
月華離宮の伏魔宴(第五話)水迷宮のプリンセス(2)
5偽装されたラブストーリー 月華神殿にたどりつくと、石膏塗りの玄関口で毛利諒が蘭堂朱莉と談笑していた。黒のシャツにループタイを締めた端正な立ち姿だ。濃紺のスラックスも洒落ていた。朱莉は巫女服のまま、自然に応対している。 清矢はライヴァルに駆けよると、用向きを聞いた。 ...
5偽装されたラブストーリー 月華神殿にたどりつくと、石膏塗りの玄関口で毛利諒が蘭堂朱莉と談笑していた。黒のシャツにループタイを締めた端正な立ち姿だ。濃紺のスラックスも洒落ていた。朱莉は巫女服のまま、自然に応対している。 清矢はライヴァルに駆けよると、用向きを聞いた。 ...
1演出された天災 順和二十七年六月、樹津川河口の空が赤黒く染まった。 兵たちの血が空に映ったのだと、山城県の民たちは声を潜めて語り合った。 鷲津氏率いる国軍の一部による祈月源蔵軍閥への侵攻は、もはや単なる地方軍閥の討伐ではなく、日ノ本の命運を占う戦となった。 ...
6 至極殿よりの使者 ビルにたどり着いて執務室に居残る参謀たちに危機を訴えると、若者たちは緊急で会議室に集められた。 伊藤敬文は事態を憂う。 「至極殿紫天宮は帝都が管轄。鷲津とのつながりかもしれない。よくないな」 「祈月とこの地の同盟を阻もうとしてるんだ。また戦になったら、学 … ...
1 恋ゆえのあやまち 古今東西、恋のパワーとは恐ろしい。 初恋の僧に会うために八百八町を炎に染める、それだけの危うい熱意に満ちている。 恐ろしい術師が渚村を襲った悪夢から数日後。夏目雅は幽明の境を漂っていた。 幼い夜空は泣きじゃくり、夏目屋敷に泊まり込んで、実の息子の文香 … ...
05 抜けば珠散る恋風魔風 十五にもなれば、男子も女子も色気づく。 彼女は今年の四月に、桜風のようにやってきたと、クラスメイトの高梨は言った。 どうにも十五にしては雰囲気が大人っぽい。細い体は均整がとれていて、胸も大きく腰も安産型だ。志弦だって見た目は非常に可愛いが、その子 … ...
01 幻想と崩壊のラ・ヴァルス 三拍子のリズムが不吉な旋律で響く。交響詩が描くのは、ガラスのハイヒールを履いた女性の手を夜会服の男性が取り、熱に浮かされたように踊る幻想だ。かかっているのはモーリス・ラヴェル作曲の『ラ・ヴァルス』。陶春県服飾の大店、草笛家の昼下がりには似つかわし … ...
俺は故郷からしたらとんだ裏切りものだった……弟の清矢たちがグランドマスターを味方につけ、堂々と手続きを踏んでアルカディア魔法大学に入学し、持ち出していた妖刀、新月刀を奪い返されてしまってから、俺は輝きをすべてなくしてしまったかのようだった。ロンシャンでの頑張りも、ボスやセバスチ … ...
その時の俺の内心は「何故」「可愛いんだが」「詠×メガネで好き×好きの無限大」「詠視力悪くなったのか?」「メガネっこサイコー!」と風雲急を告げていた。黒ぶちの角ばったオサレメガネを装備した詠は俺の方を振り返って、ニッと得意気に笑った。いかんいかんぞけしからん、世界が恋に落ちてしま … ...
大晦日、クリスマス休暇で多くの学生が寮を出ている時期だ。夜空の弟の清矢と友達の充希は居残り組を集めて風属性塔でオールナイトパーティーを開くことになっていた。夜空も誘われており、夕暮れのどこかほぐれた空気のなか、ジャケットだけ羽織ってお菓子片手にサロンへと急いだ。 ...
三月初旬、そろそろ試験だって言うんで授業も追い込みが始まったころ。トモダチの充希が俺にこっそり耳打ちしてきた。 「レダ・アチュアンの実家に行く約束したんだけど、疑われないよーに清矢くんと一緒に来てくんない?」 「どうせ荷物持ちだろ。気があるなら一緒に行ってやればいいじゃん。俺た … ...
四月になり、アルカディア魔法大も春休みに入った。雪深いヨーロッパのこの地では、春はじめのこの時期が長期休暇にあてられる。ともあれ、直前までテストだの進級だので慌ただしかったから、気候のいい時期にたっぷりと自由時間を貰えて、俺はウキウキしていた。夜空と一緒に故郷に帰ろっかとも言っ … ...
多数のベルトコンベアが置き去りになった広場を抜け、地下があることに気づいてピットまで降りてしまったのが運の尽きだった。中にいる魔物と懐中電灯の光の中で間一髪で渡り合い、退魔コンパスで安全を確認したまではよかったものの、工具でこじ開けた四角い進入口が開かなくなってしまったのだ。 ...
祈月氏の家宝を持ち逃げした夜空っていうやつのために、俺たち櫻庭詠(さくらば・よみ)と祈月清矢(きげつ・せいや)、そして望月充希(もちづき・みつき)はアルカディア魔法大に留学することになった。 地獄の受験勉強もひと段落して、今日はかの国に渡るための旅券を作成するために、証明写真 … ...
06 若人たちのつどい 翌日、清矢は小学校が終わると広大を誘って渚村の夏目私塾に寄った。広大も、昨夜の結城博士の訪問が気になっているらしい。夜空についての話があると言って、大分閑散としてしまった夏目家に入れてもらう。古狼の忘れ形見、三つ年上の文香が中学から帰ってくると、さっそく … ...
01 夏目雅呪殺事件 三年前、陶春県汐満市渚村。八月某日。村の中央会館にて、とある人物の葬式が行われていた。永劫の帝こと『永帝』を歓待するために、たった十二日間で季節の風流を味わいつくした『春夏秋冬の宴』以来、この地に根付いて村人の教育に従事してきた学者一族、夏目雅の告別式であ … ...
俺は夏が好き。冷え性で冬は末端が冷えるから。風属性塔のサロンでそう言ったらルームメイトの充希は反論した。 「えー、清矢くんに似合う季節って冬じゃない。夏男は俺でしょ? 海辺のアバンチュール、階段でかじるオレンジだよ」 「冷たい性格とかそういう俺への間違ったイメージじゃねぇだろう … ...
同室の黒須イアソン先輩が風邪で熱なんか出したので、俺が寮の仕事を代わってあげることになって。五時に起きてカセラドルに集合したらそこにいたのはサボリに厳しいウィリアム・エヴァ・マリーベル。何でイアソンが来ないって難癖から始まって、冷や汗かいて説明してから、たっぷり一時間かけて聖堂 … ...
俺の世界が広がったのは、十一歳のときだった。 新しく神兵隊に入ってきたその子は、当時からまっこと綺麗な男だった。 1 不思議になつかしいあの音 日ノ本の春は桜舞い散る典雅な季節である。ことに、常春殿地方ではヤマザクラやソメイヨシノの錦模様が爛漫と輝き、うすくれないの花弁が雲 … ...
アルカディア魔法大学はクリスマス休暇だ。俺たち極東からの入学生は、たった一か月半の休み程度で日ノ本に帰るわけにはいかないから、居残り組に入っている。だけど世話になってる黒須先生とその息子さんのイアソンは帰るっていうんで、俺は堂々と恋人の詠の部屋に入り浸ることができていた。聖属性 … ...
クリスマス休暇が始まった。全寮制かつグローバル規模のアルカディア魔法大学では、一ヶ月程度の休みでは里帰りには充分でなく、とくにアジア圏の学生たちにとっては、聖属性塔カセラドルで行われるミサに参加し、故郷へ手紙を送る程度が関の山で、中には直後に迫った卒論の締め切りや、テストに備え … ...
金曜は同室の黒須イアソンが全コマ授業の日で、俺は餌付けかよって思いながらもガムとかロリポップとかジュースとか、ともかくしゅわしゅわ甘いものを用意して、あとは念のため、一応念のためにハンドクリームの残量を確認して部屋もばっちり掃除した。四限が終わると俺は清矢くんを誘った。 ...
衝撃シーン。そう思ってしまったのは何でだろうか。家宝のほとんどを持ち逃げし、返さないと頑強に言い張っていた兄、祈月夜空が、「カナリアのような」と呼ぶ少年と愛を交わし合ってるのを見てしまった。 それは一瞬だったけれど、段の入った長い髪を、さらりとウィリアムがすくいとった。そして … ...
俺の清矢(せいや)くんは軍で働くために鍛錬もするけど、いつもデオドラントにまで気を使ってる。日本での神兵隊訓練の後はよく拭きとってハッカ油のスプレーをしてたし、自分でくんくん匂いを確かめてる。使い過ぎてハミガキ粉みたいな香りになっちゃって、目にしみる、なんて言って笑ったりとか。 … ...
兄・夜空から無事御家の重宝を取り戻し、アルカディア魔法大学に入学した祈月清矢(きげつ・せいや)は、土曜一時限目の授業、「アルカディア島講義」に出席していた。新入生必修授業である。魔法の専門教育ではなく、アルカディア島の公用語およびその歴史を学ぶ総合教養科目だ。 ...
アルカディア魔法大学は新入生の入寮をひとしきり終え、後は入学式を待つばかりとなっていた。魔力選抜十二番通過の櫻庭詠(さくらば・よみ)は聖属性塔を出て、ちょうど学園都市中心部に位置するローク神殿付属・風属性塔に向かっていた。 ...
時は七月、時刻は四刻半。アルカディア魔法大学闇属性塔ではクラウス第一王子殿下の発令により特別賓客室にて会合が行われていた。列席者はロンシャン亡命者である草笛・K・夜空、そして彼の留学時からの道連れである大麗官吏・葉海英、そしてクラウス殿下自身と、新入生のトピアス・シルヴァノイネ … ...
相対した恋人が、無骨なロッドを振りかざして叫ぶ。 「Magica!」 彼の右手のひらに埋め込まれた魔方陣が光り、単純な魔力の圧がウィリアム・エヴァ・マリーベルに襲いかかる。ウィリアムはにやりと笑い、天使の輪の浮く金髪を振り乱して応戦する。彼のマギカは有り余る魔力で相手を力任せ … ...
クリスマス休暇が近いある日、ウィリアム・エヴァ・マリーベルは喉の痛みに悩まされていた。クリスマスは聖属性塔では当然、重大なイベントで、ウィリアムもミサに劇にと引っ張りだこであった。硬い金髪に翠の目、勇ましい顔付きながら背格好は少年じみた美貌の彼が聖歌隊に入ると見栄えがよく、同様 … ...
故郷、クイーンズアイランドのミルヴァイルから戻ってから、ちょうど一か月が経った。夏は盛り、小麦は実る。 空きコマができて寮の個室に帰ってきたウィリアム・エヴァ・マリーベルは窓際に見慣れない紙細工が下げられているのに気が付いた。色紙を切って作ったモビールである。星型に切ったオー … ...
ウィリアム・エヴァ・マリーベルは困っていた。 なぜなら、隣で恋人の祈月夜空が寝ているからである。 ここは寝台ではなく、アルカディア魔法大学の図書館だ。天井に至るほどの高い本棚が連なり、古代の印刷物や魔術師個人のグリモワールまで、ぎっしりと知識がつまっている象牙の塔の本拠地 … ...
第四章 46 寮へ帰り着いたのは十二時を過ぎた夜半だった。学長側の監視役から真相の代弁者となったウィリアムは闇塔に収容され、事態収拾が成るまでは聖属性塔へは返さないことになった。夜空についても同様で、塔十階の使われていない職員用宿泊室を二人まとめて宛がわれた。 ...
第四章 41 それからの夜空は元のように快活になった。『ゴースト』からの要求にはあえて乗らなかった。ウィリアムやシスター・グラジオラスに餌を与えたくはなかったし、シャドウウォーカー支部にとどまっている彼らが起こす醜聞とは無縁でいたかったからだ。佐野教授の様子を見るに、闇塔では協 … ...
第四章 36 交易多層都市ロンシャンの中央帯は垂直積層型の線状都市である。エトランゼ・タウンはその最下層にあった。夜でも空は見えず、闇には時代遅れの燃料ランプだけが輝いていた。廃墟じみた教会のそばには噴水広場が広がっており、人影はまばらだ。夜空は薄汚れたトーガだけの格好で、噴水 … ...
第三章 31 五日後には毎週恒例、マスター・アジャスタガル率いる早朝戦闘訓練が行われた。冬の到来を感じさせる曇り空のその日もまた飛び入り参加があった。 質問状を送り付けてきたジョージ・ヒューゴである。もしやシリルの件での報復かと、夜空たちははじめ身構えたが、彼はさっぱりと笑っ … ...
第三章 25 アジャスタガル率いる早朝実戦演習には、目付け役としての責任からか、ウィリアムも律儀に参加し続けていた。彼は新顔のフローレンスを見るなり夜空に不審な目を向けた。 「彼女は一体どうしたんだ?」 「ああ、彼女はフローレンス。シリルの従姉だよ。巴里では色彩魔術主催のショー … ...
第二章 22 アルカディア魔法大学の生活も一か月が過ぎ、八月になった。農家では収穫祭が営まれ、太陽がもたらした豊穣に感謝の供物をささげている。ヒョウガ男爵の授業の終わりしな、いつもなら素早くいなくなるヴェルシーニンが同郷のユーリとともに一通の手紙を渡してきた。夜空とアイフェンは … ...
第二章 17 翌週、いよいよアルカディア島のランドマーク、ゴント山での早朝実戦訓練が行われた。参加者はマスター・アジャスタガルの元に集った闇属性塔の新入生全員と、ウィリアム・エヴァ・マリーベル、クリストフ・アイフェン・ホルツメーラー、そして休講中のファイアーボルトゼミより先輩の … ...
第二章 13 入学式の翌日から授業が始まった。夜空たちはクラウス殿下の近侍として、なるべく同じ授業を受講することになった。学生たちは所属属性塔の『魔法学基礎』のほかに、別属性の同名授業を最低一つは受講しなくてはならない。クラウス殿下自身の属性や魔力量自体は非公開であったが、彼は … ...
第一章 9 十日後、魔力選抜最終合格者の名簿と所属寮がアルカディア魔術大学学院本部の掲示板に張り出された。ロンシャンから一緒だった葉海英 (イェ・ハイイン) は十八位位で、妹の葉貞苺 (イェ・チェンメイ) も二十五位という快挙である。夜空は何と三位。ロンシャンでのトレーニングの … ...
第一章 4 気が付くとそこは懐かしき日ノ本の渚村、草笛屋敷だった。 古びたアップライトピアノが置かれた六畳の個室で、洋風にしつらえられている。職人手製のオルゴールからは『風の歌』の旋律だけがノスタルジックに流れていた。部屋の中は明かりもなく薄暗い。窓から刺す午後のやわらかい光 … ...
第一章 ここに一通の手紙がある。 『夜空へ。 突然の便りで驚いたと思う。私は日ノ本で十七歳になった。 夜空はどうしてる? みんな心配してる。 六年前のあの約束を、覚えてるかはわからない。 でも、あなたは新月刀とともに帰ってくるって誓った。 私はずいぶん責められた。父 … ...