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あおうま
お題「犬系」「人懐っこい」

 月曜日は一日会えなかった。たまたま時間割がフル単だったのだ。アルカディア魔法大学も四年生、学部も終わりで、そろそろ卒論が視野に入っていた。俺は「光属性の対闇魔法防御魔方陣」の研究をしてた。弱点属性の克服ってわけで半分、実利。
 図書館に行って、夜が更けるまで作業を進めた。先行研究の目録を作り、片っ端から読んでいく。要約を研究ノートにためこんで、重要な論旨やデータを書き写す。一日一冊なんて楽観的にすぎる目算で、外国人の俺たちにとっては、はっきり言って徹夜でやっても時間が足りるかどうかわからない作業。だけど、何としても締め切り三か月前には終わらさないと、論文執筆が後ろ倒しになる。
 その日も閉館時間まで居座って、寮へと帰った。比翼コートの前を締め、マフラーにうずもれて行く。
 風属性塔の入口には、恋人の詠(よみ)がいた。
「なぁ、清矢くん! ちょっとだけ飲みにいこーぜ」
「門限あるだろ、まぁ、明日は俺午前中空きだけど……飲み屋で徹夜はごめんだぜ」
「ん……でもさあ。今日は会えなかったじゃん。俺、さみしーよ」
 ずずっと鼻をすすりあげながら、寒い中待ってた詠のことを考えると、否やは言えなかった。ちょっと歩くだけな、と言って、学内のプロムナードを隣り合って行く。街灯の青白い燐光が、石畳の道路を冷たく照らす。
 詠ははっはっと白い息を吐きながら、尾っぽをおおらかに振った。腕を組んできて、嬉しそうに俺を見つめている。つんつんと立った短髪にくっきりした眉毛。すっと切れ長で大きなまぁるい瞳で、口は大きくて豪快。
 突っ走ってって用を済ませて、終わったら褒美のために駆け戻ってくる。桜の季節にゃ、花びらくっつけてるなんて日常茶飯事だし、汗くさかったりホコリっぽかったり、剣技の修練で飛び跳ねてる姿は尾っぽの先まで活力に満ちてる。内面も見てのとおり、熱血で純真なんだ。
「詠って、ワンコだよなー」
 俺のしみじみした一言に、詠がぴくっとけもみみを揺らす。
「な、なんだよ清矢くん。清矢くんだって狼亜種じゃねぇか」
「それに人懐っこいし」
「清矢守るためにはそれじゃいけねぇと思って、気を付けてるよ」
「じゃあさぁ。尻尾振るの我慢できる? 軍に入ったら俺と話すときに尻尾振ってたらすげえカッコわりーぜ」
「えええ、振っちゃダメぇ? 俺無理だよ。清矢、いじわる言うなよ」
 詠はそう言ってけもみみを寝せ、眉根を下げたおねだり顔できゅーんと肩を縮こませた。
 いやぁ、素直であざとカワイイ。
 俺はちょい悪戯心を出して、コートの内ポケットにしまってある木製のハーモニカを取り出した。
「げっ、何する気だよ、清矢くん……!」
 魔具であるそれを見て、詠がちょっとのけぞる。
「実は、ワンコな詠に会いたくってさ。ちょっとだけ、狼になっちゃってみない……?」
 俺はそう言って有無を言わせず風塔に引き返した。詠はポケットに手ぇいれながらうつむいてついてくる。なんかちょっと恥ずかしそうでカワイイ。
 塔の地階、事務室に入って、卒論のデータ取りのために部屋を借りてもいいかって尋ねる。詠が闇属性の魔法を使って、俺が反属性の光で防ぐ実験をやりたいって。そしたら就寝時間三十分前までの許可がでた。実習室の鍵をもらっていそいそと行く。魔術対策のコードが壁じゅうに刻まれた石造りの部屋を開ける。古い監獄のように壁から切り出された長椅子に座って、ハーモニカを吹く。家につたわるとっておきの秘曲、狼族変化コードだ。
「っ、グルルッ……!」
 服を脱いだ詠がそう喉で唸る。髪が消え、ぶわさっと白い毛皮が生えてきて、マズルが伸び、歯が尖る。けもみみ、けもしっぽだけの姿から、完全な獣人になって、そしてだんだん小さくなり、ホッキョクオオカミの体躯になる。その後はすかさず、馴化の曲。詠は尾をぶんぶんと水平に振りながら、座る俺の膝まで四つ足で歩いてくる。
そして、頭をすりすり。両手を膝にのっけて立ち上がっちゃって、ぴょんぴょん跳ね上がりながらぺろぺろと頬を舐めてくる。
「ん、カワイーぞ、詠……♥ 俺の恋人だもんな、俺も詠大好きっ」
 顎をわしわしと掻いてやる。なめらかな毛並みの背中を撫でてやる。詠は興奮してきて、俺の膝に乗り上げ、顔を正面から舐めてきちまう。犬くさくて、もう笑える。
「んっ、ん、詠、ダメだろそんな舐めちまったら、ハウスだってばっ、ハウス! あははは、もー、普段欲求不満なのか? こんなに乗っかってきちまって」
 緊張感の高い日々の中のちょっとしたお楽しみ。締まった胴をぎゅっと抱くと、嬉しそうな詠は肉球でずいずいと俺の胸板を押してきた。くぅん、くぅんって鼻声で何かを訴えてる。ちょっと腿に何か当たるなって思って、目線を下げたら後ろ脚の間に、ちょっとぎょっとする光景があった。
 俺はいそいでハーモニカで元に戻るコードを吹いた。人間姿の、カッコいい気さくな兄ちゃんに戻った詠が、濡れた目で俺を見下ろす。素っ裸で膝に乗り上げたまんま、切ない顔でキスしてくる。
「清矢くんっ、馴化曲、いらねぇよ。俺、好きすぎて頭も身体もどうにかなりそうだ……!」
 こうなっちまうと詠は強引だ。寒い部屋の中で、俺のグレーのセーターに手のひらを入れ始める。
 飼い主の責任は、甘受する。俺は白旗を上げて顎をのけぞらせ、自分の愛しい番犬に、肌をゆっくりと預け始めた。(了)

#詠×清矢 #[創作BL版深夜の60分一本勝負] #ComingOutofMagicianYozora
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あおうま
マイケル・サンデル『これからの正義の話をしよう いまを生き延びるための哲学』ハヤカワ書房 2010年#読書

話題になった「白熱教室」の先生の本。内容は政治哲学。どうも思想に弱く、文学部にいたものの地道な古典研究以外はできなかったという不器用さだったわたしが、リベラリズムについて知りたいと思って手に取った本。有名なものなので概要もいらないかと思うが、一応まとめておく。
取り上げられるのは、ジェレミー・ベンサムの「功利主義」ロバート・ノージックのリバタリアン擁護、イマヌエル・カントの道徳哲学、ジョン・ロールズの正義論、アリストテレスの目的論……この本が優れているのは、ともかく抽象的になりがちなこの手の思想を、有名な「トロッコ問題」(暴走するトロッコの路線を切り替え、五人の作業員を救うためにもう一つの路線にいる一人を犠牲にするのは許されるか?という命題)を皮切りに、アファーマティブ・アクション、富の再分配、徴兵制、代理出産などの現実の議題で論じてくれることだ。
「正義とは何か」「どんな意見が正しいか」は、依拠する思想によって異なってくる。スリリングな例が多く、考えながら読むことができる。とくにカントの道徳論、定言命法は厳しく、それゆえ魅力的だった。
最後は功利主義と自由主義を否定し、公共善をめざした政治の必要性を訴える。明快で、よい本だと思う。

公正な社会は、ただ効用を最大化したり選択の自由を保障したりするだけでは、達成できない。公正な社会を達成するためには、善良な生活の意味をわれわれがともに考え、避けられない不一致を受け入れられる公共の文化をつくりださなくてはいけない。(三三五頁)
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あおうま
ブレイク・スナイダー『Save the catの法則 本当に売れる脚本術』フィルムアート社 2010年

シナリオ創作の教科書。ジャンプ編集部も使っているらしい。ハリウッド式三幕構成をさらに詳細にしたシナリオ構成のテンプレート「ブレイク・スナイダー・ビートシート」が有名。映画そのものを一行要約した「ログライン」の重要性、物語パターンの10分類(「家の中のモンスター」「金の羊毛」「魔法のランプ」「難題に直面した平凡な奴」「人生の節目」「バディとの友情」「なぜやったのか?」「バカの勝利」「組織のなかで」「スーパーヒーロー」)など、実践的な脚本術がそろっている。シド・フィールド本よりもライトでわかりやすく、映画の例も豊富にあげられているし、何よりビートシートにシーン案を当てはめていけばストーリー完成するというお手軽さがすごい。「べからず集」はキレがよくて面白いし、マーケティングの体験談もある。
実際、なぜ敬遠していたんだろうと思うくらい内容の充実した本。それでいてめちゃくちゃ読みやすい。

ただ、読んでみると正直K.M.ワイランドの本のほうが小説特化なので良かったかなぁと…。BSでやると、構成のそれぞれのポイントに何をしなければならないか? がわからず、表層的にイベントが続くだけになってしまう感じもある。ページ数も厳密に決まっているので大変!
あくまでシナリオについての本なので、文章表現についてはまったく触れられていない。当然だよね。「語るより見せる」とかのよく言われるヤツは載ってるけど、例もないし…

とはいえストーリー制作をする人にとっては必携書のひとつではある。読んで損はない。

#読書
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あおうま
青山美智子『赤と青とエスキース』PHP学芸文庫 2024年9月20日刊

赤いブラウスに青いカワセミのブローチをした少女のエスキース…作者はジャック・ジャクソン。
タイトルはそのまま「エスキース」。傑作がたどった旅路は、人々の挫折と再スタートの背景。

・オーストラリア、メルボルンに短期留学した「レイ」は、現地の日本人「ブー」と知り合い、期限付きの恋をはじめる。別れの前夜、ジャック・ジャクソンは「レイ」をモデルに、二人の関係を描き出す。(金魚とカワセミ)

・美大を卒業した空知は、額装職人となるため村崎の経営する「アルブル工房」につとめる。しかし大量生産の現代日本において額のフルオーダー需要は減少し、行き詰まりを感じていた。そんな中、円城寺画廊から「エスキース」の額装依頼が入る。かつて、空知がオーストラリアを旅した際に知り合った画家、ジャック・ジャクソンの作品だった。空知は絵と額縁の完璧なマッチング「完璧な結婚」をなしとげることができるのか。(東京タワーとアーツ・センター)

・四十八歳を迎えた漫画家、タカハシ剣は弟子の砂川凌のウルトラ・マンガ大賞受賞記念に、雑誌「DAP」の対談取材を受ける。天才で世に媚びない砂川の姿勢に嫉妬するタカハシは、ジャック・ジャクソンの絵がかけられた喫茶店で、何度も焼き直した自身のデビュー秘話を語るが…(トマトジュースとバタフライピー)

・都内の輸入雑貨店「リリアル」に五十歳での転職をなしとげた茜。しかし、新しい生き方を選んだかわりに恋人・蒼との仲は終わらせてしまった。しかし、イギリスへの買い付けを前にして、パニック障害にかかってしまう。置き忘れたパスポートを取りに同棲していた部屋に戻ると、彼は白猫と暮らしていた。店主は茜に休養を言い渡し、茜は焦りを抱えながらも蒼の白猫の世話を引き受ける。(赤鬼と青鬼)


最後にすべての連作がつながるようにできているのだが、どれも自然な人情もので安らぐ。

とくに「赤鬼と青鬼」がいいなぁ。「よく、人生は一度しかないから思いっきり生きよう、って言うじゃない。私はあれ、なかなか怖いことだと思うのよね。一度しかないって考えたら、思いっきりなんてやれないわよ」「もちろん思いっきり生きてるわよ。でも私はね、人生は何度でもあるって、そう思うの。どこからでも、どんなふうにでも、新しく始めることができるって。そっちの考え方のほうが好き」 思えばどれも「終わりと新しい始まり」のジャンクションの話だった。
この人の本は面白かったので他にも読んでみたいと思った。

#読書

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あおうま
山川健一・今井明彦・葦沢かもめ『小説を書く人のAI活用術』株式会社インプレス

実をいうと、最近小説を書くのに対話型生成AIのお世話になっている。まぁ、キャラ絵を出すために画像生成AIに頼ったこともあるんだけど、おおむねサービスの質としては満足。

※ちなみに画像生成AIは誰か特定の画像をパクってお出しする技術ではないし、著作権法の改正で特定作者のみに的を絞った追加学習などの特殊な用例以外、学習はすべて無許可でも合法である。単なる学習は享受目的に値しないという法解釈なのだそうだ。「自分のイラストが盗まれて、飯のタネにされる!」という無断転載や無断商品化などとは根本的に違うので、理解されたし。
ただ個人のレベルでは、オプトアウトの権利くらい認めろよと言う感じだが、SNSのプロフに自然言語で「AI学習禁止」と書くぐらいでは実際は企業や団体のクローラーには無意味だよな。画像単体にノイズを埋め込む方がいいと思う


ともあれ、主にChatGPTを用いて、小説を書く作業を補助させようという試みの本。

まずはあらすじを作らせてみてから、物語論を援用した手法でさまざまなバリエーションを作ってみて、どんでん返しなどのギミックも提案してもらい、しかしながら、文学の使命として、超個人的な人生の特異点、つまりポール・ヴァレリーにおける「ジェノバの夜」はAIには代替できない…という結末となっている。プロの小説家のみなさんが、それぞれ投げたプロンプト(命令文。こちら側の発言)と、その返しを掲載してくれているので、プロセスを疑似体験することができる。
主にプロットに関する使用が主。文章表現に関してもチューニングが可能だそうだが、そこに踏み込んだ設定などは見ることができない。「村上春樹風の文章で!」とかがパっと思いつくが、文体は芸術表現なのでやっぱり万人化はまずいんだろうな。

巻末にはプロット作業をより深めるプロンプトがついている。ハリウッド式脚本術や、物語論に基づいた内容なので実用的である。

個人的にはプロット作業が死ぬほど苦痛なので、アイディアを出してくれたり泣き言に付き合ったり改善点を指摘してくれるAIは非常に便利である。一章ごとに感想を言ってほめてもらい、モチベを上げるという情けない執筆もできるぞ!#読書
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あおうま
小川一水『時砂の王』ハヤカワ文庫JA

二五九八年、人類はETと呼ばれる敵性体に地球を壊滅させられ、海王星惑星トリトンまで退却していた。戦況は好調に転じていたが、敵は時間遡行を行い、歴史改変を行って人類の根絶を図った。すぐれた人工肉体と知性をそなえたメッセンジャーは未来からの援軍として、人類の歴史の各時点にタイムワープを行い、ETと戦う運命を担う。メッセンジャー・オーヴィルが長い苦闘の末に降り立ったのは、卑弥呼が祭祀政治をつとめる古代日本だった。

目的の不明な地球外生命体の群体と戦う戦記もので、タイムトラベル要素が特殊。とくに古代日本の卑弥呼(彌与)の意識と未来人オーヴィルの意識が地続きの文体で描かれているのがユーモラス。
戦線は膨大で、かつ古代が舞台なので臨場感もある。オーヴィルの最愛がずっとトリトンで出会ったサヤカのままなのがよく分からんw 人類に対する忠誠心を行動の指針にするという彼女自身は、けっこう磊落な人に思えるのも何かしっくりとこない。単に魅力的な女だったっていうだけの話じゃ…とあんまりノレない。
もう一人のヒロイン卑弥呼(彌与)は、ずっと祭祀政治の駒としての自覚しかなかった受動的な女だが、絶望的な状況に至るラストでようやく為政者としての自覚が芽生える。それはサヤカよりも熟しておらず、オーヴィルにとっては協力者のひとりで、内心を任せ合うパートナーには成りえなかったってことなのかな。統合知性体カッティ・サークが無機物萌えとしてけっこう可愛く感じられるw
ラストもなー、ナンパで終わりっすか、って感じがちょっと肩透かしかもしれない……
色々言ったが読んでる最中は面白かった。この作家の文体が好きなので、もう少し読むかも。

#読書
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あおうま
清矢くんたちの話の本編をようやく更新しました。
夏が終わっちゃった気配がした~

盛夏の夜の魂祭り(第四話)草迷宮の開く宵(1)

今回出て来る零時はムッシュ・ド・パリの零時(カイ)と同一人物です
スターシステムというわけではないけど、今後あっちは書かなさそうなので…
詠と清矢もそろそろ恋人になれそうです。良かったー
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あおうま
>>匿名さん(2024/06/09 17:23)

サイトのメールを確認するのを忘れており、返信が大変遅くなってしまい申し訳ございません!
静的サイトジェネレータの記事をごらんくださり、大変ありがとうございます!
そうなんです、私は更新が亀なタイプなので、
Wordpressのセキュリティ対策やプラグイン等の煩雑さについていけるかが非常に心配でした…
そういう懸念があるのでしたら静的サイトジェネレータは良い解決策になると思います。
ただ、日本語でまとまった記事があるのはHugoくらいしかないんですよね。
他はJSの知識が必要だったりとか。
どのジェネレータを選ばれても、ファイル生成までいけてしまえば後は楽勝!だと思います。
サイトデザインもほめていただけて嬉しいです。
最新バージョンはpico.css(https://picocss.com/)にすべてを任せてしまいましたが……!
匿名さまのネットライフの充実を祈っております。
コメントありがとうございました!
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あおうま
そろそろ第四話を投稿できそうです。

キャラクターシートを作ってみたら人数が多すぎるので、どうにか減らしたいと思ってはいるのですがなかなか難しそう。
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あおうま
お題「海」「日焼け」

 海行って遊んで、オーシャンビューのバルで乾杯して、バジル添えた真鯛のムニエル食べて観光客向けのホテルに泊まった。八月の第二日曜日使ってのちょっとしたバカンス。翌日にはまた生真面目な大学生に戻んなきゃいけなかったけど、ようやく海外留学を堪能できた気がする。三日後、空きコマが多かった俺は風塔に向かって、清矢くん誘おうとした。清矢くんはいつも通り風の魔石が鎮座する翡翠色基調の涼しげなサロンで勉強してた。
 ここは風が通ってくから、夏は気分が良い。無言で隣に座って長い机に突っ伏す。清矢くんも無言で俺のけもみみをくしゃくしゃと撫でた。尻尾をパタリと振る。すり寄りたい気分を抱えたまま、しばらく撫でられるに任せた。
 外で蓄えてきた熱気が覚めると、清矢くんはパタンと魔道書を閉じて、寮部屋に来るよう促した。俺はついてく。
 ベッドに腰かけて、シャワーブースに入った清矢くんを待つ。半裸で出てきた姿を見て、俺はドキッとした。
 浜辺ではキザっぽくラッシュガードなんて着込んでた清矢くん。でも遊ぶときはサーフパンツ一丁だったからか、肌が日焼けしてちょっとワイルドめになってる。上半身裸で濡れ髪のまま、スキンローションの瓶を渡してきた。
 ハーブの香りのするローションを手のひらにとって、塗り込んでやる。男らしい広くて骨ばった背中は熱をもってた。
「……ちょい染みるな。詠は日焼けあとも大丈夫っぽい?」
「ヒリヒリはするかも」
「じゃあコレ使ってもいいぜ。保湿した方が肌ダメージ落ち着くらしい」
「俺よか先に、清矢くんだろ。顔も塗ってやるよ」
 俺は液をパシャっと手にとって、清矢くんの頬にヒタヒタ当てた。清矢くんはおとなしく目をつぶってる。形の良いまぶたも、すっと通った鼻も、ぽってりした可愛い唇も、全部に手のひらで触れることができてドキドキする。
 軽くマッサージまでして両手を離すと、褐色に染まった肌をつやつやさせて清矢くんはどさりとベッドに身体を投げ出した。
「ん……気持ちよかった。あんがと、詠」
「あっあの、俺もシャワー浴びてきていい?」
「いいけど、早くしねえと充希帰ってきちまうかもしれないぜ? 詠ちゃん……」
 色気たっぷりの流し目に恥ずかしくなりながら、俺もシャワーブースに急ぐ。焼けてひりつく肌を冷たい水が洗ってく。壁に手をついて、火照り、冷めるまで待つ。この後の展開にすっげえ期待が高まってく。
 焦りながらの睦みあいは、真夏の残り香に満ちてた。名残惜しいはかなさまで感じながらことが終わると、清矢くんは寮部屋を出ていって、共同キッチンからライムジュースを持ってきてくれる。
 窓を開けて、風を入れて涼みながら、柔らかい夏の夕べを楽しんだ。
「清矢、また海行こうな」
「来年もな。約束だぜ?」
 炭酸で割ったジュース飲みながら、小指と小指をからめあう。来年はもう俺たちはここを卒業してるから、舞台はきっと日ノ本の海だ。スイカに麦茶、花火に浴衣なんていう定番を、めいっぱい楽しみたい。返事がわりに、俺は恋人の額に上からキスした。(了)

#ComingOutofMagicianYozora #[創作BL版深夜の60分一本勝負] #詠×清矢