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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #マリーベル×夜空 #ComingOutofMagicianYozora

お題「スーツ」「イメチェン」ウィリアム・エヴァ・マリーベル×祈月夜空

 大晦日、クリスマス休暇で多くの学生が寮を出ている時期だ。夜空の弟の清矢と友達の充希は居残り組を集めて風属性塔でオールナイトパーティーを開くことになっていた。夜空も誘われており、夕暮れのどこかほぐれた空気のなか、ジャケットだけ羽織ってお菓子片手にサロンへと急いだ。
 風属性のエメラルドグリーンの魔法石が鎮座する大理石造りのサロンには、紙のモビールやバルーンで飾りつけがされていた。清矢と充希がいないので探したが、彼らはどうやらキッチンで何かご馳走をこしらえているようだ。夜空は教えてくれたミル・サルーマやマリアンヌといった綺麗所と共にロゼシャンパンを片手に待つことにした。
「今夜、マリーベル先輩はお越しになるんでしょうか?」
「誘ってたし来ると思うよ」
「わたくし、信仰について先輩とお話したいですわ! 普段は何か避けられていて……」
「気のせいじゃないかな? ウィルは理由なく人を遠ざけるようなことはしないよ」
 噂をすれば影というもので、四半時も待たないうちにウィリアム・エヴァ・マリーベルが花束片手に登場した。場が華やぐとはこのことだ。普段はお仕着せの修道服だが、カーキグリーンのスーツに、濃いブルーのファッションシャツを合わせ、ノーネクタイで決めている。金髪緑眼、意思の強そうな美貌の青年が鮮やかに着飾って現れ、ミルもマリアンヌも修道女という立場なのに浮かれ騒いだ。
「きゃぁあああっマリーベル先輩! スーツお似合いですわっ」
「素敵ですね、モデルさんみたいです」
 あっという間に女の子ふたりに囲まれている。夜空も頬を紅潮させながら取り巻きに加わった。
「ウィル、素敵だよ! 君もそんな恰好をするんだな」
「夜空……いや、パーティだと言うから。セイヤやミツキはまだか?」
「キッチンで何か準備してるみたい。俺たちは先にお酒いただいてるよ」
「私はビールがいい」
 ウィリアムはポケットに手を入れつつ夜空のとなりに座った。清矢・充希・詠の三羽烏が大皿いっぱいのミートローフを持って登場する。料理のにおいをちょうど嗅ぎつけたのか、葉海英・貞苺兄妹といったアジア組、またオルク・ジェド・アースシーといったアルカディア島出身者なども集まり始めた。詠が聖属性塔制作のワインを栓抜きで開け、清矢の号令でパーティの幕が切られる。女の子は花に引き寄せられるミツバチがごとくに着飾ったマリーベルに声をかけていく。
「夜空、切り分けるの手伝ってくれよ!」
 弟のくせに態度がでかい清矢が上から目線で言いつけてくる。恋人の美しさに浮ついた気持ちになりながら、夜空は日本人グループの輪に入っていった。
 ……一年をしめやかに追想するといったまじめさとは程遠い、騒いだパーティが始まった。レコードでジャズやオールディーズがかかり、ロンシャンで勉強漬けだった夜空は曲目をいちいち清矢に教えられる。気づくと、ウィリアムと話す機会はほとんどなかった。ニューイヤーカウントダウンがはじまり、特別に図書館で鐘が鳴らされると同時にクラッカーがはじける。みな酔いまくっていて、笑い上戸の清矢などは詠の一言一句をからかって楽しそうだ。
 手洗いに行って熱を冷ましたくて階下に降りると、ウィリアムもやってきた。暗がりに明るい色合いの青年が浮かびあがる。ファッショナブルな装いに身を包んでも、育ちの良さは隠せずに、姿勢はよく所作も丁寧だ。階段に座っていた夜空はへにゃっと笑って手をこまねいた。
「ウィル。君も酔いざましかい?」
「ああ。夜空、君を追ってだ。まったくマリアンヌは軽薄な……修道女だという立場を分かってるのか」
「君のことが好きなんだよ、かわいいものじゃないか」
「……私の恋人は君だ」
 仏頂面になりながら、ウィリアムはそう言った。生真面目なその物言いがくすぐったく、夜空はいきなり唇にキスした。とたんにウィリアムは赤くなってそっぽを向く。
「あけましておめでとうございます。来年もよろしく」
「……ああ、君には来年も驚かされそうだ」
「えへへ。こんなサプライズなら任せて」
 笑いながらそう言って頬を小突く。横から思いっきり抱き着いて、ぬいぐるみにするように頬ずりした。汚れなんてなさそうな美貌も、ひたむきなまっすぐさも、照れ屋なところだってみんなみんな、今だけは、俺のもの。パーティを抜け出した二人だけの幸せに酩酊しながら、夜空は特別な夜に感謝し、ウィリアムの肩に頭を預けた。(了)
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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #詠×清矢 #ComingOutofMagicianYozora

お題:「お花見」「花びら」櫻庭詠(さくらば・よみ)×祈月清矢(きげつ・せいや)

 三月初旬、そろそろ試験だって言うんで授業も追い込みが始まったころ。トモダチの充希が俺にこっそり耳打ちしてきた。
「レダ・アチュアンの実家に行く約束したんだけど、疑われないよーに清矢くんと一緒に来てくんない?」
「どうせ荷物持ちだろ。気があるなら一緒に行ってやればいいじゃん。俺たちなんて邪魔なだけじゃね?」
「いや、レダってローク神殿の巫女さんだしさ、変な噂が立つとヤバい訳。清矢くんもなんかピリピリしてるし、詠ちゃんデートぶって途中で連れ出しちゃってよ。ちょうど花盛りの時期で綺麗らしいよ」
「べつにいいけど……レダが好きなら男らしく最初から隠さねえほうがいいと思うぜ」
「うーん、詠ちゃん、芸もなくまっすぐならカッコいいって思ってる? 女の子はそんなんじゃ乗ってこないよん。レダがその気なら俺も考えなきゃいけないこといっぱいあるし、本心探りたいの」
 俺はしぶしぶ了承して、その週の休日は四人でレダの実家に行った。「夢見」の占いをつかさどる巫女さんだし、充希になんか脈はないんじゃないかなーと疑りながら。車や馬車よりも牛が荷車を引いてる広い舗装されてない道路ぞいに、アーモンドが街路樹に植えられて咲きほこってる。どこか懐かしい桜そっくりのたたずまいに、俺の心は踊った。
「清矢くん! 花盛りだぜ、ちょっと見ていこうよ」
「ここの花は取っちゃダメ、実を収穫するから」
 テンションを上げた俺たちに、レダがまなじりを吊り上げる。充希が諭すと、レダは納得したようだった。
「じゃあお二人さんはここで待ってなよ。俺が荷物持ってくから」
「充希、平気か? 一人で全部はけっこう重たいぜ」
 俺たちが裏で通じてるなんてまったく知らない清矢くんは目をぱちくりさせた。俺はレダの本を持ってた清矢くんの手を引く。
「なぁ、お花見しよーぜ。俺、清矢くんとデートしたいよ」
「でも……帰りでいいじゃん? まず荷物運んじまおうよ」
「清矢くん、だいじょーぶだから。俺力持ちだし♪」
 にこっと笑う充希は、ボストンバッグを無理やり背負って本まで持つとあからさまにフラついてた。でもまあ恋のためだもんな。ちょっとわざとらしい一幕を挟んで、俺たちはその場にとどまった。
「……おおかた、充希に頼まれたってとこ? レダとなんか恋仲になったら大変だぞ、打ち首でもおかしくない」
 鋭い清矢くんは気づいちゃったけど、俺はアーモンドの幹に清矢くんの背を押し付けて、両腕で閉じ込めてキスした。ワーオ! って子供がはしゃぐけど聞いちゃいねぇ。俺の箱入り王子様、清矢くんは眉をひそめてる。
「なーにやってんだよ、詠。そだな……ギャラリーもいるし、ここは外だし……」
 清矢くんは柔らかく俺の腕から抜け出すと、木の根元に座り込んで服の中からハーモニカを出した。そして形いい唇を湿らせて、錫の楽器にそっと滑らせる。祈月の家に伝わる『風の歌』の不思議な旋律だけが透明に響いた。
 とたんにざっと吹きわたる、無慈悲な風。舞い散るピンク色の花びら。散りかかるきらきらした花弁に彩られて、細面でうつくしー清矢くんの憂い顔は完璧に絵になっていた。
「悪戯しちゃダメだな、別の曲にするか」
 俺は落ちてきた花びらを器用につかまえて、清矢くんに見せようとした。ようやく微笑んで、清矢くんは俺の前髪に手を伸ばす。
「ついちゃってるぞ、花びら……ベタなアピールすんなよ」
 そうやってつまみ出されたほうも手のひらにのせて、ふっと吹き飛ばす。魔法の曲で呼び出された風のショーに、子供たちはきゃあきゃあはしゃいでる。俺も座り込んで、清矢くんの肩を抱いた。
「ほんと可愛いのなー、詠は。俺は幸せものだよ」
「清矢くんそれ、俺のセリフ。全部取っちまうのやめろよな」
 そう言ってほっぺにももう一度キス。心の中まで全部がうすくれないだった。遥か海を越えても、それは幸せの色だった。(了)
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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #詠×清矢 #ComingOutofMagicianYozora
お題「エイプリルフール」櫻庭詠(さくらば・よみ)×祈月清矢(きげつ・せいや)

 四月になり、アルカディア魔法大も春休みに入った。雪深いヨーロッパのこの地では、春はじめのこの時期が長期休暇にあてられる。ともあれ、直前までテストだの進級だので慌ただしかったから、気候のいい時期にたっぷりと自由時間を貰えて、俺はウキウキしていた。夜空と一緒に故郷に帰ろっかとも言ってたが、やつは一か月くらいは働いて資金調達をしたいらしい。充希も同様で、まぁ俺と詠はとくに計画も立ててなかったんだけど、何となーく警備のバイトについた。時間も融通が利くし、アルカディア魔法大の学生はモンスターが出る危ないとこ担当でも大丈夫だろっていうすごい理屈だ。
 警備員の紺色の制服に身を包んだ詠が、雑誌片手に休憩室でのんびりしている。そういや今日はエイプリルフールだ。でも大した嘘も思いつかない。「俺、ドリスと付き合うことにしたから詠とは別れよーぜ」なんていうのは二重に悪質だし。「今日ローク神殿で施餓鬼やってるらしいよ、お菓子貰えるらしい」っていうのも、そんな回りくどいデートの誘い方…って感じだ。詠はロリポップ舐めながら、なんとなく手持ち無沙汰でいる俺のことをじっと見てきた。
「なぁ清矢くん。俺ね、ちょっと言いたいことあって……」
「何だ? 俺、詠になんかしちまってたか?」
 まぁ、屋台のパン買いに行かすとかゴント山での鍛錬の帰りに背負わせるとかぐらいはやってたけど。詠はちょっと考えた風な顔で言った。
「エミーリアとかドリスとかとイチャつくのやめろよ。俺このままだとマジ清矢くんのこと嫌いになりそー」
「え、えっと。詠。まずは話し合おうぜ。エミーリアはともかく、ドリスはあっちも俺に気はねぇから迷惑だって。それにエミーリアともたまには付き合わねぇと、拗ねて俺に当たってきちまうし。つーか詠だってテヌーとかといい感じなんじゃねぇの? それに俺って性格重視派だし、その理屈で言うとステファニアとか陽気でいいんだよな……って何言わすんだよ! エイプリルフールだからってさ!」
 俺は冷や汗かきながら弁解になってない弁解した。詠はぬっと寄ってきて、しげしげと俺の顔を見つめる。
「清矢。俺に甘えんな。その……ベタベタすんのとか、ヤダから」
「えっ? マジで? ってか、抱き着くのとかヤなの?」
 へったくそな嘘だなーと思った。いつだって「清矢くん清矢くん」って尾っぽ振って抱き着いてくるのが詠なのに。でも俺ってあんまり性格よくねーから、詠のひねりのない嘘にとりあってやった。
「うん、やだ。これから無しにしよーぜ」
「じゃあ詠って俺のこと嫌いなんだ」
「う、うん……つうか、何か気持ち悪いかなって思って……」
「そっか。それもしょうがねーな。恋人同士からただのトモダチに戻ろっか?」
 そこまで芝居に乗ってやると、詠はもじもじと下を向いた。
「やっぱヤダ。俺の嘘、清矢見抜いてるだろ? ホントに戻っちまうの? やだよ、何か口にするだけで悲しくなっちまった……」
 その様子はまさに捨てられた犬。クーンって鳴いて肩落としちまって、ほんとこういう詠も可愛いなって思う。もしかしたら俺が可愛いって思うのも計算ずくだったりして。俺はご主人様然としてふんぞり返って笑った。
「詠。じゃあ、お詫びに撫で撫でと抱っこな? ほっぺにチューも追加でな♡」
「オッケ、バイト終わったらでいい? 俺やっぱ清矢といっぱいじゃれ合いてえ」
 詠は笑顔になったが、次にそっと目を細めた。
「でも女友達とイチャつくなっていうのはマジだから。特にエミーリア許さねーから!」
 詠はそう釘をさすのも忘れなかった。俺は笑いながらごまかす。
「あ、そういやローク神殿で今日は法要だってよ。お菓子配るって言ってた。詠貰ってきてくんね?」
「嘘だろー。つうかもうエイプリルフールってネタバレみたいなもんじゃん? もーふざけんなよ清矢」
 俺たちはくだらない嘘を言い合って互いを小突きながら警備に戻った。互いに下手すぎて笑える。あー、特別でない平凡な日だわ。好きって気持ちには嘘なんてつけねーもんな。(了)
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あおうま
#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #[創作BL] #詠×清矢 #ComingOutofMagicianYozora

お題「仲良し」「抱きつく」

 多数のベルトコンベアが置き去りになった広場を抜け、地下があることに気づいてピットまで降りてしまったのが運の尽きだった。中にいる魔物と懐中電灯の光の中で間一髪で渡り合い、退魔コンパスで安全を確認したまではよかったものの、工具でこじ開けた四角い進入口が開かなくなってしまったのだ。
 細い黒髪をセンターショートで切りそろえ、白銀の毛並みの獣耳と尾をもった白狼亜種・祈月清矢(きげつ・せいや)は、1メートル下から剣でがたがたと蓋を叩いたが、反応する者はなかった。
「やべぇな。ここには換気扇も通気口もない。早めに連絡しねぇと……」
 詠(よみ)の幼馴染であり、恋人でもある青年はそう言って愁眉を曇らせた。
 きっかけは、図書館で見つけた「BC遺跡散策ツアー」のビラだった。BC遺跡とは、ビフォアカタストロフ、つまりN2世界崩壊以前の建物で、現在放棄された廃工場などの施設を言う。魔素出現以前に作られた施設なので、物理演算に魔素係数を必要とする今となっては大規模生産には使えず、無用の長物として普段は閉鎖されている。当然、魔物が住み着き最悪の場合は人の入れない魔境と化している。まれに、マジシャンたるアルカディア魔法大学の学生からアルバイトが募られ、内部の調査と魔物の駆除が行われるのだった。
 一年年長のクリストフ・”アイフェン”・ホルツメーラーが散策隊のリーダーだ。清矢は獣耳にイヤフォンをつけ、テレパス通信を行って場所、人数、代表者名、キーワード、時刻、状況を報告した。入口にはベースが立てられ、随時情報検索を行っているはずだから、いつかは助けがくるはずだ。アルカディア魔法大運命塔の集合無意識監査室にも届けばよいのだが。
「清矢くんごめん、光量が少なすぎるって俺が気づいてれば……魔物、大丈夫かな」
「コンパスによればいちおう魔物は殲滅されてるみたいだ。仕方ない、しばしマッドティーパーティといこうぜ」
 頭上や背後を縦横にかけめぐる排水管に背を預けて、清矢が肩をすくめた。
 冷たい乾いたレーションを貪り食って、水筒にいれてきた砂糖入り紅茶を飲み、一息ついたその後、詠はどっと後悔に襲われた。まず、こんな場所を見つけたといっても、安直に降りていくべきではなかった。せめて他のバディと連携をとってからにすればよかった。真っ暗闇の中で魔物に襲われるなんてぞっとする話だ。冒険心が勝った選択は愚かなものだった。詠は清矢のそばに歩み寄り、白いレザーコートの戦衣の肩をおもむろに抱き寄せた。ぱちくりと清矢が瞬きする。
「詠? どうした……怖くなっちまったのか?」
「怖え。怖えよ、俺。清矢くんと一緒なのはいいけど、もし何かあったら……」
 退魔コンパスの精度には限界があるし、テレパス通信は受信側に大きな資質と注意深さが必要とされる、不安定な技術である。魔物の傷がもとになって、階段で転んで、ゴント山で遭難して……ひとが日常の裏側に落ちてあっけなく死ぬのは、毎日の新聞に欠かせないニュースだ。抱いた感触はレザーの冷やかさしかなかった。
「ん、詠……いい子いい子」
 清矢は憎いくらい落ち着いており、代わりにぎゅっと詠の鎧の胴を抱き返してきた。暗闇のなかでもわかる、相棒の気配。草っぽいさわやかな香りもする。デオドラントだろう。そうして詠の獣耳を搔き、頬の輪郭をさすって慰めると、リュックからブルーシートを出してコンクリートの床に引いた。
「座って休んでようぜ」
 詠はうなずくと、清矢と並んで座り込んだ。コォン……と何かの衝突音が響くのに神経を高ぶらせながら、暗がりに肩を寄せ合う。しっかりと握りこんだ互いの手が、唯一の温もりだった。世界の終わりというなら多分こんな光景だろう。その妄想は悲劇的な甘美に彩られたもので、詠は何度も清矢の頬にキスした。
 ――ただひたすら待つだけの時間が過ぎた。半日も過ぎたと思ったが、実際は太陽の加減からして二時間も遭難してはいなかったようだ。クリストフとハインリヒ、それにエミーリア・ヘクタグラムカースとドリス・メイツェンが心配そうに進入口からのぞき込む。ヘッドライトの丸い光に照らされて、詠は顔をしかめた。
「セイヤ大丈夫? ああいった地下には、二酸化炭素や有毒ガスが充満して中毒の危険性もあるって先生も言ってた。念のためディアしておこうよ」
 エミーリアが金色のポニーテールを揺らしながらぺたぺたと清矢に触れてヘルスチェックをしている。ドリスもバブル・ガムをくちゃくちゃ噛みながら隣から離れない。当の本人は、悪ぶった笑みを浮かべてピースサインをした。
「地下の魔物も根絶完了。ひょっとしたら俺たちが成果ナンバー・ワンだな」
「よく言うぜ。半分以上暗がりでイチャついてたくせに」
 ハインリヒが間髪入れずに茶々を入れる。否定せず詠に向かってウィンクした清矢を、エミーリアがとたんに平手打ちした。
「何やってんのよ、こっちは泣くほど心配したのに! ホント、セイヤってばあたしのこと水栽培の花程度にしか思ってない!」
「男同士で地下にしけこむ前に、レディたちを護衛しなさいよね」
 ドリスも鼻を鳴らして清矢の頬を人差し指ではじく。そもそも渋面を隠していなかった引率のシオン図書館長はとげのある声で聴き返した。
「そうですか。遭難物のラブストーリーを演じた結果でしたか。アーカイビング演習の平常点から十点引いておきます」
「ち、違いますっ、わざとじゃないですよ! 図書館長~信じてください~!」
 それまでの冷静さが嘘のように、取り乱した清矢が図書館長を拝み倒す。ベースキャンプは笑いで包まれ、調査はお開きになった。帰り道、罰ゲームで女子ふたりのリュックまで持たされた詠は清矢に謝る。
「清矢くんごめんな。俺のせいだ」
「自分を責めるなよ。俺は、詠とふたりっきりで嬉しかったぜ? あと信じてたし」
「俺も……清矢くんとならなんとかなるって、信じてはいたけど。でも結局待ってただけだし」
「んー、詠! じゃあ帰ったら、清矢サマのこと肌で慰めてね♡」
「や、やめろよ! まだエミーリアが聞いてるかも……!」
 清矢は進行方向を反転させ、サムズアップしながら詠に笑いかける。
「俺たちって最強のコンビだって、ちゃんとみんな分かってっから! これからも頼むぜ、詠~!」
 夕日がきらきらと輪郭を透かした。逆光でいたずらっぽく微笑む恋人の顔に、詠は馬鹿みたいに見とれてしまった。しかし図書館長も律儀なもので、学期末に発表された『アーカイビング演習』の成績は見事に点が差っ引かれていたというのが、この話のオチである。(了)
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あおうま
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お題「記念写真」「撮影」
櫻庭詠(さくらば・よみ)×祈月清矢(きげつ・せいや)

 祈月の家宝を持ち逃げした夜空っていうやつのために、俺たち櫻庭詠(さくらば・よみ)と祈月清矢(きげつ・せいや)、そして望月充希(もちづき・みつき)はアルカディア魔法大に留学することになった。地獄の受験勉強もひと段落して、今日はかの国に渡るための旅券を作成するために、証明写真を撮る予定だった。三人そろって写真館に行って、二階のスタジオで一人ずつ撮ってもらう。清矢くんも俺もあつらえてきた新しい戦衣、充希だけはオーダーメイドしたスーツだった。きれいにタックが入ったスーツできめた充希は文字通り『年上』って感じだ。清矢くんは家が特別に仕立てた白地のレザーの戦衣を着てた。立ち襟のコートと、細身の体を覆う黒の皮鎧だ。腰から腿はガーターで外からキュッと締め上げてあって簡単に脱げないようになってる。ポーチもゴテゴテついてるけど、何を入れとくべきかはけっこう議論がある。薬っていっても魔法薬までいれるとけっこう種類があるし、清矢くんは『櫛でも入れとくか?』なんつって冗談めかしてたけど。コート背面は漆黒で染め抜かれた新月紋。胸元についたきらびやかなチェーンやカフスなんか見ると、戦にいくための衣装っていうよりは、はっきりと晴れ着。
 俺なんか新しいとはいえ、いつもの神兵隊の黒装束だ。体にぴっちりフィットして、まぁダサくは見えないと思うけど上に重い鎧つけることが前提。だからか、体の線が出すぎてるんだよなコレ。俺もスーツにしてもらえばよかったよ。
 撮影は充希からで、清矢くんは手鏡で前髪いじったり俺に言わせれば女々しい仕草してたけど、十分くらいで充希が出てきて、次は俺の番ってなったらやっぱり俺も「鏡貸して」って清矢くんに言っちゃった。なんか情けねー。
 三人分の撮影が終わって、何枚も組になった証明写真の出来をチェック。充希と清矢くんは互いのマジ顔でゲラゲラ笑ってる。俺は警戒して即荷物の中にしまった。清矢くんが肩組んでのぞき込もうとしてくる。
「詠~! 詠も完成写真見せて♥ ひきつった笑顔しちゃってんじゃねーの?」
「ヤダ。清矢くん写り悪いって笑うもん」
「笑わねーよ。なー、一枚ちょうだい♥ 可愛い清矢サマのお願い聞いて~!」
 俺はなんか根負けしてしまって、一枚はさみで切ってあげた。男前に写ってるとはとても思えなかったけど。清矢くんはカードよりも小さい顔写真をしみじみ見て……ちゅっとキスしちまった!
 もどかしいような気恥しさが湧いて、俺は写真を取り返そうとする。
「や、やめろよ清矢! キスなら直接すりゃいいじゃん!」
「何度もしてると飽きがくるっていうか~。この詠はいわゆる『公式肖像』だろ? やっぱ俺のものってアピールしたいじゃん♥」
「清矢くんの独占欲ちょっとこわくない? 俺そこまで重いのパース」
「んだと充希お前のもよこせっ」
 乱暴にじゃれあい始める充希と清矢くん横目で見ながら、俺はちっちゃく清矢くんの袖掴んで言った。
「清矢くんのも俺にちょうだい」
「ん、好きに可愛がってね。一枚詠に預けるから♥」
 もらった写真をそれからどうしたって? ……手帳のカバーに挟んで、俺は時折眺めてる。新しめの戦衣を身に着けた清矢くんの鋭い眼光が決まってる。いかにも俺のあこがれてる祈月ん家の次期当主様って感じのスキのない写真だ。俺は普段の清矢くんも愛してるけど、立派なオフィシャルの姿見ると何だか奮い立つものがある。勉強の合間に見つめては、頑張るよ俺ってテレパシー送ってる。おでこくっつけたり、キスとかまでしちゃったかどうかは……トップシークレットだ。(了)
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あおうま
「鼻歌」「小さな幸せ」
望月充希(もちづき・みつき)&櫻庭詠(さくらば・よみ)&祈月清矢(きげつ・せいや)Arcadia Magic Academy Ver.

 俺は夏が好き。冷え性で冬は末端が冷えるから。風属性塔のサロンでそう言ったらルームメイトの充希は反論した。
「えー、清矢くんに似合う季節って冬じゃない。夏男は俺でしょ? 海辺のアバンチュール、階段でかじるオレンジだよ」
「冷たい性格とかそういう俺への間違ったイメージじゃねぇだろうな?」
「うーん、お肌はもち白だし、瞳は紺色に潤んでるし、髪は真っ黒だもん、それに唇は紅玉リンゴ色なんだから、かんじき履いて雪かきしてなさいって」
 なんだそれ、って言い返しながら、持ってたココアを飲み干した。充希が追加してくれたオレンジリキュールのお陰でちょっとした豪華ドリンクになってる。氷のようだった指先はおかげで少しほぐれてる。
「なーなー、それって、清矢くんがかわいいってこと?」
 仕事の多い聖属性塔から避難してきてた詠が人懐こく会話に参加した。充希は長めの茶髪をちょっといじりながらうるさそうにシッシッと手を振った。
「あっひでー! 何厄介払いしてるわけ?」
「清矢『サマ』はさー、可愛いとか言われてうれしーの?」
「嬉しいかって言われると……」
 はっきり『美形』って言ってくれたほうが俺は嬉しい。充希は自分もオレンジ風味のココアを口にしつつ、詠をいじり始める。
「何かなー、自分の恋人が褒められると詠ちゃんは楽しい訳ね。気のいい男前に見えてそういうとこは重たいよね詠ちゃんって」
 そう評してから、ぐさりと返す刀。
「別にいいじゃん、俺がどう思ってても。詠ちゃんは清矢くんの一番のペットだし。詠ちゃんが可愛いって思ってればそれで充分でしょ」
「ペットじゃねー! 俺は清矢くんの親友で、恋人! 充希マジ訂正しろよな」
「バーカ。下らねーことでもめるなよ」
 俺はそう言って詠の短髪をわしわし撫でた。充希は何かわざとっぽく知らん顔してる。もしかしてナンパ失敗したんだろうか。それとも女の子目当てで参加してるサークルで冷たくされたとか?
 俺はそんなふうに思って、充希の肩をするりと抱いた。
「充希も詠もどっちも俺の下僕♡ 可愛いわんちゃんたちだぜー」
「あは、清矢サマ太っ腹♡ 俺も詠ちゃんみたいにクンクン甘えちゃおっかなー?」
「ざ、ざけんなマジ! 清矢くんは俺の!」
 詠が隣からぎゅうっと俺の胴に抱き着いてくる。同年代とベタベタする年は過ぎたって思うけど、俺はどっちも大好きだからばかに嬉しかった。
「充希、何かあったんだろー? 今夜は清矢サマが肌で慰めてやるから安心しな♡」
「キャー、清矢くんの熱で充希燃えちゃう♡ じゃーソフトドリンクなんかじゃなくて今夜はどっか飲みに行かない? もちろん清矢オゴリで♡」
「普段お世話になってるからそれくらい安いよなー、詠♡ 愛にケチケチすんじゃねーよお前ってやつはよ!」
「んーっ、三人でいっぱい仲良くしよ♡ 寄ってきたおねーさんは俺に回してね♡」
 充希はギリギリのネタも冗談めかして合わせてくれた。ほっぺに軽いキスまで追加である。俺はこいつのこんな柔軟さと器用なとこが好きだ。詠はそれ見て悔し気に眉を吊り上げて、涙目になって俺の脇腹に頬ずり。しっぽはきゅんっと高角度に上がってる。ホントわかりやすくて可愛いのな、こいつってば。
 男子三人でおしくらまんじゅう状態になったら、サロンで香炉だの祝符だの用意してたミル・イシュガルド・サルーマはビビってるっぽかった。ま、ローク神殿の巫女さんなんていう究極の箱入りはこれぐらいでも刺激が強いんだろーな♡
「……なー。それなら行く前にみんなで剣術の調練していかね? 身体もあったまるしさー、俺、充希に勝ちたい」
「へー、生意気言いますねぇ? 清矢くんどーする? 審判でもやりますぅ?」
「賄賂期待してる。さー充希くんは俺に何してくれるのかなぁ♪」
「うん、調練所十五周くらいマラソンしてくれればいいなぁっておにーさんは思ってるよ♡」
「もーホントどっちもバッカじゃねーの? ミル見てるじゃん、俺はずかしーよー」
 詠の文句なんか気にせずに俺は席を立って、マグカップの片づけは詠に任せちまった。充希も倣って、貧乏くじひいた詠は怒ってる。リクエスト通りに練習に付き合ってやるんだって圧かけて、笑いながら寮部屋に戻ってく。
 っていうか、やっぱりこういう瞬間がささやかだけど一番幸せかも。
 男子仲間特有の気だるい親密な空気をまとってサロンを後にする。『ウィリアム・テル序曲』なんて鼻歌しつつ、青春も一枚剝けばこんなもんだって、冬なのに寒さを気にせずにいた。(了)

#[創作BL版深夜の60分一本勝負] #ComingOutofMagicianYozora #[創作BL] #充希×清矢 #詠×清矢
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あおうま
新年ということで清矢くんが詠ちゃんを性的に甘やかします。(※詠×清矢です)

直情お人よしオオカミは同い年の幼なじみに心身甘やかされてますっ!

タイトルは最近はやりの長タイトル(※あらすじを全部説明している)にしてみました。
うちはこんな感じで攻めをかわいがるBLで押していこうと思っております。

あと詠ちゃんのAI絵がようやく納得いくのできたので差し替えてます。

20240113005237-admin.png


アバターもかえました。生成AIべんり。

#詠×清矢 #AIart
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あおうま
26日に拍手くれた人ありがとうございました☺

清矢くんと詠ちゃんの本編が年内更新できなさそうなので、
諸々のアレさには目をつぶってオムニバス短編でいくことにしました。
設定が…本来もっと出さなきゃいけない情報が多いんですが、
イチャイチャさせたい欲に勝てない……

常世の春の昼物語

..0

 俺の世界が広がったのは、十一歳のときだった。
 新しく神兵隊に入ってきたその子は、当時からまっこと綺麗な男だった。

..1

 日ノ本の春は桜舞い散る典雅な季節である。ことに、常春殿地方ではヤマザクラやソメイヨシノの錦模様が爛漫と輝き、うすくれないの花弁が雲海のように地を覆い尽くしていた。浮かれ心をも刺激するそんな春の盛り、櫻庭詠《さくらば・よみ》は修行も忘れて親戚に連れられてきた新しい仲間を興味深げに見ていた。

 親戚という叔父は白狼亜種、その傍らで控えているのは、同じく白狼亜種の美しい男児だった。二重の目元に長く影をつくる睫毛、少し曇りがちの大きな黒目、ふっくらした紅い唇。黒い艶やかな髪を素朴に切りそろえ、悲壮感すら漂わせる沈着な面持ちだ。詠が目も冴えるような精悍な顔立ちなら、その男の子は見ているだけでビャクダンの香りまでも立ち上るかような、品と色気があった。だが、同じ白狼亜種であり、三角の白い狼耳と尾はつやつやして立派だった。詠は話をするのが待ち遠しかった。

「詠、いじめるんじゃないぞ」

 師匠である神兵隊剣隊長・綿貫才一が詠の後ろ頭を小突く。彼の子息であり、二歳年上の先輩、洋一は気にもせず一心不乱に素振りを続けていた。新顔の少年はまだ声変わりのきていない賢そうなボーイソプラノで言った。

「祈月清矢《きげつ・せいや》です。本日からお世話になります」
「草笛さんも見学していかれますか?」
「そうですな、初回ですし、最後まで見ていこうと思います」
「洋一! 草笛さんのために椅子でも持ってこい。猛と邦夫は二人で立ち会い!」

 詠は自分も何か言いつけられるかと師匠を見やった。神兵隊は常春殿の職員の息子や、大元の大社衆などから男児を集め、訓練している。櫻庭詠は常春殿術師で、大社神官である年の離れた兄がいたために、幼いころからこうして習い事感覚で剣術を修行していた。術の修行よりも木剣を握ることを好んだ詠は、何とか年上の連中に勝とうと努力していたが、哀しいことに幼年時代における年齢のアドバンテージは大きく、その努力が実ることは少なかった。

「詠、剣の握り方から教えてやれ!」

 師匠の命が飛ぶ。清矢と名乗ったその男子の元に向かうとき、詠は疑問に思っていた。はたしてこんな臆病そうな子が敵と戦えるんだろうか。

「えっと、俺の剣使う?」

 話しかけると、清矢はその潤いのある瞳でじっと詠を見つめた。曇ったようなその黒目は助けてと訴えているように見えた。草笛と名乗った叔父は清矢を叱咤した。

「いきなり振り回すなよ。誰にも怪我をさせるな。まずは扱いを覚えるんだ」
「はい、叔父上」

 詠はごくりと唾を飲んだ。こんなに行儀のいい大人しい男子は、それまでの詠の世界にはいなかったからだ。詠はおずおずと剣を渡し、ぶっきらぼうに教え始めた。

「清矢くんちってどんな家?」
「祈月んち」
「それって『輝ける太陽の宮』の家?」
「そうだよ。俺、耀の孫」
「すげー! ホントに? 櫻庭の家も遠い親戚なんだぜ、桜花様って巫女、知ってるか? その人の末裔。嘉徳親王の妹さんだったんだって」

 詠は清矢があこがれの「輝ける太陽の宮」の孫だと知って喜んだ。清矢自身はあまり宮様の話には興味がないようだったが、その生涯の最期にさしかかると瞳に憂色がさした。「渚村で村長に殺された」という説は、否定された。清矢は女の子のような顔立ちで詠をにらんだ。

「違うよ、日の輝巫女の命令で常春殿刺客に始末されたんだ、口封じのために」

 各人は否定まではしないものの、沈黙していた。詠と洋一はむっとして反論した。

「嘘に決まってる、当時の村長に殺されたんだ」
「風祭の家が!? それだけはない! お前ら、銀樹《ぎんじゅ》に首刈られたいのか? もちろん恵波も犯人じゃない。恵波は祈月の婚家だし、どっちもまだ祈月を支えてる。常春殿神兵隊は、己が罪を隠して、とんだ間違いを次代に教えているんだな」

 清矢は服の中からハーモニカを出した。それは鎖で首に下げられていたものだった。神兵隊の大人たちはとっさに剣をかまえて彼を囲む。清矢を連れて来ていた白狼亜種の男……商家の大店、草笛総司は険しい顔で満座を睨んだ。

「この意味がわかるくらいの教育はあるんですな。じゃあ間違いは訂正してもらおうか。清矢、コードでも吹いてやれ」

 美しいその男児は唇を吹き口にすべらせた。その単純な音律は詠たちを捕らえ、その場に金縛りにした。それだけでなく、詠は身体じゅうをかきむしるくらいの強い衝動に襲われた。

「ヒトに植えつけられる前の、原初の姿に戻れ!」

 総司の号令と共に、どこか懐かしさすら感じる呼び声が、ハーモニカから放たれる。詠、洋一、その他白狼亜種は、耳をふさぐこともかなわず、全員が狼の姿になってしまった。草笛総司も懐から横笛を出して合奏する。狼族変化コードとは別の下降音型がしつこく繰り返され、あっという間に狼たちは馴化がなされてしまった。詠は尾を振って清矢に近づく。彼はヒトの似姿を保ったまま見くだした。

 その姿は、まるで酷薄な王子様のようだった。

..2

 大騒ぎになったが、数十分すると術は解けた。詠はハダカになってしまったので恥ずかしかったし、草笛総司と祈月清矢はとっくに帰ってしまっていた。黒衣衆の小川憲彦は、いきり立つ若者たちを抑えて言った。

「渚村に喧嘩を売ったということだ。祈月も草笛もそれだけは許せないんだろう。これに懲りたら、よくわからない説を広めるのはやめることだ」

 詠は家に帰っても、清矢たちの弾いた下降音型が耳に残って仕方なかった。おかしな話だが、清矢があの時、頭を撫でてくれればよかったのにと思ってしまう。俺は尾を振ったんだ。新しいやつと仲良くなりたくて。そう言うと、母は血相を変えた。

「あんた、草笛の音楽魔術でおかしくなったんじゃないの!? そういや、あの家の雫さんは祈月に嫁いでた。村のことなんかどうでもいい、ひとこと言ってやらなくちゃだね」
 母は勇ましかったから、汐満の町にある草笛系列の呉服屋に詠を連れて行った。草笛雫さんを、と言っても、店員は取り合わない。母は仕方なく近くの駄菓子屋を兼ねている土産物屋に入って、草笛の屋敷の住所を聞いた。白狼の青少年たちがたむろするその店先のベンチには、ひとりカラカラと風もないのに風車を回す少年がいた。彼は前髪を長く伸ばし、片目を隠している。詠たちには軽妙に用向きを聞いた。

「御内儀、草笛の屋敷の住所なんて、どうして必要なんだい?」

 母が簡単にあらましを話すと、彼の態度は一変した。

「っていうことはお前らが俺ん家が耀サマを殺したなんて言いやがった奴らか! 帰んな、帰んな! このご時世、草笛の屋敷の場所なんて聞きまわるやつは間者だぁな!」

 白狼の耳と尾を持つ少年たちは母と詠を取り囲んだ。勝気な母は瞬時に怒りのボルテージを上げ、少年に凄んだ。

「あたしたちは神兵隊からそう言い聞かされてただけだよ! 『輝ける太陽の宮』は当時の村長が殺したって!」
「はっ、よくもこの風祭銀樹サマの前でそんな口が聞けたもんだ! 神兵隊ってのはやっぱり信用ならねぇな、今もまだ『日の輝巫女』を飼ってるくらいだからな!」
「『日の輝巫女』は飼ってるんじゃねーよ! 倒す機を窺ってるだけだ!」

 詠は売り言葉に買い言葉で言い切った。この時ほど、剣があればこんな奴ら、と悔しかったことはなかった。

「お前、今後汐満の町に顔出せると思うなよ。このことは草笛にも祈月にも報告すっからな!」

 年かさの少年は詠を睨んでそう言った。店番の婆さんが出てきて、風祭の家を悪く言うならお引き取りくださいとぞんざいに言った。母は詠の手を強く握りしめて店から出て行った。

 その日の夕食で母は父に文句を言ったが、父は「本家では村長の仕業だとは教えてない」と風祭たちのほうの味方をした。詠はイラだちながらも、夜中一人布団で清矢のことを思いだした。

 最初は大人しそうな、行儀のよさそうなやつだと思った。剣を教えてやったら、ありがとうってわざわざ言った。こんな弱そうなやつと一緒に『日の輝巫女』みたいな魔物と戦えるのかなって思った。でも、『輝ける太陽の宮』だった耀サマの孫だって言う。村のことを悪く言われたら一歩も引かなかった。じゃあ、常春殿は俺にウソを教えてるのか?

 詠の生活圏は大社と神兵隊しかなかったし、今日は清矢とは話ができなかった。何としても真相を知りたい。けれど、翌日もその翌日も、神兵隊の練習に清矢はやってこなかった。

 裏でどういう決め事になったのだか、清矢は翌週の日曜日にふたたび現れた。今回彼を連れて来たのは、五十くらいの女だった。彼女も白狼亜種で、白地に桜色の流水紋の入った高そうな着物を着ていた。後ろには何人かの女のひとが控えており、風呂敷包みを持っていた。みな、同じくらいの年ごろだ。

「常春殿神兵隊にモノ申しに来たよ! あたしは祈月さくら。耀の妻で、清矢のばあちゃんだ!」

 黒衣衆の小川憲彦があわてて応対した。神兵隊長の綿貫才一師匠は、こわごわと遠巻きにしているだけだった。

「さくらさん、久しぶり。その、物申すと言うのは……」
「神兵隊は相も変わらず酷いじゃないか! 言うに事欠いて、あの人を殺したのが風祭の家だなんて。見殺しにしたのは神兵隊、あんたたちだよ!」

 そう言って、さくらは風呂敷包みを開いた。中に入っていたのは、おにぎりや卵焼き、それに煮汁が染みて美味しそうな芋の煮つけだった。そして不思議なことを問いかけた。

「あんたら、これを食べれるかい?」
「差し入れなら、ありがたくいただくが……」
「風祭を犯人扱いしているようなやつらへの差し入れだよ。毒でも入ってるんじゃないかって、疑うのが普通じゃないのかね。しかも、時勢は今や遠山サマと鷲津軍の一騎打ちってところだ。あんたらは、源蔵の味方の遠山サマよりも、鷲津につくってことだね。謝らないなら、戦争だ。疑いあうって哀しいことだよ」

 とうとう、綿貫隊長が頭を垂れた。

「申し訳ございません。『輝ける太陽の宮』刺殺については、当時の風評を信じてしまいました……常春殿が疑われることを恐れて、村に責任を押し付けていたのは私です」
「ふん……あんた、まだまだ若造だね。小川さん、どうしてアンタが隊長やってないんだ。この食べ物の中に毒は入ってないよ。村を疑ってるなら、この差し入れも食べられない。そういうことだろうが!」

 一喝したさくらの後ろからもう少し若手の女性が歩み出てきて、頭を下げる。

「私は風祭の家の縁者です。渚村ではないけれど、さくら様に言われてともに抗議しに来ました」
「清矢は小川さんが教えとくれ。源蔵の剣を預かるぐらいはできないと、このご時世不安なんだ。ほかのガキどもは……まぁ、風祭の家が犯人だなんてウソを信じてたんだ。一瞬狼に変わっちまったくらい、天罰だと思いな」

 ばあさんの強引な意見が通り、清矢は小川憲彦に連れ去られて行ってしまった。若手はみなあっけにとられていた。とくに綿貫隊長の息子、洋一は身の置き所がなさそうである。詠もその日の訓練はずっと落ち着かずに、ひたすらに素振りをして過ごした。誰かと打ち合う気にはならなかった。午前中が過ぎ、渚村からの差し入れを食べようと言う段になって、汗だくの清矢が現れたとき、詠は一直線で走って行って自己紹介した。

「おれ、|櫻庭詠《さくらば・よみ》! 祈月清矢くんだよな。あの……一緒にごはん食べよう!」
「お前、狼に変えられちゃった子だよな。それにやっぱり銀樹に脅されたって聞いてる。大丈夫だったか?」
「あの……そんなのもういい。あのさ。俺、またお前のハーモニカ聞きたい。狼に変わるやつじゃなくて、その後のチャンチャカチャンってやつ、弾いてくれよ!」

 清矢は難しい顔で首を左右に振った。

「アレはダメだ。馴化の曲。俺のこと、変に好きになっちまってるんじゃないの? 猛獣を無理やり馴らす曲だから、もう聞かせられない」
「どうしてダメなんだよ?」
「鷹もあれで調教してるんだよ。そのせいで白帚《しらぼうき》は普通の鷹匠には扱えない。思うままに操れるけど、他の人にはかえって狂暴になっちゃうんだ」
「あれは俺には効かなかったぞ、狼族限定なのか?」

 犬族の市村文吾が身を乗り出してきた。清矢はうなずく。

「|白燈光《はくとうこう》宮家の必殺技。ビーストコードの音曲だ。草笛は初代からずっと付き従ってる雅楽官。二つの家の末裔の俺なら、できて当たり前の芸当だ」
「清矢くんって、すげー……」

 詠は単純で幼かったので素直に感激してしまった。清矢はわしわしと詠の獣耳を撫でた。

「ごめんな、怖かったろ。詠くんは悪くねーよ。そう信じさせた大人たちが悪い」
「俺たちはずっと『輝ける太陽の宮』については村の仕業で殺されたって言われてきた。やっぱ、違うんだろうな。俺も犬村というか……初島村の親戚に聞いたんだよ。でも、当時の村長のせいではないって」
「諏訪大社末社の菊池神社、犬村もとい初島村、白狼村っつか渚村、汐満の街、結城氏、森戸氏、久緒氏、安部神社、天河家、利根川家とか猫村……どの人たちもたぶん、渚村の村長がやったなんて言わないだろうな。でも、俺も正直、ちょっと気になるんだ……常春殿が広めた嘘を信じてる奴らがいるんじゃないかって」

 清矢は市村文吾と話しながらも詠をじっと見据えた。

「風祭とかには俺が話しておいてやる。詠くんも、当時の話とか聞きにいこうぜ。天河さんとか、『輝ける太陽の宮』の世話人だったから、いろいろ知ってると思うし」
「俺、絶対行く! あ、それと……」
「どした」

 詠は二ッと笑って言った。

「俺のことは『|詠《ヨミ》』でいーよ、清矢くん!」
「……わかったよ、ヨミ」

 清矢の甘い口調に詠も照れてしまい、もっともっとじゃれつきたくなった。詠は提案する。

「なあなあ、清矢くん。練習終わったら大社のやつらにも話を聞いてみないか? 間違ってるなら説得、またしなきゃなんねーだろ?」
「いいよ。じゃあばーちゃんには言っとくから」

 清矢はそう言って額の汗をぬぐった。詠はさっそくの二人での外出に胸を高鳴らせていた。

..3

 石畳の参道を抜けていく。歩道には松の木がきれいに並んで植樹され、宿や土産物屋もにぎわっていた。清矢はそれらをきょろきょろ眺めながら、詠の後を行儀よくついてくる。詠は張り切って、せんべい屋や蕎麦屋を案内した。清矢はにやりと笑う。

「それで? 詠は俺におごってくれねーの?」
「カネ持ってねー……清矢ん家のほうが金持ちだって聞いたけど?」
「残念。金持ちなのは母さんの家のほう。祈月の家は貧乏なの。今は戦の前で物入りだし」

 大社前の旧日本軍海軍基地は今、清矢の父親などの遠山兵がピリピリしているというが、大社所属の神兵隊にとってはまだ縁の薄い話であった。詠は一応、聞いてみた。

「どうする? 家に帰れば何かあると思うけど……」
「さっきばーちゃんの料理食べたばっかりだろ。俺は平気だよ。それにちょっとくらいなら持ってるから、帰りに何か買おうぜ」
「へへっ。俺ね、せんべいがいい。甘じょっぱくて美味いんだ」
「えー? 俺は甘酒がいいな。せんべいじゃ喉乾きっぱなしじゃん」

 和気あいあいと話しながら行く。宿の者などは、『輝ける太陽の宮』の最期については「わからない」と言ったり、菊池神社のほうが詳しいなどと言って逃げを打っていた。いよいよ、大社の大鳥居から緑豊かな内部へと侵入する。参拝客はいるものの、普段詠たちは表通りを逸れてはいけないと厳重に注意されていた。

 本殿に上がる前に、祓神の末社に祈りをささげていると、猫族の男が話しかけてきた。金に染めた髪を肩に伸ばした風貌で、かなり柔和な男だ。

「あの、君たち? 見るところ地元の白狼族だね。私は観光客で、渚村か洛山に行きたいんだけど、連れてってくれないかな」

 清矢はつっけんどんに返した。

「ガイドなら専用のを頼んだらどうだ。何で子供に声をかける」
「ふうん。戦が近いから親御さんも警戒しているってわけか。これは失礼」

 男はそう言いながらも、少し離れたところで清矢たちを見守っていた。清矢は詠の手を引き、鎮守の森奥へと誘う。

「……撒いちまおうぜ。あいつ、たぶん鷲津の間者だよ。」
「そういや、風祭の人間もそんなこと言ってた。清矢くん、どうする?」
「渚村は俺の父の本拠だし、洛山はうちにいる武将の関根さんの実家があるところだ。相変わらず、鷲津軍閥は子供に手を出すのが好きだな……行こう。ついてくるようならますます怪しいやつだが」

 詠はちらりと普段両親が口うるさく言っている注意を思い浮かべた。参道から外れると『日の輝巫女』から逃げられないぞと。その魔物は、人の姿を借り百年生きている壮年の女で、三十二のその姿から老けることはないという。本人は大社のご利益で不老不死を得たと喧伝している。巫女服に身を包んだ大蛇の化身で、海道守護として派遣された久緒氏の先代を食い殺したとのうわさだ。だが、たしかに鷲津の間者に付け狙われるのもやっかいな気がした。清矢の少し冷たい手をきゅっと握り返し、自分から道をはずれ、奥へと駆けていく。森の匂いと静けさが、しん、と肌に染み込んでくる。最終的には本堂前につながるはずだ。

 男はしつこく追ってはこなかった。ほっとしたのもつかの間、目の前にはおかっぱ姿の女が立っていた。ゆらりと大柄で、目鼻立ちはくっきりと整い、しかし口元にたたえた微笑で威圧感はない。しゃらり、と吉祥結びの髪飾りの珠が鳴る。白い三角の獣耳と、豊かな尾をもつ彼女は中腰になって詠たちを見た。

「あんたら、どしたん。こないなところまで子供ふたりでやってきて、珍しいねぇ……まあまあ、白狼やわ」
「あんたは、大社の巫女さんか? 鷲津軍閥の間者が入ってる。子供にまで声をかけてるぞ。大社はそっち寄りなのか? 違うなら、注意してほしいが……」

 清矢がきびきびと上から言いつける。女は細かいことを聞かずに、手持ちの唐笠をばっと広げると、詠たちを手招きした。詠はまずい気がしたが、女の目の前で魔物の名前を名指しすることを恐れてしまい、清矢がその傍に歩いていくのを止められなかった。

「鷲津はむかし、湖水神社で戦があったときからの私らの敵よ。その時も叛乱軍に着いておったらしいわ。そう考えるとずいぶん古くからの氏族ね……しぶといこと」
「そうなのか。ともかく子供にまで手を出すというのはおかしいぞ」
「なら、一緒に行く? うちが送ってやるわ」

 ――『日の輝巫女』は誰かが招いたり先導しないと大社から出られないらしい。そんな噂も脳裏によみがえってきた。詠は清矢の服をひっぱって止めた。

「清矢くん、奥殿まで行こうぜ。客に紛れちまえばわからねーよ。そっちなら、『輝ける太陽の宮』のことに詳しい神官もいるかもしれないし」
「ふふ。『輝ける太陽の宮』についてはうちが詳しいよ」

 女が含み笑いをしたので、詠はますます怪しいと踏んだ。しかし、この女が噂どおりの魔物なら、『輝ける太陽の宮』こと祈月耀について、どう答えるだろう? 好奇心がうずき、詠はそれを問うてみた。女はけたたましくけらけらと笑った。

「耀なんぞ、村に裏切られて死によったわ。大社には逆らわんほうが身のためやで」
「何を……そんなのは嘘だ! 風祭も恵波も無実だ。俺は知ってる!」
「ふうん……あんた、祈月の縁者やね? 年ごろ見ると……夜空の弟か!」
「夜空を知ってるのか? お前こそいったい……!」

 清矢がそう驚きかけた瞬間、詠は強く清矢の肩を引っ張った。清矢は後ろから引き倒され、尻もちをつく。どうして、と彼が問いかけた瞬間に、詠は身代わりに女に抱きしめられていた。豊かな胸がやわらかく迎えるのに、寒々しい気持ちしか起こらない。もがいてみても、両手をぎゅっと背中側に戒められていた。女にしては物凄い力だった。くすくすとはっきりした忍び笑いが耳に届く。そのうち、腰までぎゅっと強く何かに巻き付かれた。清矢がひゅっと息をのむ。女は、下半身が白蛇に転じていた!

 うねうねと尾まで続く太い身体が縄のように食い込んでくる。詠は背中を抱かれ、ちろりと頬を舐められた。覗き込む瞳は、金色に光り瞳孔は縦に割れている。肉に飲みこまれるかのような抱擁。巫女と大蛇、聖と邪の交錯するその姿は、まさに語り継がれるにふさわしい魔物だった。人里離れたところに出てくる、夜を飛び交い地を這う異形などとは格が違う。

「嬉しいわぁ。人を食するのも久しぶり……貢物があるから絶えて飢えずとは言ってもねぇ。白燈光宮家の子供なんて一番の獲物やわ。あんたは前菜にしたげるから、さあ大人しくしとき……」

 二枚に別れる細長い舌で詠の顔を確かめながら、『日の輝巫女』はそう言った。喰らう前の絶望まで贄にしようとの肚だろう。詠は涙がにじみながらも、力強く清矢を叱咤した。

「清矢くんは逃げろ!」
「……詠! どこまでだって俺と一緒だ!」

 清矢はそう言うと、懐からさっと鎖でつながれたハーモニカを出した。そして唇にさっと滑らせる。以前聞いたあの音律が耳から脳を強く揺さぶった。熱い何かが身体じゅうを駆け巡る。血まで沸騰しそうな気分だ。体躯が縮み、狼へと変じた詠は何倍もの膂力で『日の輝巫女』の胴体を蹴りとばし、ぐあっと肩口に噛みついた。

「け、けだもの! なんやお前は、何をするんよ!」

 『日の輝巫女』が悲鳴を上げ、詠は再度、喉笛に喰らいつく。硬い健を噛み破り、犬歯を食い込ませる。前脚でガツッと顔面をえぐろうとすると、清矢がどこか奇妙な下降音型を弾きだした。それはみやびやかな響きではあったが、しつこく繰り返されるうちに詠は帰りたくてたまらなくなった。食らいついた喉笛を離して、後ろ脚を全力で蹴り出し、緩んだ拘束から抜け出す。くるりと振り向いて逃げ出す清矢の背中を一心に追う。

 身体は軽いのに、何倍もの力が湧いてくる。
 服なんか、靴なんか邪魔だ。生まれたままの身軽な姿で、のびのびと全身が躍動する。
 尾も獣耳も何倍も鋭く全情報をキャッチする。人だったころよりも濃密で喜びに満ちた時間が流れる。毛穴ひとつひとつに開放された喜びが満ちる。帰れば褒美までもらえる。
 続けて清矢ががなりたてた歌は、詠も詞を知っていた。魔物避けのまじないとして父親から教えられたもので、訴えかけるような平板な節がついている。『日の輝巫女』は喉笛を食いちぎられ、耳をふさいで苦しんだ。駆ける、駆ける、駆ける! 参道に戻ると、白狼の出現に客人たちは騒然となった。清矢は四つ足になってしまった詠を抱きかかえる。そして最初の曲を最後の小節から逆廻ししたものをハーモニカで奏でる。詠ははたして、もとの小僧の姿に逆戻りしてしまった。

「せ、清矢くんっ、俺ハダカ……! 戻して! 戻してってば!」
「だいじょぶ、詠。俺の服貸してやるよ……ありがと。偉かったな」

 清矢は優しく言ってわしわしと獣耳をなでた。真っ赤になった詠は肌を隠すためにもずっと清矢にしがみついていた。大社衆が血相変えて駆けてくる。

..4

 大社で借りた小袖を着て、清矢の着ていた上着を羽織り、詠は草笛の屋敷まで連れていかれた。迎えに来た祈月さくらはがっつりと清矢を叱り、度重なった不幸を謝りはしたが、詠まで一緒に潮満の街まで連れ帰った。父親が帰ったら二人そろって説教だと言う。だが、ピアノと二段ベッドと本棚が鎮座する子供部屋につれていかれると、初めに従弟の草笛広大からの叱責があった。

「清矢、お前何やってるんだよ。『日の輝巫女』に喧嘩売るなんて……! 弱っちいくせにふざけんな!」

 それを言う広大のほうも強くはなさそうな同い年ぐらいの白狼種だったが、清矢は反論せずにうなだれた。

「そだな、俺のせいで、詠は襲われちまった……日の輝巫女は魔物だって知ってたのに。詠ごめんな」

 清矢はそうつぶやいて詠の頭をワシワシと撫でた。そして感極まったように抱擁する。詠は待ち構えていたように清矢の胸に顔を埋めた。清矢に可愛がられることがなんだか嬉しくて仕方がなかった。尾を思いきりブンブン振った。清矢のすべすべしたほっぺたに自分のを擦り合わせる。舌まで出しちゃおうかと思うがそれだけ我慢する。また狼になれればいいのになんて馬鹿げたことまで思った。清矢はトントンと詠の背を叩く。そして手のひらでごしごし雑に撫でてくれる。思いきり身体中で甘えて、ぎゅっと力一杯抱きついて、すんすんと匂いを嗅いで、詠はまだ半分狼だった。清矢が呆れて笑う。

「よしよし、怖かったな……俺が助かったのも詠のおかげだよ」
「俺は清矢くんの犬だかんな! この技でいっぱい魔物倒そうぜ」

 尾をちぎれんばかりに振り、詠は全力で清矢にのしかかる。清矢は嫌な顔ひとつせずに抱き返して、獣耳を掻いてくれた。広大はうろんな顔をする。

「何でい、男同士で気持ち悪ィ……詠、それ分かってんのか。馴化の曲のせいだぞ」
「分かってるけど……でも俺、清矢くん好き」
「詠、ありがとな」

 清矢はおでこをこつんとぶつからせると、詠から離れてピアノの前に座った。楽譜を開いて、左手と右手がバラバラに動くなんだか古めかしい曲を弾き始める。

「なんだ? それも俺にかける魔法?」
「ちげー。インベンションだよ。今日の分の練習すんの。詠は遊んでていいよ」

 詠はなつっこく清矢の背中にまとわりつき、練習を邪魔した。手をとめて微笑む清矢にもっともっと親愛を示したかった。清矢は神妙な顔つきで言う。

「詠がこんなになっちゃったのは俺のせいだ。一生かけて責任取るからな」
「そんなのどーでもいいよ、清矢くんは『輝ける太陽の宮』の孫なんだからさ!」
「それはもう一人いるんだよ。あっ、でも、そのこと神兵隊にはまだ言うなよ!」
「うん。あのな、あのな。清矢くん。俺の友達になってくれる?」

 清矢は詠の手の甲をやさしく包み、美しい顔を和らげてこくりとうなずいた。

「うん。俺も詠のことずっと好きだよ」

 ……詠の世界が広がったのは、十一歳のときだった。

 百年を生きる魔物との対決や、初めて魔法を使ったことや、家宝を持ち逃げした清矢の兄を追って、海外の大学まで行ったこと。すべてはこの会話がきっかけだったが、その後に詠が語る思い出はただ一つに集約される。

 いきなり現れた不思議な音曲を操る男の子……彼の笑みはまことに、初桜がほころぶようであったと。

(了)畳む


#詠×清矢 #ComingOutofMagicianYozora #[創作BL]