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あおうま
「鼻歌」「小さな幸せ」
望月充希(もちづき・みつき)&櫻庭詠(さくらば・よみ)&祈月清矢(きげつ・せいや)Arcadia Magic Academy Ver.

 俺は夏が好き。冷え性で冬は末端が冷えるから。風属性塔のサロンでそう言ったらルームメイトの充希は反論した。
「えー、清矢くんに似合う季節って冬じゃない。夏男は俺でしょ? 海辺のアバンチュール、階段でかじるオレンジだよ」
「冷たい性格とかそういう俺への間違ったイメージじゃねぇだろうな?」
「うーん、お肌はもち白だし、瞳は紺色に潤んでるし、髪は真っ黒だもん、それに唇は紅玉リンゴ色なんだから、かんじき履いて雪かきしてなさいって」
 なんだそれ、って言い返しながら、持ってたココアを飲み干した。充希が追加してくれたオレンジリキュールのお陰でちょっとした豪華ドリンクになってる。氷のようだった指先はおかげで少しほぐれてる。
「なーなー、それって、清矢くんがかわいいってこと?」
 仕事の多い聖属性塔から避難してきてた詠が人懐こく会話に参加した。充希は長めの茶髪をちょっといじりながらうるさそうにシッシッと手を振った。
「あっひでー! 何厄介払いしてるわけ?」
「清矢『サマ』はさー、可愛いとか言われてうれしーの?」
「嬉しいかって言われると……」
 はっきり『美形』って言ってくれたほうが俺は嬉しい。充希は自分もオレンジ風味のココアを口にしつつ、詠をいじり始める。
「何かなー、自分の恋人が褒められると詠ちゃんは楽しい訳ね。気のいい男前に見えてそういうとこは重たいよね詠ちゃんって」
 そう評してから、ぐさりと返す刀。
「別にいいじゃん、俺がどう思ってても。詠ちゃんは清矢くんの一番のペットだし。詠ちゃんが可愛いって思ってればそれで充分でしょ」
「ペットじゃねー! 俺は清矢くんの親友で、恋人! 充希マジ訂正しろよな」
「バーカ。下らねーことでもめるなよ」
 俺はそう言って詠の短髪をわしわし撫でた。充希は何かわざとっぽく知らん顔してる。もしかしてナンパ失敗したんだろうか。それとも女の子目当てで参加してるサークルで冷たくされたとか?
 俺はそんなふうに思って、充希の肩をするりと抱いた。
「充希も詠もどっちも俺の下僕♡ 可愛いわんちゃんたちだぜー」
「あは、清矢サマ太っ腹♡ 俺も詠ちゃんみたいにクンクン甘えちゃおっかなー?」
「ざ、ざけんなマジ! 清矢くんは俺の!」
 詠が隣からぎゅうっと俺の胴に抱き着いてくる。同年代とベタベタする年は過ぎたって思うけど、俺はどっちも大好きだからばかに嬉しかった。
「充希、何かあったんだろー? 今夜は清矢サマが肌で慰めてやるから安心しな♡」
「キャー、清矢くんの熱で充希燃えちゃう♡ じゃーソフトドリンクなんかじゃなくて今夜はどっか飲みに行かない? もちろん清矢オゴリで♡」
「普段お世話になってるからそれくらい安いよなー、詠♡ 愛にケチケチすんじゃねーよお前ってやつはよ!」
「んーっ、三人でいっぱい仲良くしよ♡ 寄ってきたおねーさんは俺に回してね♡」
 充希はギリギリのネタも冗談めかして合わせてくれた。ほっぺに軽いキスまで追加である。俺はこいつのこんな柔軟さと器用なとこが好きだ。詠はそれ見て悔し気に眉を吊り上げて、涙目になって俺の脇腹に頬ずり。しっぽはきゅんっと高角度に上がってる。ホントわかりやすくて可愛いのな、こいつってば。
 男子三人でおしくらまんじゅう状態になったら、サロンで香炉だの祝符だの用意してたミル・イシュガルド・サルーマはビビってるっぽかった。ま、ローク神殿の巫女さんなんていう究極の箱入りはこれぐらいでも刺激が強いんだろーな♡
「……なー。それなら行く前にみんなで剣術の調練していかね? 身体もあったまるしさー、俺、充希に勝ちたい」
「へー、生意気言いますねぇ? 清矢くんどーする? 審判でもやりますぅ?」
「賄賂期待してる。さー充希くんは俺に何してくれるのかなぁ♪」
「うん、調練所十五周くらいマラソンしてくれればいいなぁっておにーさんは思ってるよ♡」
「もーホントどっちもバッカじゃねーの? ミル見てるじゃん、俺はずかしーよー」
 詠の文句なんか気にせずに俺は席を立って、マグカップの片づけは詠に任せちまった。充希も倣って、貧乏くじひいた詠は怒ってる。リクエスト通りに練習に付き合ってやるんだって圧かけて、笑いながら寮部屋に戻ってく。
 っていうか、やっぱりこういう瞬間がささやかだけど一番幸せかも。
 男子仲間特有の気だるい親密な空気をまとってサロンを後にする。『ウィリアム・テル序曲』なんて鼻歌しつつ、青春も一枚剝けばこんなもんだって、冬なのに寒さを気にせずにいた。(了)

#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #ComingOutofMagicianYozora #[創作BL] #充希×清矢 #詠×清矢
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あおうま
いとうせいこう著『想像ラジオ』河出文庫 二〇一五年

想像力をメディアとし伝わるラジオ、という体の一人語りではじまる。二〇一一年三月の東日本大震災で犠牲になったDJアークが自身の記憶や出自を語り、ときには別の死者たちと交感しあう「想像ラジオ」。物語は入れ子構造になっていて、喪った恋人との会話シーンを書き続ける作家Sたちの「生者の世界」と想像ラジオは「想像ラジオの聞けない人」という設定で複雑に交わる。
ところで、被災に思いをはせる、つまり死者の嘆きを想像するとはどういうことだろう。作中でも被害者でない他人が死者を語ることについて、震災ボランティアの青年が

その心の領域っつうんですか、そういう場所に俺ら無関係な者が土足で入り込むべきじゃないし、直接何も失ってない俺らは何か語ったりするよりもただ黙って今生きてる人の手伝いが出来ればいいんだと思います

あからさまにバランスをとるように投げかけるけど、その欺瞞を乗り越えても死者の声を聴こうと悼むべきだ、というのが作者の主張なのかな。

「亡くなった人はこの世にいない。すぐに忘れて自分の人生を生きるべきだ。まったくそうだ。いつまでもとらわれていたら生き残った人の時間も奪われてしまう。でも、本当にそれだけが正しい道だろうか。亡くなった人の声に時間をかけて耳を傾けて悲しんで悼んで、同時に少しずつ前に歩くんじゃないのか、死者と共に」

でもこういう感覚は生者と死者のかかわりを考える上で普遍的な文学テーマだと思う。文章は会話中心だけど上記のとおり入り組んでるので、いまいち読みづらい。

あと、もちろんラジオなので文章上でもところどころで指定BGMがかかるんだけど、流しながら読むと気分もよくおすすめです。

1.ザ・モンキーズ「デイドリーム・ビリーバー」
2.ブーム・タウン・ラッツ「哀愁のマンディ」
3.フランク・シナトラ「私を野球につれてって」
4.ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ「ソー・マッチ・ラブ」
5.アントニオ・カルロス・ジョビン「三月の水」
6.マイケル・フランシス「アバンダンド・ガーデン」
7.コリーヌ・ベイリー・レイ「あの日の海」★
8.モーツァルト「レクイエム」(死者のためのミサ曲)
9.松崎しげる「愛のメモリー」
10.ボブ・マーリー「リデンプション・ソング」

#読書
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あおうま
河出文庫 塚本邦雄著『十二神将変』
#読書

現代歌人の雄、塚本邦雄氏のミステリ長編小説。戦後まもないころ、特殊魔法陣形の花苑にて罌粟を栽培する秘密結社があった。構成メンバーは茶道の貴船家、薬種問屋の最上家、花屋と菓子屋を経営する真菅家。その親戚の飾磨(しかま)家の長女と長男が、結社の秘密とともに殺人事件の犯人を追う。筋立てはこういう感じなんだけど、殺人にはトリックとかはなく、真相は「一番必要もないのに名前だけ出てきた人」って感じなのでミステリとしては肩透かし。じゃあ本書は何かというと、やはり博覧強記で独断偏見の歌人、塚本ワールドの具現化という点で意味がある。昴山麓にあつらえられた罌粟栽培のための「虚(おほぞら)の鏡に写る魔法陣暦法」なる花園のほうがよほど凝った趣味であり、供せられる懐石もすべてゆかしい。

飯は尾花粥、それも文字通り薄の幼い穂を焼いて煮込んだ黛色の粥、向付は丸につかねた木耳の黒和へを紅染の湯葉に載せて花札の名月を象り、吸物は滑茸の清汁(すまし)に金木犀の蕾を散らして池の黄葉(もみぢ)、煮物は銀杏と焼豆腐の葛引、焼物は裏漉の栗を拍子木に固めて白みその田楽に仕立、八寸が胡桃の空揚に秋海棠の蘂をほぐしてふりかけ女郎花の趣、鉢は胡麻豆腐と青紫蘇の穂、肴は柚子で鮮黄に染めた秋薔薇の蕾の甘露煮に糸蓼をあしらひ、菓子は真菅屋の「飛雁」、彼岸と落雁をかけた銘菓で煎った榧の実を七、八粒づつ道明寺で包みこころもち塩をきかせてある。

これだけ粋を尽くしてあるように思えても次章で

それはそうとあそこの茶事も雑になつたもんだ。法要後廻しの懐石は空きっ腹に忝かつたし、まあ茶室ぢやないから四角四面に作法通りとは言はぬにしても、いきなり二の膳つけて汁も吸物も八寸も強肴も一緒くた。田舎の婚礼はだしだぜ。

と嫌味を言われるんだからなかなかに手ごわい。話者の空晶は「ともかく語学、数学は教師も舌を巻き十五の歳には英英辞典を机上において授業を受け翌年は一周遅れのル・モンド紙を貰つて来て休み時間に耽読、数学の時間には机の下でエルランゲンの目録等を原書で盗み読みしながら指名されれば聯立方程式くらゐ瞬く間に解いてけろりとしていた」という意味わかんないサンスクリット学者。中盤で驚きの相手とBLするし、盛沢山である。塚本ワールドに浸るための書。

翻訳家・岸本佐知子が語る、わたしの百読本「だしの効いたおいしい日本語を読みたい」 ここにもレビューがあるのでよろしければ。
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あおうま
「髪を染める」

#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #流砂を止めることができれば
 
 桐島英司は自他共に認めるナルシストなので、インターンシップのために黒髪にするというのは非常に心外に感じた。
「半ば強制っていうのが嫌なんだよ。俺の地毛は栗色だ。何で、黒くしなきゃいけない……パーソナルカラーだってイエローベースだ。黒髪じゃ野暮ったいにもほどがある」
「ぱぁそなるからぁ? 英司くんは相変わらずいろんな概念を教えてくれるね、年寄りには役立つ」
「……まぁ簡単な見分け方として肌が黄味がかってるかそうでないかってだけだね。お前なんか今は片身替わりで紺と白だが、ブルーベースの人間の着る色ってことだ」
「これは単にかさねの色目だよ。乱立の地紋もあるからしゃれてるんだがな」
「終わったらすぐに染め直してやる。まったく嫌なものだよ」
 公民館の横にある年代ものの平屋、その八畳居間のこたつでくだをまく英司に、滝山到は緑茶を出してやっていた。石油ストーブが部屋を暖め、ごちゃごちゃっと新聞や雑誌、それに眼鏡や爪切りなど些細なもので埋め尽くされた部屋は、まるで巣籠もりの根城だ。 滝山到とはバイトの接客で知り合った。和装で丁寧な物腰に惹かれて、また彼も英司の生意気をさわやかだと歓迎したので、家に上がり込んだりの付き合いが続いている。
 しっとりした地の湯飲みをぎゅっと握りしめながら、英司はさらに言い募る。
「結局処女信仰に似てるのさ、黒髪の強制ってのは。ナチュラルメイクって概念に含まれてる矛盾とも同じだね、何も手を加えてないかのような状況をあえて作り出させるっていう人間の愚かさだ」
「髪、痛んじゃった? 俺も前みたいに明るいほうが似合うと思ったな」
 到はそう言って半纏を着込んだまま英司の後ろに回って、黒く染め直した髪を見分しているようだ。少し触れられても、英司はいちいち咎めなかった。到は英司の舌鋒も柔らかく受け流す柳のような男で、棘も抜かれがちである。
「今は整髪剤でセットしてあるから分からないけどお前の言う通りだろうね」
「そっか……剃り上げたりはしないの?」
「そこまで迎合する意味あるかい? ……本命の企業じゃない。せいぜい休み中に働いて伝手を作っておくだけの滑り止めだよ」
「このへんとか、青々として色っぽいんだけどな」
 到は含み笑いをしてすっと人差し指を襟足に滑らせた。英司はひゃっと悲鳴を上げる。
「やめろよ! まったくお前はそういう思わせぶりなことを……!」
「ふふ。本命の企業に受かっちゃったらもうウチみたいなところには来なくなるからさ。味見ってわけだよ。童貞のうちに」
「どっ、童貞じゃない! 何を言い出すんだお前は!」
「俺も案外その信仰あるの。それが一番美味しいんだよ」
 到はそう言って両肩に手のひらを置いてきた。しなりと肩に柔らかい重みがかかる。豹変したような人をあざ笑う笑みに、英司は大仰に飛びのいた。
「い、いやだ、御免だ!」
「なんで。はじめてぐらいは俺にちょうだい。ここまで仲良くなったのに据え膳のみって言うのはつれなすぎる」
「男に犯される趣味はないよ! そりゃあ同性愛者なのは知ってたが。あの冴えない不動産屋の営業風情とにしてくれ!」
 もう一人、到の家でよくかち合う青年を身代わりにあげてみたが、彼はあしらうように首をかしげた。
「犯されるって。うーん、みんなそっちを想像するんだなぁ。それよりももっと効率よく精気を注ぎ込む方法があるじゃない。ねえ、俺じゃダメ?」
「そ、それよりももっと効率よいって何だよ、お前……」
「君が居座ってると鹿目くんとはできないからさ。もう空腹で干からびそう」
 到の目の色は剣呑だ。ほのめかされた意味すらわからないうぶな英司はごくりと唾を飲み込んで……ふいっと横を向いた。到が取引をしようとする。
「……じゃあ選ばせてあげる。経験だけはさせてあげるから、インターンシップ終わったらまた来てね。そこまでは取っておいて」
「ふん。私たちの間にまでそんな恋情を持ち込むとはね。しばらく出てくよ」
 英司はそう言ってマフラーとコートを身に着け、そそくさと平屋から逃げ出した。到はその背を恨めしそうに眺めていたが、引き止めなかった。
 一人きりになってからこたつに入りなおしてつぶやく。
「もうちょっと強引に行ってもよかったかなぁ。まったく美味しそうな匂いさせちゃって。血を吸うっていうのもありだけど、正体がバレやすいからなぁ……」
 そして到は年代物の折り畳みガラケーをぱっと開いて、もう一人確保してある食料、要するに鹿目真司に電話をかけようとしてしばらく思案にくれ、やめた。
「……いいや。一回きりならどっちみち意味ない。もうちょっと懐かせるか」
 まったく吸血鬼も楽でない。誰かひとりにターゲットを絞れればいいのだが、それは相手の都合上、あり得ないだろう。英司が現れたからといって、今まで慕ってくれていた鹿目真司を特別扱いしてやらなかったのは自分だ。こんなにわずかに触れただけで、終わってしまうような関係だったのに。
 自分の身勝手さに嫌気がさしてきて、到は床にうつぶせた。人外の身で人じみた感情を捨てられないのが悔しかったが、人を贄としている以上仕方ないだろう、と居直りすらしたい。到は百年を生きてなお、老成しきれずにいるのだった。(了)