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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負]

お題「同窓会」「陽炎」(※死にネタ 大学生×浪人生)

 その報せの締め切りは一ヶ月前だった。小学校の同窓会についての案内の返信は、オンラインのフォームへの投稿式で、わら半紙のプリントに鉛筆で書き込みしていたあの頃とは隔世の念があった。俺は悩みに悩んで、「欠席」にチェックをした。絶賛浪人中だったからだ。それに小学六年のころのクラスは学級崩壊で有名で、教師も典型的事なかれ主義のクソ野郎だった。「出席」したい理由はひとつしかなかったが……三対一。多数決で欠席が勝ち。
 当日、浪人二年目ということで入ってしまったコンビニバイトから上がる。メッセージアプリを見ると中学の仲間が今日の同窓会について騒いでいた。二十歳記念として居酒屋で開催することになったその宴はどうやら二次会に突入しているようだ。俺はなんとなく一次会の会場に足を向けてみた。……佐伯和泉(さえきいずみ)がいるかもしれないから。同窓会で俺を待ってるやつなんかあいつ一人しか思い付かない。
 全国チェーンの安っぽい居酒屋の看板の前に、あいつがいた。少し線が薄いのは変わらないが身長のほうが大分デカくなっていた。和泉はにへらっと笑って大型犬のように駆け寄ってきた。
「悠馬~! ひっさしぶりだなあ。どうして参加しなかったんだよ~!」
「よす。どうしてもバイト抜けらんなくてさ。和泉、身長伸びたな」
「高校の頃にけっこうね。バスケ部入りゃあモテたかな?」
 和泉はブランクを感じさせない屈託のなさで俺を迎えた。浪人という立場のせいでまだ誰とも飲み会に行ったことのないストイックな俺はお目当ての和泉だけを釣れて満足だった。
「ここ、まだ席空いてる? 二人で飲もうぜ」
 くいっとビールジョッキを飲む真似なんかする。和泉は困ったように笑って首を横に振った。
「ううん。二人で遊び行こう」
 そして俺たちは夜の街を歩いた。電車に乗りこみ、臨海公園のある駅で降りる。二人の会話は小学生の頃の行儀のよさがまだ残っていた。和泉は人をイジったりするタイプではなかったし、俺はそんなこいつのおっとりしたところが好きだった。宇宙飛行士になりたいです、なんててらいなく言うまっすぐさは俺になかったのに、よく話しかけてくれたのだ。
 駅から臨海公園までほとんど人気のない道を歩く。
 しかし俺には宇宙飛行士の夢について聞く無神経さなんかないから、中学で学区が離れて以来会えなかったこいつに、ただ自分の不甲斐なさだけを訴えてギャグにしてた。
「和泉はどこ大受かった? 俺は停滞中」
 大型犬はぱっと表情を心配そうに変えて首をかしげた。
「え、でも悠馬は頭よかったじゃん。それに医者になるのが夢って……医学部は難しいっしょ、今年はうまく行くよ」
「や、ちゃんと別の学部も受けるわ。んで、和泉はどうなの? 彼女とかいんの?」
「……ブルーバックスをレーベルで読んでるような女の子がいればいーんだけどね」
 可愛い系の顔がやや皮肉げに歪んだ。昔自慢げに教えた新書のレーベルの名前なんか出されて俺は恥ずかしくなった。昔はそれだけで自分を神童って感じてたもんだ。でも、和泉がその後に付け加えた大学名は、確か宇宙航学科があるマンモス大学だった。医学部もあるけど、俺は学費を考えるととても行けないところ。
「和泉はちゃんと第一志望っしょ?」
 さりげなく注意しながら聞くと、和泉はうなずいた。駐車場を越えて、砂防林が茂る道を行く。足音がやけに高く響く。
「いいよなー、大学生活だなんてうらやましいわ。俺もサークルとか入るのかなあ、飲みサーってほんとにあんの?」
「そんなとこ入りたいの?」
「いや行かんけど。興味と言うか」
 和泉は苦い笑みを浮かべて、俺の頭をつむじからくしゃくしゃっと撫でた。
「悠馬にそんなの、似合わないよ」
「俺にも健全な男子としての交際へのキョーミってやつがですね」
「じゃあ俺とすればいい」
 和泉はそう言って俺の頭のてっぺんに口をつけた。えっ、鈍感な素振りで流すこともできるけどこれはさすがに無理。
「和泉って……えっと、LGBT的な人だったの?」
「そーかも。初恋に浸るくらいはアリにしといて」
 俺は心臓がせりあがってくるくらい緊張してた。だけど簡単に振りほどいたり、今ここで「ストレートだから」なんて濁しても仕方がない気がした。だから黙っていた。だってマトモに話すのもほぼ八年ぶりだぞ。そんな相手とノリで付き合えるか。社会的にはとんでもない弱者の俺が。
 海沿いの柵にもたれて闇の中の海を見てた。
 意気地無しの沈黙が波音とともにこごった。和泉は呼んだ。
「ゆまくん」
 それはあの頃の呼び名だった。まるで新しい関係を告げる合図のようだ。俺は抗えずにやつからのキスを受けた。

 同窓会では卒業式に提出した「未来の自分へのメッセージカード」が配られていた。欠席者には郵送だ。わら半紙のプリントにはたどたどしい字で過去からの挨拶があった。「医者になれましたか? 薬剤師でもいいです」って、順風満帆でもまだ学生だよって負け惜しみを言ってやりたい。ついでになぜか「一緒に宇宙行こう!」と和泉の字でメッセージが書き加えられていた。和泉はキスのあと、「待ってる」ってだけ言って俺を海浜公園に置き去りにした。
 俺は夜風に吹かれて宵闇の先を見つめてた。やがて朝が近くなって空は白んだ。
 送り主の幹事には、お礼のついでを装って和泉の連絡先を聞いた。
 翌春、俺は国立の医大にどうにか引っ掛かった。和泉とは違う大学だったが、すでに無意味なことだった。
 幹事によると、和泉は大学の新歓コンパで飲まされて、急性アルコール中毒で逝ってしまったらしい。欠席した同窓会では、家へのお悔やみメッセージなんかも募集されたようで、俺も末席を汚させてもらった。幹事の女の子は、俺が来なかったのはその訃報が理由だと思ってたみたいだった。
 その「死の飲み会」にもし、俺が一緒にいたら。きっと断ってやれたのに。このスペシャル陰キャな傍若無人さで。
 諦めるのをやめた俺は、春の陽炎の中を振り返る。そこに居るのかも、という僅かな望みと共に。お悔やみにはこう書いた。
 俺もお前と一緒に、宇宙まで行きたかったよ。(了)