣き出しそうになりながら、恋人に抱き着いて眠りに落ちてしまう。
 ……夜明け頃、ウィリアムはふと寒さで身を起こした。夜空のほうのベッドだという慣れない意識があったのかもしれない。夜空は傍らにはおらず、窓枠のところに椅子を動かして座り込み、分厚い魔術の研究書を読んでいた。雪は深く積もり、照り返して窓の外はひときわ明るい。白みはじめた朝空を背景に、冴えた横顔はとりわけ魅力的に写った。目も眩みそうなほどで、後ろめたさを感じる。喉のあんなに深いところまで犯したなんて、どう考えても愛からじゃない。
 ベッドを降りて、なんにもわかっていないような夜空に近づいた。挨拶もせずに肩にかかる黒髪をすくいあげ、軽く口づける。
 夜空は大して構わずに、おはようと笑った。ウィリアムは昨晩さんざん汚したその唇を撫でてやった。勉強の邪魔だとも思ったが、床にひざまずいて懺悔のつもりで見上げる。
「……本当にすまなかった、もうしない」
 夜空は尾をぱたりと振って、少し考え込んだ。そして一音ずつ念を押してセイフワードを言った。
「『カ・ナ・リ・ア』。そんなの認めない。俺はウィルの恋人になったんだもん」
 本を閉じて椅子に置き、ウィリアムの両手をとって、立ち上がらせる。夜空は身をのりだし、しっかりと目を合わせて誓った。
「愛しあうって、たぶん綺麗なことばかりじゃないよ。罪だろうが、何だろうが、出来るだけ引き受ける。だから、俺もお願いしていい? ……ウィルの用が終わったら、俺の故郷にもついてきて。みんなを解放したいけど、俺ひとりじゃ不安なんだ」
 マジシャンには珍しくもないのかもしれないが、夜空の側も事情もちだ。祖国・天山からの亡命。そして異国・ロンシャンでマフィアの側近として英才教育を受けた。しかし彼の故郷にはいまだ、100年を生きる魔物が巣食い、彼を守り育ててくれた人々までも支配している。
 はなから討伐にはついていくつもりだったウィリアムは一瞬驚いて、不敵に笑った。
「分かった。ともに魔物を討ち果たそう……必ずだ。お前とならなんだって乗り越えられる」
「死ぬかもしれないよ」
「夜空はそれを許すのか? せいぜい全力で救ってくれ」
「約束する……ありがとう、俺の盟友。君は俺のルーチェ、希望への道しるべだ」
 夜空はかみしめるように言って、今度は片手で握手してきた。ウィリアムも握り返す。骨ばった手は温かく、頼もしい。
 ウィリアムは二人の絆が愛だけではないのがひたすらうれしかった。学びの場では常に議論を戦わせ、戦闘訓練では守り合い、たくさんの打ち明け話もした。人恋しい夜には肩を寄せ合い、涙だって笑顔だって知っている。夜空を初めて見つけたその瞬間から、こんな関係になりたいと望んでいたのだ。繋いだ手をどちらともなく離す。夜空は読書を続け、ウィリアムは自室を後にした。
 窓から見るに、雪は本格的に積もったようだ。誰の足跡もついていない、純白の光景が見たくて、そしてその中でただひとりだけに感謝を捧げたくて、ウィリアムは朝の支度を急いで終え、人気のない階下へと降りて行った。

(了)畳む