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あおうま
#ComingOutofMagicianYozora

小説は全然難航しています!
主人公は夜空で、視点も夜空。三人称で書いてるけどけっこう行き詰ってるので、マリーベルちゃん(攻め)一人称で書いてみて本編の描写に生かそう、という狂った作業をはじめました
でもなんか、事前に読んだものが影響してるのかそれなりな感じなので公開してみる。
こんな私はムーンライトノベルズに投稿しても生きていけるのだろうか。
大通りこえええええー--------------

花の名前

 その昼下がり、異郷の浜辺で、私は一人の若き英雄を見た。今、彼を見る人は、有能な官吏とすら思えど、英雄などと形容はしないだろう。現在の彼は変らぬ黒髪と、遍歴のはてに偏光体のような輝きを得た、一種他人行儀なその瞳で周囲をくまなく掃き、襟元には黒いタイを飾りつけ、自らが従順たる使役犬だと、風貌からして宣言している。しかしその瞳の奇妙な美しさは、私をなお今も惹きつけてやまない。二人きりで過ごす休暇には、疾風怒濤の時代の生なましい少年の輝きが、ふと生気をもって硝子体に戻ることもあるのだ。私はいつも、初見のあの日を思い出し、遥かな歴史を感傷する。夜空という名前のその美しいアジアンを私は発見し、類まれなく愛した。
 その日、海風吹きすさぶ浜辺には黒山の人だかりがあった。アルカディア魔法大学の実技入試試験。賄賂を贈った父親からの情報で、内実はほとんど魔力審査と属性反応系の確認だけだという話を知っていた私は、家が伝える呪術の真実などおくびにも出さず、汎用的なヒールと退魔の根本、神罰の代行たるホーリーライトのみで合格をもぎとっていた。 居並ぶ監視官は恐ろしくもなんともなかった。豪奢なマントも年を重ねての威風も、教会社会でのそれより軽薄に見え、中でももっとも厭らしいと思ったのはワンドにもたれるようにして姿を現した、骨とう品に近い学長の姿だった。グランドマスターの老体は私の過回復のヒールには耐えられぬだろう。それは祖父ですらそうだったし、彼らに劣らぬほど聡明だった祖父は己の引き際を常にわかっていた。彼らは私が今まで使ってきた術をしかめつらしく品評し、中には絶賛した者もいた。彼女がその後私を家名でもてあそぶことになろうとは、その時は思ってもみなかったが。シスター・グラジオラスには四角ばった顔に女性らしき名残りの柔和な笑みを浮かべ、私の魔力量は低く見積もっても三番位であると抜け目のない視線で太鼓判を押した。
 自らの番手が終わっても、我らマリーベル家は解散しなかった。妹のユーフォリアはボンネットに手首まで覆う長袖で日差しから肌を守った。炎を吐いてみせたり、フクロウを呼び寄せたり、タロット占いにもさして興味が引かれないようだったが、彼に関しては嘲りまじりで注目した。
「ねえお兄ちゃん。みんなこの試験を見世物小屋とでも勘違いしてるんじゃないかしら? あの人を見て。ハープなんて抱えてるわ」
「ふん。異国人か。芸でも見せればお情けで合格が貰えるとでも思っているのかね……」
 父も妹の嘲りに同調した。私は一目見て、こんな美しい芸人だったら抱えたいのも仕方ない、と思った。彼はユーロプでは珍しい、豊かで繊細な黒髪を長く背に流していた。服装こそ鼠色のワーキングシャツと、そろいのズボンで質素だったが、静脈が透けたような青白い細面で、眉は優美に整えられ、二重幅の大きい黒い瞳は、伏せられるとぞっとするほど冷たくまたたいたのだ。年齢は私と同じくらいだろう、受験生の中にはまだたどたどしい子供じみた男や巡礼者かと見まごうような壮年までいたが、彼もまたボリュームゾーンの一員だった。靴だけは黒光りする編み上げのブーツで、しかし底はかなりすり減っている。そんな恰好でも、細身の体格は鋭くまっすぐで、神経質そうなかんばせには陰なる美がある。――自白する! 私は彼を値踏みしたのだ。ジャケットやタイで堅実に飾りたてられていたら、むしろそんな行為はしなかったろう。たおやかで艶めかしいオリエンタルの美が、実務的な軍作業服なんぞに押し込められてしまっていたからこそ、私はひどい渇望に駆られたのだ。欲望の目で見つめてしまったのだ。自分にも『買える』品だと軽んじたのだ。その男は少し緊張の面持ちで、木でできた丸っこい竪琴を抱えていた。ウィザードたちは威光をひけらかした態度で、次々と素性を問いただした。
「祈月夜空です。年齢は満十七歳、国籍は、ロンシャン」
 声は物憂げだが芯があるテノールだ。耳に快かった。同じくアジアンとおぼしきウィザードが母について尋ね(今でもその質問は面接の場ではぶしつけではないかと思うが)、のちに師と仰ぐ女からは侮辱までが浴びせかけられ、私は眉をひそめた。父は知らないが、妹も多少は人の心があるのか、落ち着かずに髪をいじりはじめたくらいだ。私は妹のクセを叱り、一方でその男を憐れんでいた。なんて差別的なのだろう。傷つくかと思いきや、彼は意外なことに、プライド高くはねつけてみせた。
「返答を拒否します! あまりに私の母や故郷に失礼だ」
 その表情は、怒りでもなく悲しみでもなく、純粋な侮蔑への正当なる抵抗心に満ちていた。礼儀すら要求している。たしなめられても彼は一歩も引かず、それどころか堂々とのたまった。
「乳兄弟は村の長たる若人全員! 乙女たちはみな私の姉妹! 出生は天山陶春渚村、白燈江(はくとうこう)宮家嫡流、祈月夜空とは私です!」
 そんな地名は今まで読んだどんなファンタジーにも出てこなかったが、あまりにヒロイックな名乗りに、青二才はすっかり魅了された。そして彼がハープでつむいだ、馴染んだ音色で奏でられる、典雅で流麗な調べとともに、聴衆はみな、その地の朴訥たることと、桜という繊細な花に彩られた春という季節が、いかに麗らかであるかということと、そこで生きる、地に足のついた農夫の力強い励ましを見た。彼がどんなにその地を愛しているか、そしてどんなに遥か遠くであろうとも、まだその理想郷はあるのだと、泣きむせぶような望郷の響きがその曲にはあった。魔術師界などとは隔絶していそうな島民まで、旅をしてきたようだ、そこで懐かしい友人に会ったみたいだと、興奮しながら連れに語った。
 その頃の私の世界は、裕福なわりにとても狭い領域に限られたものだった。母から与えられたおとぎ話への熱中は既に過ぎ去り、家が求めるとおりに、私のイマジネーションはバイブルに一括された。新約に示される、あのただ一人の方の生涯は何よりも尊いと思えたし、旧約にある滅びの定めにある古代都市を私は常に歩いていた。そこで売買される奴隷の値打ちすら知っていたし、領主がどれだけの瓦石をその屋根に掃いているかすら見てきたように語ることができた。音曲で幻影を操ることのできるその少年を、私は己に対等な一人の師として認めた。父も首をかしげ、何だか足の疲れが癒えたようだぞと、専門家らしく語った。妹だけは、自分以上の音楽術を操る人間がいるという事実に打ちのめされていたようだった。
 彼には、ぜひこの大学に合格してほしい。私は固唾を飲んで試験を見守った。そう思った者は多かったのではないだろうか。中には警戒して、密かに除外せんと思う輩もいたかもしれないが。感動を訴えたその島民などは、次なる期待にうずうずしているようだった。もし彼が不合格と相成っても、それこそどこかからのスカウトがあるだろうと思った。アルファベット順では終盤に追いやられる受験生までチェックしているのは、かなりの周到な野心家か、物好きだけだからだ。そして我がマリーベル家はその両方だった。学生の序列というものは、学力よりはほとんどこの場で測られる魔力量の選抜で決まってしまう。つまり、栄達もそれ次第というわけだ。まいないを受け取った職員は、よほど際立った才があれば、青田買いをしに来る場合もあると付加価値までつけていた。だから父も、妹も、見学する気になったのである。力あるマジシャンを抱えるのは、領主や大商人やうちのような修道院長にとっては、お飾りだけでない旨味もあったからだ。
「お父さん、あの人、うちの術もできるかな」
「改宗までが必要となるとな……ううむ」
 妹がライヴァル心を燃やしてつぶやき、父の脚の疲れはよほど改善したのか、そんなつぶやきまで漏れていた。聴衆のほとんどがが、好意的にせよそうでないにせよ、初めの悶着から彼に注目させられてしまった。夜空というその少年はその後、秀才ぶりまで見せつけた。私も図鑑で知っているだけの『マギカ』という汎用魔法を、術式に定められた詠唱ではなく、魔術式を唱えることで見事に発動して見せたからだ。アピールというのはこのようにするものかと、私は唸った。冷酷だった試験官も熱をいれはじめた。彼はいわば真の拾いものなのだ。
 私は事前の取引で今年の新入生の目立った顔ぶれまで知っていた。ルーシャンのヴェルシーニンと、クルシュタット連合王国のクラウス殿下というのが二強だが、国同士は停戦中なので、代理戦争にならないよう、注意が必要。有名な魔術の家柄については、呪いに関する汎用系を発展させているヘクタグラムカースの一派がまとめて入学する。そしてレクサゴーヌからは、色彩魔術の手品師二名が来る、という風に、説明や注意まで受けていた。それはおおよそ大学に余分な金を支払った人々の名簿だったが、彼の名はリストになかった。祈月という家は一体何なのだろう。天山から、ロンシャンを経由してこのような西の果てまで、麗しい若君を送ってくるだなんて。冒険心を否応なく刺激された私は、もはや外見に惹かれたなんて低俗な次元を超えて、彼の全てを知りたくなっていた。
 試験官もそうだったのだろう。合格ラインは軽々と超えているはずなのに、突っ込んだ探りを入れ出した。続けて夜空が披露した技は、彼がたんなる吟遊詩人とは異なるのだと皮肉にも証明することになった。
「激光(ジーグン)、貫いて!」
 光の魔術というのはやっかいだ。ホーリーライトもその類と言えなくはないが、よほど悪辣な者でないかぎり、人には効きづらい。しかし彼が大麗なまりで放ったその術は、音よりも早い光速で直進し、肉を貫く、文字通り殺人術に近いものだ。危険な赤光は彼の周囲を哨戒し、やがて手元に戻ってきては、火花のように拡散していく。少年が閃かす魔刃のきらめきだ。闇の危うさまで備えた彼に、私は完全に魅了された。
 もう一人の『カナリアのような少年』にとっても、事は同じだったのだろう。夜空は親の見得で飾り立てられてはいない。夜空は我々のような文明的な西欧人ではない。夜空は黒髪で、砂漠を越えたはるか極東の生まれで、それなのに出自を誇り、高らかに故国を称賛して、はっきりした発音で誰にも対等に語りかけ、上背も充分で、たおやかで強かった!
 始め見くだされた質素さは自身の未熟さをも写す鏡となった。たとえ、ぼろをまとっていようが、黒い瞳は生き生きと輝き、そして私たちとは違った世界を、汚辱も美点も愛さえも、既に見つめてきたのだろう。凛々しきアイリス。その頃の私は桜すら見たことがなかったので、最大級の愛着をもってそのように譬えた。私は彼に熱烈に憧れ、シリル・クール・ド・リュミエールは逆に憎んだ。ポジとネガ……。
 最初、シリルが試験場の結界内に入り込んだとき、私は似た類かと思った。夜空があまりに魅惑的なので、思わず近づきたくなってしまったとか……シリル自身は否定したが、そんなところだと思っている。聴衆のざわつき、結界をつかさどるヘクサグラムカースの魔術師たちの動揺。しかし、もう一人の愛玩犬であった彼の唇から発せられたのは夜空への称賛ではなく、単に彼の財産を我が物にせんという、支配欲に過ぎなかったのかもしれない。
「ねえキミ……ロンシャンから来たんだろ? ボクに今の魔法を教えてよ!」
 そんな子供っぽい難癖をつけに、他人の舞台に入り込んだのか? 誰もが信じがたく、そのせいで対応は遅れた。夜空の後ろ盾の灰狼の男が叫んだ。彼は上背があり、体格も強そうで、戦士のようであった。
「夜空、排除しろ! 刺客のおそれがある!」
 それは絶対命令だった。例の島民が「おい!」と怒号を発した。瞬間、夜空の目の色は恐怖に見開かれ、乱入した少年をさも恐ろしい兵器のように捉えた。竪琴が構えられ、さきほどのみやびやかだった旋律が、アレンジを変えて陰鬱を添えて奏でられた。現れたのは、夏の夜……木でつくられた庇の下を、雨露が伝い、月光がきらりとそれをひらめかす。そのスローモーションのうちに、雷鳴が轟きわたり、それだけは幻影ではなしに、少年を取り囲んで一千もの稲光が貫いた。シリルもまた、魔素の護りはあったのか、その拷問には何とか耐え、怒りに燃えて何か詠唱せんとしたが、続けての首輪魔術師による号令で、彼の命は窮まった。『マギカ』が呼称とともに炸裂し、わずかに残った魔力をごっそりと意識ごと奪い、頼りない少年の肢体は宙を舞って、あげくに後頭部から地に落ちた。
 ごとり、と嫌な音。
 私は殺戮というものを初めて眼前に見た。
 今振り返ってみれば、首輪魔術師『サンド・シー』の指示は妥当だ。アルカディア魔法大学は敵味方判然とせず、権力者も多数臨席する中で、唯一のロンシャン国籍の留学生の試験中にとつぜん乱入してくる小僧。少年だということで判断が遅れれば、事は遂行されたに違いなかった。誰狙いなのかもわからない。反ロンシャン組織、アルカディア魔法大学内の抗争、天山からの祈月氏への敵意、または政治家か。けれど彼らにとってすれば、何だろうが排除すべき敵対行動である。シリルはそれに、禁術『レインボウ』さえ詠唱してみせたから、事前計画などはなかったにせよ、実際は刺客そのものなのだ。『サンド・シー』が命じなければ、きっと夜空は光彩の渦に飲まれて跡形もなく蒸発させられていた。
 実際そうなっていたら私はさらにひどくふさぎ込んで、立ち直れたかすら分からないのに!
 次に生じた仕置きは悲惨なものだった。夜空に母親について質問したあの教授が杖を振り上げ、『ダークサンダー』! と叫ぶ。先端の青い魔法石が紺紫に輝き、球雷が天をうがって、夜空を沈黙させたのだ。強力な闇魔法、と私の目には写った。思い入れていた友人候補がひとをころし、より強大な力でぼろきれのようになぶられる光景は、博愛を渇望する少年の心臓を凍り付かせる。
コマ送りのように、彼が倒れる。手折られる。靴で踏みにじられて、輝きは二度と返らない。恐怖の鼓動が全身を支配し、私はパニックになって駆け出した。
 彼はヘクサグラムカースの魔術師たちに囲まれて倒れていた。私は、大人たちの制止など構わず、脱力して重たい彼の身体を抱いて回復の呪言を唱えた。もはや口にしないと自らに禁じたあの魔法を、またもや紡いでしまったのだ。
 死の床にいた祖父は生命力を枯れさせて聖なる光輪の中亡くなった。
 あの男は、体内の細胞分裂が異様に速まったことに恐れをなし、重ね掛けされて二十年は老いた。
 夜空はまだ若かったし、ダメージは甚大だった。強すぎる治癒の光であればこそ、死の淵から救えたのだ。私はそう思っている。
 そしてマリーベル家は学長から呼び出しがかかった。(続く)
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