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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #[流砂を止めることができれば]

お題「麦茶」「汗」社畜営業リーマン×百歳超え吸血鬼(若見え)

「麦茶」「汗」

 営業が終わって直帰になった俺は滝山の家に転がり込んだ。滝山の家は実家から十五分、今じゃ公民館になっちゃった神社に隣接した平屋だ。夏、たしかに殺人級の暑さで、火の玉みたいになった身体をようやく日陰に押し込める。滝山の家は日本人の古くからの悪習でいちいち鍵をかけない。ガラガラと引き戸を開けて、靴箱と沓脱のある石敷きの玄関につっぷした。
「あ、真司お帰り。麦茶あるよ」
 滝山は居間から四つん這いで玄関を覗きこんできた。客が俺だとわかるとニコっと笑った。今は翻訳やらデータ入力やらの内職で身を立てている、らしい。着ているのは年代物の絣だ。藍が褪せて、それでもさらりと着心地よさそうに見えた。
 俺は靴だけとりあえず揃えて部屋の中にもぐりこんだ。この部屋にはクーラーはついてない、それでもアスファルトの照り返しよりはマシだ。古い間取りだから縁側なんていう代物まである。すだれの作る影はやわらかく、風鈴の音が風に涼を添える。
 滝山はお盆に麦茶のグラスを乗せて持ってくる。すとん、と膝を折ってきれいに正座。前髪を微妙に残した刈り込みでない素直な髪型。深い二重の大きな瞳と通った鼻にふっくらした唇。誠実とか清純を絵に描いたような風貌だった。明治初期の書生と言えばぴったりくる。
 滝山は接待のつもりか、袖を押さえてぱたぱたと団扇で扇いでくれた。この家は冷房もなく暑いはずなのに、汗ひとつかいていない。少しかすれた柔らかい声がすすめる。
「おかわりもあるから全部飲んでね」
 俺はカラカラとマドラーで氷をかき混ぜ、自分でも驚くほど一息に麦茶を飲みほした。ただの水よりも飲みやすく、乾いた喉にさらさら染み込んでいく。水分補給したせいか、どっと汗が噴き出る。畳に仰向けに転がって、埃じみた蛍光灯を眺めた。ふと思い出してカバンからタオルハンカチを出す。ざっと、有無を言わせぬ強さで滝山が手首をつかんだ。
「……ダメ。勿体ないから俺にちょうだい」
 滝山はそう言って俺の首筋に覆いかぶさって、湿った肌に唇をつけた。粘膜のはずの唇はやけに冷ややかで、歯を立てずに俺の汗じみた肌をすする。謙虚そうで誠実そうで実直そうな青年が若い男相手にそんなことをやってる、ビジュアルは正直やばいと思う。
「ん……美味しい、真司の血から染み出た味」
「それだと大抵の体液は美味しいってことになるけど!?」
「実際、美味しいよ。そりゃあ一番はアレなんだけど」
 何度も首筋を甘噛みし、目を閉じて喉を鳴らして塩の味を確かめてる。滝山はフラフラと起き上がり、ちゃぶ台に突っ伏して日陰の花みたいに笑った。
「いつか死ぬときは俺のとこに来てね」
 幼い頃たむろしてた親切なお兄ちゃんは百年を生きる吸血鬼だった。片親だった俺はたまたま入り浸ってしまって秘密を知るに至り、滝山の数十年単位のお楽しみとして、まだここに来ている。滝山が何歳なのかは知る由もない。生活様式からしたら、たぶんすれ違いもしなかった人だが。擦り傷を舐められたことで始まった関係は、厳密にいえば児童虐待とかそういう話にもなるんだろうが、滝山が他の誰かの血だか何だかを欲しがるだなんて俺には耐えられなかった。
 庇護者に準ずる存在への子供じみた執着。
 彼はいつまでも麗しいし、俺はいつかガキから社畜になって家庭でも持ってジジイになる。滝山の百年を通り過ぎていったにんげんたちの一人になる。
 死ぬときに、俺はようやくこいつに血をあげられる。でもその瞬間まではあと何秒ある? とても待てない。返事をせずに、押し倒す。アブラゼミの声、溶ける氷。秀麗な瞳が細くなって補食対象を値踏みする。じんわりと白檀に似た品のある香り。
 この魅惑的なひとでなしの、半分死んでるようなひやりとした肌触りを、俺はひたすらにむさぼる。(了)
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あおうま
J.K ローリング『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 』Kindle版

PS5を買ったんでホグワーツ・レガシーをやるためにハリーポッターを全履修しようと思っているんだけど、前の「炎のゴブレット」あたりから一巻が長くなってきていてシンドイ。
今回はハリーもようやく十五歳という年齢になり、思春期まっさかりでイラついている描写が延々と続く。アンブリッジ尋問官も絵に描いたような悪役で嫌な気持ちにさせてくれるw
ただし、魔法省・ダンブルドアたち不死鳥の騎士団・ヴォルデモート卿と三つ巴になってから読み応えは増してきた。また、今まで単なるいじめられっ子に過ぎなかったネビルの活躍も目をひく。この巻でも登場人物の退場があるのだが、なんだかあっけない感じもあった……前の巻とは違って栄えある犠牲にすらなれない。ほんとうに悼んでいるのもハリーのみのような気がして救いないのがリアル。ずっとポジティブな希望を与えてくれていた父親・ジェームズや周囲の友人たちの無遠慮な残酷さみたいなシーンもあって人間模様が複雑。
こんな真実はいままでの幼いハリーじゃ受け止められなかったろうと思う。ただ、スネイプ少年に同情してくれてありがとう、ハリー。やはり物語のヒーローは優しくなくちゃね。
全体的にスカっとするエンタメなシーンは少ない。それにしてもバトルものは魔法中心だと叫んでばっかりになりがちで工夫しなきゃならないなぁと思った。

#ハリーポッター
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あおうま
石原千秋『名作の書き出し ~漱石から春樹まで~』光文社新書422 kindle版

「漱石から春樹まで」の十五作の文学作品をテキスト論で文学史含めて分析。「作者の意図」だの「作者の実人生」とひたすらに関連させて文学作品を読解する風潮は薄れたとは言い難いのでいまだにこの種の啓蒙書の意味はあるのかと思う。完全な「作者の死」を夢想したくもあるけど、それは現実なかなか難しい。とくに古典やってると
それにしても文学作品ていうのは、不倫あり近親相姦あり娼婦あり同性愛あり偽装婚ありセックスありドラッグありで大変だ。ここにあげられた十五作品に、どの要素も含まない規範的なものは存在しない。どれもかなり性的な匂いが強い(もしくはそういうふうな面を強調して選別している)
山田詠美の処女作である『ベッドタイムアイズ』って視点人物はドラッグには否定的だし、「わりとおとなしいよな」って思ってしまうほどであるwww

ポルノグラフィと文学の境界はどこにあるんだろう? 「自慰用のツール」としてつくられてはないって部分かな~と思うが。フェミニズム文脈でのポルノグラフィの定義だと一方的すぎてずれてしまう(→参考 関西大学学術リポジトリ 「<ポルノグラフィ>批判とポルノグラフィを消費する経験との間で」http://purl.org/coar/resource_type/c_650...

あとトポス論として『痴人の愛』(谷崎潤一郎著)に対して『たけくらべ』を引き合いに出したりしているのだけど

千束町と言えば、文学にとって記憶されるべき町だった。樋口一葉『たけくらべ』の舞台で、 しかもその主人公は「美登利」だったのである。こういう背景を考えれば、「奈緒美」という 名前が「美登利」から連想されたものであることは、当時の読者には自明のことだったろう。そして、 譲治が暗示しているように、千束町といえば遊郭に近接した町である。 そこの子供たちを書いたのが、『たけくらべ』だった。だとすれば、 十五歳で女給に出されたナオミの将来は、ほぼ決まっていたも 同然だったのではないだろうか。

(石原 千秋. 名作の書き出し~漱石から春樹まで~ (光文社新書) (Kindle の位置No.383-388). 光文社. Kindle 版.)

こういう読解がいわば緻密なリサーチから遊離した職人的技術のようにみえて、浅い若者(私のことです)は憧れるわけ。結論自体はよいとしても、傍線部あたりの論はかなり乱暴だし、こういう部分を客観的に埋めていくのが研究であるという教訓を忘れないようにしたいところですね。
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あおうま
かわい恋『王と獣騎士の聖約』徳間書店 キャラ文庫 【SS付き電子限定版】

 なんという幸福。死ぬことは怖くないと思ってきたけれど、楽しみにすらできるなんて。

 神獣によって力を得た半獣人の戦士である聖騎士の親善試合によって外交が動くファンタジー世界。広大な湖をランドマークとするジーンヴェルグ王国は、敵国トール王国に追い込まれ、国ごと支配下に入るという状態にあった。頼みとしていた炎竜のクロードも好色なイルギル宰相によって引き抜かれてしまい、すでに手持ちの駒はない。風前の灯火といってよい状況の中、美貌の青年王ユリウスは共食いをする穢れた種と蔑まれる黒獅子と誓約を交わし、みずから聖騎士になろうとする。しかし、黒獅子ネヴィルは恩返しにと自ら人間姿で騎士としてユリウスに仕える。黒獅子はその後、忠誠の対価として肉体関係を要求し、ユリウスは王としての矜持と屈辱に揺れる。

ようするに獣人×王様という話で、展開に捻りはそんなにないんだけどその分丁寧で安心感があるように思った。ユリウスがだんだんほだされていく過程がうまく書きだされていた。独特だなと思ったのが黒獅子のある意味宗教的な共食いの習性。ケモノ状態の攻めとの濡れ場もこの建前があるから凌辱感が少なく盛り上がるシーンになっていた。悲壮な感じではないが、王が黒獅子のつがいにまで堕ちてしまうところに耽美なカタルシスがあるw これも幸せの形だよね、と感じられる、いいBL。
エロシーンは多め。痛みと快楽が同化するマゾな人ってそんなに多いのかなぁ、というのが素朴な疑問。個人的にはあんまり使わないんだけど、わりと見る表現だよね。取り入れてみようかなあ。

#[商業BL]
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あおうま
猫は宇宙で丸くなる【電子書籍版/4篇収録】 (竹書房文庫) Kindle版
https://www.amazon.co.jp/%E7%8C%AB%E3%81...

紙版の縮約のようだ。猫SFというとまっさきに思い出すのがハインラインの『夏への扉』。文庫本表紙が白キジ猫の後ろ頭なのは言わずもがな。科学技術やガラスやプラスチックや金属の横溢するSFに猫が出てくると、生命のぬくもり、放逐された「自然」を感じられる気がする。
そのほかの猫にまつわる幻想文学やSFを集めたアンソロジー。同様の試みは当然ほかにもたくさんあるようで巻末にはブックガイドもある。
所収作品はジェフリー・D・コイストラ「パフ」、デニス・ダンヴァーズ「ベンジャミンの治癒」、ナンシー・スプリンガー「化身」、ジョディ・リン・ナイ「宇宙に猫パンチ」の四編。ほかの所収作品もkindleでより抜いて読めるようでそれも抑えていこうかと思う。ペットロス問題の解決をはかった「ベンジャミンの治癒」がとくに面白かった。結末に感動! やっぱり動物ものはこうオチてくれないとなとw 

ほか、巻末にあげられている猫SFブックガイドのうちアンソロジー以外を写しておく。

・ロバート・A・ハインライン「宇宙での試練」(1948/ハヤカワ文庫SF『地球の緑の丘』)
・アーサー・C・クラーク「幽霊宇宙服」(1958/ハヤカワ文庫SF『90億の神の御名』)
・アイザック・アシモフ「時猫」(1942/ハヤカワ文庫SF『ガニメデのクリスマス』)
・パメラ・サージェント「猫は知っている」(1981/扶桑社ミステリー『魔法の猫』)
・サキ「トバモリー」(1909/白水社『クローヴィス物語』)
・シオドア・スタージョン「ふわふわちゃん」(1947/早川書房『一角獣・多角獣』)
・タニス・リー「ナゴじるし」(1985/ハヤカワ文庫FT『ゴルゴン』)
・ジョージ・R・R・マーティン「守護者」(1981/ハヤカワ文庫SF『タフの方舟1 禍つ星』)
・レイ・ヴクサヴィッチ「キャッチ」(1996/東京創元社『月の部屋で会いましょう』)

#SF
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あおうま
#鏡花

泉 鏡花『照葉狂言』Kindle版
→本文はhttps://www.aozora.gr.jp/cards/000050/fi...

 朝より夕に至るまで、腕車、地車など一輌も過ぎるはあらず。美しき妾、富みたる寡婦、おとなしき女童など、夢おだやかに日を送りぬ。
 日は春日山の巓よりのぼりて粟ヶ崎の沖に入る。海は西の方かたに路程一里半隔りたり。山は近く、二階なる東の窓に、かの木戸の際なる青楓の繁りたるに蔽おおわれて、峰の松のみ見えたり。欄に倚りて伸上れば半腹なる尼の庵も見ゆ。卯辰山、霞が峰、日暮の丘、一帯波のごとく連りたり。空蒼く晴れて地の上に雨の余波ある時は、路なる砂利うつくしく、いろいろの礫あまた洗い出いださるるが中に、金色なる、また銀色なる、緑なる、樺色なる、鳶色なる、細螺おびただし。轍の跡というもの無ければ、馬も通らず、おさなきものは懸念なく踞居いてこれを拾いたり。


泉鏡花の初期の短編のうちのひとつ。以前『薬草取』を読んで、つぎは『照葉狂言』を読もうと思っていたので。
というのも山尾悠子『迷宮遊覧飛行』の中に鏡花選集の解説があり(女史は卒論も鏡花だとか)その解説中より気になった編を読んでいる。
大学の近代文学ゼミでみんなが『外科室』を読み倦んでいた(笑)思い出があったりもするw
『照葉狂言』とは江戸時代後期から明治時代にかけておこなわれた能狂言に歌舞伎や俄、音曲などを加えた大衆演芸のこと。
娼館の忘れ形見、貢(みつぎ)は目が溶けるような美少年。母を亡くし叔母に世話される孤児の彼は隣家に住む年上の継子・雪に思慕を抱いている。
ガキ大将率いる男の世界からは隔絶し、ひたすら女に愛でられて過ごす彼は、ある日金沢にやってきた照葉狂言の一座で師匠小親に見初められる。
生家が花札賭博で捜査され、行く当てをなくした貢は卑賎とみくだされた芸人の世界に身を投じる。八年後帰ってきた彼が見たのは、洪水の被害で見る影もなくなった古郷であった。
ストーリーはこんなところ。とかく性とは無縁に女性に愛され満たされる母なし子の幼年期を描く。
姉様としたった雪も、牛若に扮して中性的魅力凛凛たる小親も、すでに女の弱さにとらわれ、婿にとった養子には折檻され、リュウマチで体はままならず、零落の瀬戸際にいる。
「男性ではない」貢は恩人のどちらも救いえず、おさなきもののまま成長した彼は、尼が謡う幻想の山寺にたどりついたのち、ただ一人出奔してしまう。
堕落ののちの貧窮や凄惨を長々と述べるのは鏡花の美学ではないのだろう。
次は『戦国茶漬』か『天守物語』を読みたいがたぶん『天守物語』かな。
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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負]

お題「同窓会」「陽炎」(※死にネタ 大学生×浪人生)

 その報せの締め切りは一ヶ月前だった。小学校の同窓会についての案内の返信は、オンラインのフォームへの投稿式で、わら半紙のプリントに鉛筆で書き込みしていたあの頃とは隔世の念があった。俺は悩みに悩んで、「欠席」にチェックをした。絶賛浪人中だったからだ。それに小学六年のころのクラスは学級崩壊で有名で、教師も典型的事なかれ主義のクソ野郎だった。「出席」したい理由はひとつしかなかったが……三対一。多数決で欠席が勝ち。
 当日、浪人二年目ということで入ってしまったコンビニバイトから上がる。メッセージアプリを見ると中学の仲間が今日の同窓会について騒いでいた。二十歳記念として居酒屋で開催することになったその宴はどうやら二次会に突入しているようだ。俺はなんとなく一次会の会場に足を向けてみた。……佐伯和泉(さえきいずみ)がいるかもしれないから。同窓会で俺を待ってるやつなんかあいつ一人しか思い付かない。
 全国チェーンの安っぽい居酒屋の看板の前に、あいつがいた。少し線が薄いのは変わらないが身長のほうが大分デカくなっていた。和泉はにへらっと笑って大型犬のように駆け寄ってきた。
「悠馬~! ひっさしぶりだなあ。どうして参加しなかったんだよ~!」
「よす。どうしてもバイト抜けらんなくてさ。和泉、身長伸びたな」
「高校の頃にけっこうね。バスケ部入りゃあモテたかな?」
 和泉はブランクを感じさせない屈託のなさで俺を迎えた。浪人という立場のせいでまだ誰とも飲み会に行ったことのないストイックな俺はお目当ての和泉だけを釣れて満足だった。
「ここ、まだ席空いてる? 二人で飲もうぜ」
 くいっとビールジョッキを飲む真似なんかする。和泉は困ったように笑って首を横に振った。
「ううん。二人で遊び行こう」
 そして俺たちは夜の街を歩いた。電車に乗りこみ、臨海公園のある駅で降りる。二人の会話は小学生の頃の行儀のよさがまだ残っていた。和泉は人をイジったりするタイプではなかったし、俺はそんなこいつのおっとりしたところが好きだった。宇宙飛行士になりたいです、なんててらいなく言うまっすぐさは俺になかったのに、よく話しかけてくれたのだ。
 駅から臨海公園までほとんど人気のない道を歩く。
 しかし俺には宇宙飛行士の夢について聞く無神経さなんかないから、中学で学区が離れて以来会えなかったこいつに、ただ自分の不甲斐なさだけを訴えてギャグにしてた。
「和泉はどこ大受かった? 俺は停滞中」
 大型犬はぱっと表情を心配そうに変えて首をかしげた。
「え、でも悠馬は頭よかったじゃん。それに医者になるのが夢って……医学部は難しいっしょ、今年はうまく行くよ」
「や、ちゃんと別の学部も受けるわ。んで、和泉はどうなの? 彼女とかいんの?」
「……ブルーバックスをレーベルで読んでるような女の子がいればいーんだけどね」
 可愛い系の顔がやや皮肉げに歪んだ。昔自慢げに教えた新書のレーベルの名前なんか出されて俺は恥ずかしくなった。昔はそれだけで自分を神童って感じてたもんだ。でも、和泉がその後に付け加えた大学名は、確か宇宙航学科があるマンモス大学だった。医学部もあるけど、俺は学費を考えるととても行けないところ。
「和泉はちゃんと第一志望っしょ?」
 さりげなく注意しながら聞くと、和泉はうなずいた。駐車場を越えて、砂防林が茂る道を行く。足音がやけに高く響く。
「いいよなー、大学生活だなんてうらやましいわ。俺もサークルとか入るのかなあ、飲みサーってほんとにあんの?」
「そんなとこ入りたいの?」
「いや行かんけど。興味と言うか」
 和泉は苦い笑みを浮かべて、俺の頭をつむじからくしゃくしゃっと撫でた。
「悠馬にそんなの、似合わないよ」
「俺にも健全な男子としての交際へのキョーミってやつがですね」
「じゃあ俺とすればいい」
 和泉はそう言って俺の頭のてっぺんに口をつけた。えっ、鈍感な素振りで流すこともできるけどこれはさすがに無理。
「和泉って……えっと、LGBT的な人だったの?」
「そーかも。初恋に浸るくらいはアリにしといて」
 俺は心臓がせりあがってくるくらい緊張してた。だけど簡単に振りほどいたり、今ここで「ストレートだから」なんて濁しても仕方がない気がした。だから黙っていた。だってマトモに話すのもほぼ八年ぶりだぞ。そんな相手とノリで付き合えるか。社会的にはとんでもない弱者の俺が。
 海沿いの柵にもたれて闇の中の海を見てた。
 意気地無しの沈黙が波音とともにこごった。和泉は呼んだ。
「ゆまくん」
 それはあの頃の呼び名だった。まるで新しい関係を告げる合図のようだ。俺は抗えずにやつからのキスを受けた。

 同窓会では卒業式に提出した「未来の自分へのメッセージカード」が配られていた。欠席者には郵送だ。わら半紙のプリントにはたどたどしい字で過去からの挨拶があった。「医者になれましたか? 薬剤師でもいいです」って、順風満帆でもまだ学生だよって負け惜しみを言ってやりたい。ついでになぜか「一緒に宇宙行こう!」と和泉の字でメッセージが書き加えられていた。和泉はキスのあと、「待ってる」ってだけ言って俺を海浜公園に置き去りにした。
 俺は夜風に吹かれて宵闇の先を見つめてた。やがて朝が近くなって空は白んだ。
 送り主の幹事には、お礼のついでを装って和泉の連絡先を聞いた。
 翌春、俺は国立の医大にどうにか引っ掛かった。和泉とは違う大学だったが、すでに無意味なことだった。
 幹事によると、和泉は大学の新歓コンパで飲まされて、急性アルコール中毒で逝ってしまったらしい。欠席した同窓会では、家へのお悔やみメッセージなんかも募集されたようで、俺も末席を汚させてもらった。幹事の女の子は、俺が来なかったのはその訃報が理由だと思ってたみたいだった。
 その「死の飲み会」にもし、俺が一緒にいたら。きっと断ってやれたのに。このスペシャル陰キャな傍若無人さで。
 諦めるのをやめた俺は、春の陽炎の中を振り返る。そこに居るのかも、という僅かな望みと共に。お悔やみにはこう書いた。
 俺もお前と一緒に、宇宙まで行きたかったよ。(了)