お題「年上」「無防備」
目下祈月家に居候している年上の軍閥参謀、伊藤敬文が年末にはいなくなるというので、清矢は多少ながら憂鬱だった。もちろん、父親も帰省してくる。上司の家庭に入りびたりといった状況は居心地が悪かろう。寒くなってきた十一月の田舎町を、ふたりで買い出しに歩いた。母たちに言いつけられた買い物リストは全て補充できたはずだ。
「敬文。クリスマスはまだいるの?」
「えっ……と。そうだね、恋人になって初めてのクリスマスだから、清矢くんと一緒にいたいかな」
そう言って小さくはにかむ姿は年上ながら可愛い。それからあれこれ話をした。プレゼントは欲しいだとか、そのリクエストだとか。敬文はちょっといいマフラーをくれると言った。「清矢くんはハンカチとかでもいいよ」。そう言って薄曇りのグレーの夕焼けを見あげる姿に、なんだか切なくなる。
十歳差っていう不便さはいつだって感じている。清矢からすれば、もっと特別なアクセサリが贈りたい。イヤーカフとか、ブレスとか。あとはクラッシック曲のレコードとか、豪華な装丁の海外小説とか。だけど高校生が自由にできる金額は悲しいかな少ない。イチャコラ甘えてても微笑ましいで済んでるのはいいが、その先こそに興味があるのに、男は性的なふれあいには首を縦に振らない。
「同い年がよかったなぁ」
しみじみとつぶやくと、敬文はぱちくりと目をまたたかせた。
「あの、それって俺も高校生だったらって意味?」
そのパターンを想像していたわけではなかったので清矢は面食らった。だけど、何だか恥ずかしくて……大人になった自分についても想像なんかできなくて、思わずうなずいてしまう。敬文は少し目を伏せて、自嘲ぎみに否定した。
「それなら多分、君は俺の恋人になってくれなかったよ」
「そっかな……? 気になったと思うし、好きになったかもしれないじゃん」
「あの頃の俺は今に輪をかけてバカだった。剣しか取り柄もなかったし。俺なんて、君を教室の後ろから眺めて終わりだよ。詠に嫉妬したりさ」
「嘘だよ。そんなことない。敬文と遊んだりしたかったよ」
本音だったが、男は押し黙ったままだ。穏やかな顔つきに影がさしている。夕焼けが急ぎ足で去っていって暗くなってきて、道も田舎じみてきたところで、小首をかしげて尋ねてきた。
「ほんとうに? たとえば俺が告白したら、OKしてくれた?」
その姿は心細そうで、普段の穏やかながら頼もしい感じとは違っていた。IFにしても相当に無防備でナイーブな問い。清矢はもぞもぞしながらうなずいた。
「うん。だってやっぱり男同士の恋愛には興味あったろうし。今みたいに優しい敬文なのは変わらないと思うから……」
「ちゃんと優しくできたかな。例えば……なんか歯止めとか効かない気がする。あっという間に君に手を出しちゃったりとか」
「えー? ってことはやっぱり敬文は俺とそういうことがしたかったりして?」
「からかうなよ。ほんとに、高校生同士だったら……」
伊藤敬文は溜息をついて、清矢の肩を抱き寄せた。
「守れたかどうかだって怪しい。俺はその言い訳で、詠から君を奪ったのに」
このひとはわるいひとだ、と清矢は再三思い知る。清矢たちをめぐる政治情勢は微妙だった。父が敵対する鷲津総将はスキャンダルがでて解任寸前だ。海外に高飛びして家宝を持ち逃げしている兄は行方不明で、近所には魔族の女を信仰する眷属たちの集落がある。そんな中、高校生じゃ君を守れないんだ、と言って幼馴染カップルを引きはがしたのがこの伊藤敬文だった。彼にとっては清矢を守るのは、贖罪である。魔法を使った戦のために、清矢をはじめとした若者を従軍させた。清矢はすべての駆け引きにYESと答え、ブレーンを文字通り抱きこんだ。敵方からすれば、ほんとにわるいふたり。
「ん……敬文、あったかい」
議論には付き合わず、清矢は甘えて頬ずりした。通り過ぎる家からは夕飯の準備の匂いがしてくる。クリスマスプレゼントはハンカチじゃないほうがいい。そう思った。手を拭う布よりは、たぶん、あたためるグローブのほうが。何も綺麗にならなくてもいい。俺だけが汚いわけじゃないってわかっていたいから。二人は恋人関係だと知っているのはお互いだけだったが、それでもほどけないはっきりした結びつきを腹の中で了解していた。
愛や思いやりよりも数倍強い依存めいた飢えをかみしめながら、帰路についた。夕空には星が輝き、しらじらとした美しさは打算的な恋に一時の慰めをくれた。(了)
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢
目下祈月家に居候している年上の軍閥参謀、伊藤敬文が年末にはいなくなるというので、清矢は多少ながら憂鬱だった。もちろん、父親も帰省してくる。上司の家庭に入りびたりといった状況は居心地が悪かろう。寒くなってきた十一月の田舎町を、ふたりで買い出しに歩いた。母たちに言いつけられた買い物リストは全て補充できたはずだ。
「敬文。クリスマスはまだいるの?」
「えっ……と。そうだね、恋人になって初めてのクリスマスだから、清矢くんと一緒にいたいかな」
そう言って小さくはにかむ姿は年上ながら可愛い。それからあれこれ話をした。プレゼントは欲しいだとか、そのリクエストだとか。敬文はちょっといいマフラーをくれると言った。「清矢くんはハンカチとかでもいいよ」。そう言って薄曇りのグレーの夕焼けを見あげる姿に、なんだか切なくなる。
十歳差っていう不便さはいつだって感じている。清矢からすれば、もっと特別なアクセサリが贈りたい。イヤーカフとか、ブレスとか。あとはクラッシック曲のレコードとか、豪華な装丁の海外小説とか。だけど高校生が自由にできる金額は悲しいかな少ない。イチャコラ甘えてても微笑ましいで済んでるのはいいが、その先こそに興味があるのに、男は性的なふれあいには首を縦に振らない。
「同い年がよかったなぁ」
しみじみとつぶやくと、敬文はぱちくりと目をまたたかせた。
「あの、それって俺も高校生だったらって意味?」
そのパターンを想像していたわけではなかったので清矢は面食らった。だけど、何だか恥ずかしくて……大人になった自分についても想像なんかできなくて、思わずうなずいてしまう。敬文は少し目を伏せて、自嘲ぎみに否定した。
「それなら多分、君は俺の恋人になってくれなかったよ」
「そっかな……? 気になったと思うし、好きになったかもしれないじゃん」
「あの頃の俺は今に輪をかけてバカだった。剣しか取り柄もなかったし。俺なんて、君を教室の後ろから眺めて終わりだよ。詠に嫉妬したりさ」
「嘘だよ。そんなことない。敬文と遊んだりしたかったよ」
本音だったが、男は押し黙ったままだ。穏やかな顔つきに影がさしている。夕焼けが急ぎ足で去っていって暗くなってきて、道も田舎じみてきたところで、小首をかしげて尋ねてきた。
「ほんとうに? たとえば俺が告白したら、OKしてくれた?」
その姿は心細そうで、普段の穏やかながら頼もしい感じとは違っていた。IFにしても相当に無防備でナイーブな問い。清矢はもぞもぞしながらうなずいた。
「うん。だってやっぱり男同士の恋愛には興味あったろうし。今みたいに優しい敬文なのは変わらないと思うから……」
「ちゃんと優しくできたかな。例えば……なんか歯止めとか効かない気がする。あっという間に君に手を出しちゃったりとか」
「えー? ってことはやっぱり敬文は俺とそういうことがしたかったりして?」
「からかうなよ。ほんとに、高校生同士だったら……」
伊藤敬文は溜息をついて、清矢の肩を抱き寄せた。
「守れたかどうかだって怪しい。俺はその言い訳で、詠から君を奪ったのに」
このひとはわるいひとだ、と清矢は再三思い知る。清矢たちをめぐる政治情勢は微妙だった。父が敵対する鷲津総将はスキャンダルがでて解任寸前だ。海外に高飛びして家宝を持ち逃げしている兄は行方不明で、近所には魔族の女を信仰する眷属たちの集落がある。そんな中、高校生じゃ君を守れないんだ、と言って幼馴染カップルを引きはがしたのがこの伊藤敬文だった。彼にとっては清矢を守るのは、贖罪である。魔法を使った戦のために、清矢をはじめとした若者を従軍させた。清矢はすべての駆け引きにYESと答え、ブレーンを文字通り抱きこんだ。敵方からすれば、ほんとにわるいふたり。
「ん……敬文、あったかい」
議論には付き合わず、清矢は甘えて頬ずりした。通り過ぎる家からは夕飯の準備の匂いがしてくる。クリスマスプレゼントはハンカチじゃないほうがいい。そう思った。手を拭う布よりは、たぶん、あたためるグローブのほうが。何も綺麗にならなくてもいい。俺だけが汚いわけじゃないってわかっていたいから。二人は恋人関係だと知っているのはお互いだけだったが、それでもほどけないはっきりした結びつきを腹の中で了解していた。
愛や思いやりよりも数倍強い依存めいた飢えをかみしめながら、帰路についた。夕空には星が輝き、しらじらとした美しさは打算的な恋に一時の慰めをくれた。(了)#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #敬文×清矢